(212)後がないエルロン
ドロデスが伯爵家子息二人に指導する為に怒りの表情で立ち上がろうとするのだが、ギルドマスターのシャールは止める。
「まて、ドロデス!」
「あぁ?まさか止めるのかよ?ギルドマスターとして、所属冒険者の命を奪った存在を放置するのか?」
「いや、そうじゃない。もうその二人はこの世にはいない。あいつ等自身の力は大したことがないのに、何故か冒険者の邪魔をするためだけに危険な場所に出入りしていたからな。結果は説明するまでも無いだろうが、あえなく外敵の餌になり果てた」
「・・・そうかよ。それは明確に確認できている事実だろうな?」
「そうだ。間違いない。従って今後はエルロン男爵に対する対応に当たってもらう事になる」
エルロンは元来の性格からチマチマした作業は非常に苦手で最大の脅威になり得る【黄金】一行が不在になってから事を起こし始めた結果自制が効かなくなり、何故か【黄金】を含めて一気に町も纏めて潰してやろうと作戦を変更して強引な力技の準備を始めていた。
逆に言えばその準備期間のおかげで闇ギルドを含めた勢力からテョレ町が生き残る事が出来たのだが、そうは言っても多数の冒険者やムーランとブラコッテは犠牲になっている。
「あの二人に関しては自業自得だが、あれ程不遜な連中であってもここまでの行動を自発的にするはずがない。ここもエルロンが噛んでいるとみて良いだろうが既に証言を得られる状況ではないし、今の所は当人も非常に大人しいので何を考えているのか分からない」
何も考えておらずに心変わりして本能・・・破壊衝動に基づいた行動を起こすための準備をしているだけなのだが、過去にムーランとブラコッテを使ってギルドの評判を落として混乱に陥れる作戦は実行されていたのでその繋がりが全く見えずに悩んでいるシャール。
「ついでに言えば、エルロンの件で動いた結果テヘラン侯爵も何やらきな臭い動きをしている事が確認できた」
貴族云々の話になると良く分からないので、差し当たりエルロンを含めて対応すれば良いのだろうとシンプルな事を考えているドロデス。
「そうかい。どの道エルロンは俺達の明確な敵だからな。証拠云々は関係ねーし、向こうもそのつもりでこっちに攻撃してくるだろ?次こそ明確に白黒つけてやるぜ!」
素のまま単体で相手にしては敗北必至だが、強化されている装具に加えてスロノもいる事から無傷とはいかないまでも勝利する可能性が高いと思っているドロデス。
当然多対一になるのだが結果が全てと割り切っている。
当然の結論に達した【黄金】一行とある程度町の被害が抑え込めると確信して安堵の表情を見せているシャールだが、そこに無遠慮に入室してくる人物がいる。
【黄金】が戻りギルドマスターと話しをしている所に入室してきている為にギルドの状態を監視していた事は丸わかりだが、その存在がこう口にした事から誰しもが呆れてしまう。
「私はテヘラン侯爵の使いの者です。この度伯爵家ご子息のお二人がギルドの不手際により死亡した事実を重く見ており、また【黄金】一行が敢えてテョレ町を不在にしていた事もあって裏で何かしら手を引いていた可能性が高いと判断しております」
指名依頼・・・それもエルロンが手を回して【黄金】一行をテョレ町から遠ざけていたのだが、これすら伯爵家の二人を始末する為に敢えて【黄金】自らのアリバイを証明するための行動だと断じていた。
余りにも勝手な言い分に反応できない【黄金】やシャールを確認しながら、使者を名乗った男の勝手な話は続く。
「あぁ。前もってお伝えしておきますが、良く言われている証拠などと言うのはおやめください。一冒険者と私の主人ではそもそもの立場が異なります。つまり言葉の重みが全く違うのです。そこを踏まえますと、【黄金】一行は最大限の温情を持って有期刑が妥当と判断されております」
「・・・おい。随分と勝手な事をベラベラ喚きやがって!そんな内容を“はいそうですか”と受け入れると思っている訳じゃねーだろうな?」
いち早く我に返ったドロデスが反応するのだが、使者としては言われた事を伝える事が仕事である為に反応せずに再び口を開く。
「刑の期間に関しましては最終的には陛下の承認になるかと思いますが、大多数の貴族の面々が真実を基に同調されている事から・・・最低でも30年程度、国家の為に無償で働く事で罪を洗い流せるのではないでしょうか?ご存じの通りにその間衣食住は最低限ではありますが保証されますよ?これから出頭される事を強くお勧めいたします」
「・・・・・・・おい、シャール?コイツ、埋めちまっても良いか?」
相変わらずの埋めたがりだが、問いかけられたギルドマスターのシャールとしても実行してもらいたい程の言い分なので言い淀んでいる。
「・・・正直許可を出したい気持ちが8割と言った所だが、一先ず落ち着くべきだ」
テョレ町で最強と認識され、更には人外と認識されているSランカーまで居るこの場で埋められると言われている使者なのだが表情に変化が一切ない。
直近でエルロンによる苛烈な殺気に晒された経験を持っているからであり、主であるテヘラン侯爵と共に苦行の時を過ごしていた。
テヘラン侯爵も破壊衝動と言う素が前面に出ているエルロンに対して立場を堅持する態度をとれる状況ではなくなっており、只管指示と言う名の強引な命令を遂行するだけの人物に成り下がっている。
考え方によってはエルロンも相当追い詰められているのだが、逆にその立ち位置が自らの本能を再び目覚めさせてしまい現在に至っている。
ある程度状況を把握し始めたスロノは、ドロデスの殺気と恐ろしい脅迫の内容を耳にしても微動だにしない使者を訝しんでいた。
「ドロデスさん。使者の方は随分と肝が据わっていますね。埋められそうになっているのにまるで意に介していないようですが・・・どう考えてもエルロンが絡んでいるので、人質を取られて言わされている可能性がありますよ?」
ここだけ聞けば否定する要素は無いので一瞬でドロデスの殺気は霧散している。