(189)大森林⑧
エルロンの攻撃対象に指定されたミランダだが、慌てる事なく新たな術の構築を始めており、近くにドロデスがいるのを理解しつつも周囲一帯を消炭にできる威力の魔術を選択している。
高まる魔力によってどのようなレベルの魔術が構築されているのかは理解できるのだが、それを知ってもドロデスはミランダに何かを告げる訳ではない。
「おいおい、俺は余裕で避けられるがよ?テメーの相棒・・・そこのドロデスとか言う雑魚は丸焼けになっちまうんじゃねーのか?それでも良けりゃー止めねーがよ?」
自ら魔術が使える訳ではないが知識としては持っているエルロンなので、煙で状況を正確に把握できないながらも気配でしっかりと全容を把握し、忠告めいた事を口にする。
「はっ、テメーも偉そうな事を言っちゃいるがよ?ミランダの魔術が怖ぇ~んだろ?正直に言っちまえよ?ビビってるってよ?土下座でもすりゃー、手加減してもらえるかもしれねーぞ?」
ドロデスが煽っている間に、ミランダは周囲の魔獣に対する牽制なのか幾つか小分けにしたような形で魔術を飛ばしており、各方面に飛ばした魔術も威力を増加し始めている。
「テメー、舐めてんのか?」
相当格下でこれから甚振ってやろうと思っている存在にこれ以上ない程に小バカにされたエルロンなので、勝利は間違いない状況と理解してしまったが故に許せる言葉ではないと激高してしまう。
「はははははは、図星かよ?クソ雑魚エルロン。そんな事だから能力を偽ってギルドに登録するんだろうよ!」
過去の<棒術>でギルドに登録した事まで持ち出され、我を忘れてドロデスに突進するエルロン。
「クソ野郎がぁ!砕け散れや!!」
周囲の魔獣はミランダの魔術を警戒して近接しては来ないのだが、その魔獣にすら意識を向ける事なく完全にドロデスだけに対して全ての意識を集中して全力の攻撃を仕掛けるエルロン。
―――ドドドン―――
「あぁ?どうなっていやがる」
ところが、大きな音が聞こえたかと思うと空を舞っている飛翔型の魔獣が見えており、明らかに自分が倒された事に気が付いて動揺する。
「ガハハハハ、テメーが雑魚だって事が証明されて良かったじゃねーかよ?ここまで上手く行くとは思わなかったぜ?」
「ドロデスさん、油断しない!」
「そうよ、ドロデスちゃん。コイツは何をしでかすかわからない雑魚なんだから」
「リューリュさん、手厳しいですね。私もその意見には同意するところですが」
「確かに想像以上に上手く行った」
「全員無事で、何よりですよ!」
順に、ドロデス、ミランダ、そして致命傷を負っているはずのリューリュ、リリエル、ビョーラ、スロノで、無言だが無傷の状態でジャレードとオウビもここにいる。
「テ、テメー等・・・何がどうなっていやがる?」
呑気に話している風でも攻撃は継続しており、回復薬で回復しても追いつかずに全力を出せる状況にならないエルロンは、防御にグローブを活用し・・・やがて大きく破損すると力が一気に抜けて行くのを理解した。
「ちっ、クソ野郎どもがぁ!」
苛烈な性格が完全に表に出ており、力は激減しながらも数体の魔獣を蹴り飛ばして【黄金】やSランカーの方に飛ばすと、一気に逃走する。
同格の存在の追いかけっこであれば身体能力の上昇率が最も高いエルロンが有利であり、勝手知ったる・・・とまでは言えないが大森林に対する対処も慣れているので、追手を完全に振り切る事に成功している。
逃走時にも敢えて出口に近接するでもなく離れるでもない方に向かっていたので、これで【黄金】やSランカーは短い一生を大森林で過ごす事になると確信したエルロン。
「まだやっていやがるのか。正直ラルドには勝利してもらわねーとな」
少し前まではサルーンと相打ちが最善だと思っていたのだが、今の状況ではグローブを失っているのでラルドに生き残ってもらい、修復か新たな武具を貰う必要があると考えている。
「どちらかと言うと・・・ラルドが不利なのか?」
気配を全く掴めなかったソルベルドがこの場に残ってサルーンと共に戦闘しているのを明確に視認し、サルーンに以前のような覇気は無いながらも二対一なのでラルドが少々不利になっているように見える。
「今の状況じゃ、俺が参戦しても足手纏いだろうな」
回復薬も尽きており、対処したはずのSランカー達に攻撃されて受けた負傷も完治できていないので、能力が激減している以上はあの戦いに乱入するのは得策ではない。
最悪は逃走も視野に入れる必要があると厳しい現実を受け入れ、気配を消して今尚戦闘しているラルド、ソルベルド、サルーンに加えて大森林からも遠ざかる。
ソルベルド達にとって幸運だったのは、この戦いを祈るように見つめているミューがエルロンに発見されずに済んだ所だ。
「いよいよヤバそうだな。コイツは素直に負けを認めるか。だが、俺ももっと強くなれる事がわかったからな。アイツの拠点に行って目新しいブツがね~のか漁るかよ?」
客観的な視線で状況を把握しているのだが、そのままで終わるラルドではなかった。