(21)三人の囚人
未だに術を何とか発動しようとしているが、何も起こらずに慌てるだけの<魔術>Dの男。
理由がわからずにいるが、聞こえてきた<盾術>Dの男の声によれば今までの動揺から一時的に術が発動できなくなっていると思っているので、自分の能力を確認する余裕などないまま所持していない能力を発動させようと必死になっている。
「くそっ!なんで発動しない!!」
いくら待っても炎どころか煙すら出てこない状況の為、<剣術>Dの男も自分の力で必死に縄から抜けようともがいている。
当初の予定では労せず縄から脱出する事が出来ると甘い考えを持っていた三人なので、その予定が少々狂っただけで激しく狼狽し、余計に動きが悪くなり中々上手く動けないまま時間だけが経過する。
「くっ、やっとですよ!急がないと」
最も早くから自らの力で縄から脱出しようとしていた<盾術>Dの男に自由が戻る。
「おい、早く俺の縄も何とかしてくれ!」
「俺のも頼む!何故か術が発動できないんだ!早くしてくれ!」
慌てて激しい動きをしたからか、少々緩めていた縄に余計な力がかかったのか、連行中以上に激しく縄が腕に食い込んでいる状況の二人なので最早自力では脱出する事は不可能と思い、唯一自由になった<盾術>Dの男に必死で助けを求める。
漸く自由になった<盾術>Dの男はここで初めて仲間の二人の状況を確認すると、手持ちに鋭利な刃物があれば話は別だが、どう考えても自分の力であの縄を外すのには相当な時間が必要になると確信した。
「まさか、そこまで無様に絡まっているとは思いませんでしたよ。少しは冷静になれないと・・・何時もの様に考え無しで猛進するから余計状況が悪化するのですよ?最後に良い勉強が出来たのではないですか?」
「あ?何を言っていやがる。いや、まぁ良い。早く何とかしてくれ!」
「そうだ!早くしてくれ」
願いである自由を得るために縄から抜ける必要があるのだが、何時まで経っても助ける素振りを全く見せない<盾術>Dの男に対し、自らの行動でより状況を悪化させてしまった二人は焦る。
この期に及んで反射的に反論しそうになるのだが、流石に状況を理解しているのかすぐさま懇願に変わる。
「は~、そんな所も嫌だったのですよ。全く考え無しで、何時も何かを考えるのは俺の仕事。そのおかげで上手く行っていたのに、報酬は均等。相当おかしいと気が付くべきじゃないですかね?まっ、手遅れですけとね」
どう考えても見捨てる流れなので最早懇願は通じないと本性が出始める、縛られている二人。
「おい、テメー!言いたい放題言いやがって、調子に乗るなよ?普段から自分は格上だと言わんばかりのそのムカつく話し方も癪に触っていたんだよ!」
「そうだぜ!それに冷静に考えろ。お前一人の力でこの場から抜けられるわけがないだろうが!思い違いもいい加減にしやがれ!」
相当危険な場所に居るまま無駄に大声で罵倒しているので、周囲に潜んでいる獣や魔獣に存在を自ら明らかにしてしまう愚行を継続して行っている。
「はっ、そうですか。俺はこのまま急げば先行している【黄金】達に追いつけるので、余計な心配ですよ。それに、最後ですが二人の本心を聞けて良かったです。俺の方でも二人に対して思う所があったので、お互い様ですね」
<盾術>Dの男は、そのように二人に告げながら近くに落ちている少し大きな板状の木を手に持って振り返る。
間違いなくその板を盾として使用するつもりなのだが、普段よりも相当重く感じると思いつつもこの場から走り出してしまう。
どう考えても不味い状況になっている残された二人は、何とかしようと術の発動を試みたりもがいたりしているのだが、状況は悪化するばかり。
―――バキバキ―――
「ぐぁ~、ま、まさか!」
そこに、少し前に自分達を見捨てて逃げ去った<盾術>Dの男が吹き飛ばされて戻ってきたので、嫌でも視線は吹き飛ばされた先に向けられる事になる。
「お、おいおい!なんだよあいつは!」
レベルD初期程度の能力しかない人物、それもかなり実力を過信して自分勝手に行動している人物であればギルドから教えてもらえる獣や魔獣の分類について覚えている訳も無く、熊の様な大柄な魔獣を見て怯えている。
一人逃走していた男は魔獣が襲い掛かってきた瞬間に<盾術>Dを使えば、たとえありあわせの木の盾であれども攻撃を受け流す程度はできるだろうと思ったのだが、当然のように術が発動できるわけも無く無様に吹き飛ばされていた。
その後は想像通り・・・縛られている二人の前で<盾術>Dの男は嬲られ続け、必死で助けを求め続けている状況を見させられる事になっていた。
体中が恐怖によってガタガタ震えているので縄から抜ける行動がとれるわけも無く、正直最後の最後でとてつもない裏切りをして見せた<盾術>Dに恨みはあったが、これほど残虐な状態でこと切れて食材になり果てたので、もう何も考える事が出来ない。
最大限の恐怖を味わい、更に惨状が待っていると理解してしまった二人はその直後に一瞬で気を失った事だけが幸運だったのだろうか・・・最終的にはこの場でその短い生涯を終える事になった。
安全にこの場所から移動している【黄金】やスロノにしてみればもうあの三人には一切の興味は無いので、結果は見えている以上特に意識を向ける事は無い。