(213)波乱の始まり
この使者は長くテヘラン侯爵家に仕えている存在であり、スロノの指摘した様に人質を取られているわけでは無い・・・のだが、エルロンによる強烈な殺気と共に命令されてしまった事から指示通りに動いているだけ。
正直元とは言っても暴風エルロンの異名を持つSランカーの殺気の方が、Aランカーのドロデスのそれよりも圧倒的に死の匂いを感じ取れてしまう。
同格であるSランカーのスロノは殺気を発しているわけでは無いので比較はできないが、根源からの恐怖を与える能力はこれまでの経験もあってエルロンの方が圧倒的に上だろう。
「・・・おい、お前は何かしら弱みでも握られているのか?」
この場にエルロンやテヘラン侯爵がいる訳ではない為に場合によっては素直に事情を話してくれるだろうと思ったドロデスは直接的に問いかけたのだが、使者の表情に全く変化がないばかりか一礼して退室してしまう。
ここに至る迄が余りにも異質な態度であった為に誰しもが黙って見送ってしまったのだが、弱みを握られている部分に関しては明確な否定がなかった事から可能性としては残っていると全員が思っている。
「まさかの事態があったが、テヘラン侯爵が直に何かをしてくる事は無い・・・だろうと思う。申し訳ないがこちらで調査できることには限りがあるから、場合によっては陛下に直接状況を確認してみたらどうだ?」
「正直面倒クセーな。魑魅魍魎が跋扈するような場所に好んで行く程モノ好きじゃねーからな。必要があれば、最悪の事態になる前に向こうから何かしら接触があるだろ?」
国王サミットに関しては国王を守護している面々に加えてドロデス達でも知らないような部隊を抱えている可能性が高い上、ある程度懇意にして性格を把握している事から自分達の事を無下に扱う事は無いだろうと確信している。
実際に他の【黄金】メンバーも同じ意識でいる為に、突然現れて勝手な事を喚いて出て行ったテヘラン侯爵の使者の発言については一先ず放置する事にした。
「万が一にも捕縛しに来た暁には、来る相手にもよるが相応の行動をとりゃー問題ねーだろ?」
決死の覚悟でエルロンからの命令を遂行し続けているテヘラン侯爵は、ないとは思うが今回の命令で【黄金】自らが出頭する事を切に願っている。
そうなれば完全とは言わないまでもある程度能力を抑え込める場所に長期間放置し、相当弱った所でエルロンが恨みを晴らせると思っており、攻撃的な意識を自分以外に逸らして貰えると確信していたからだが・・・どう考えてもあのような申し出を素直に【黄金】が受ける訳がないとも知っている。
「どうすれば良いのだ!」
執務室で頭を掻きむしっているのだが、そう遠くない将来においてエルロンが敵味方一切関係なしに暴走する可能性が高いと理解できている為に焦っている。
「まさかあれ程の狂人だとは思わなかった。二つ名は伊達ではなかったのだな」
だから何だと言う事しか言えずに苦悩しており、目の前であの態度と恐ろしい表情を見させられた経験から間違いなくエルロンは町一つ丸ごと消し去るつもりだと確信している。
そこには配下となっている闇ギルドメンバーの有無は一切関係なく、ただ只管に本能の赴くまま暴れまわるだろう。
誰しもが大なり小なり心に闇を抱えており、エルロンの場合はその闇が強大過ぎて一度タガが外れると元に戻れない程の状況になるのは想像に難くない。
ここまでの事態を望んでいないテヘラン侯爵としては資産や爵位を維持する為にはどうすれば良いのかを必死になって考えているのだが全く良い案が思い浮かばず、少しでもヒントになればと書棚をひっくり返して何らかの先人の知識がないのかを調べている。
「ん?なんだこれは?」
正直表紙を見ても記憶にない書籍が視界に入り、何等かの紋章が見える。
「何らかの能力を得られるのだろうか?希少であればある程助かるが・・・いや、取りあえず希少性は無くとも目的が達成できれば良いのだが」
目的とは言わず共資産と立場の保全であり、想像を絶する圧倒的な力を得られない限りはエルロンの暴走を止めるところまでは求める事は不可能だと思っている。
広く知られている能力の中ではエルロンを圧倒する力など無く、対応可能な何らかの能力であったとしても直接対峙するのだけは絶対に避けたいので・・・可能であれば相当量保管できる<収納>B程度の能力でも得られればと考えながら書籍を開く。
「あまり違いがなさそうな模様ばかり・・・期待外れか?過去の娯楽の一環か?」
数ページめくっただけだが同じ様な模様が描かれているだけであり、辛うじて何カ所かは違いを見つける事が出来たのだが何を意味するものなのか一切分からない為に期待外れだと放り投げる。
「旦那様・・・エルロン殿の指示通りに【黄金】一行に対する出頭要請をしてまいりましたが、あの反応では事前予想の通りに無視される可能性が高いです」
そこにギルドに向かっていた使者が戻っており、何故書籍が散乱しているのかは不明ながらも任された仕事に対する報告を入れている。
「・・・そんな事は分かっている!今はそこが重要ではない!!」
完全に八つ当たりではあるのだが財産と立場だけではなく最悪は命の危険もある為に怒りのはけ口が見つからず、放り投げていた書籍を掴むと使用人に対して思い切り投げつける。
相当重厚感のある書籍だったおかげで一直線に使用人の額に当たると、鈍い音がした後に床に落ちる。
「もう下がれ!」
額を大きく切って血が垂れているのが見えたのだが謝罪する事は無く差し当たり部屋を汚されてはたまらないと退室を命じるのだが、その後の反応は中途半端で終わってしまう。
「承知いたしま・・・」




