(187)大森林⑤
エルロン相手に勝利の可能性は低いのでせめて師匠の為にソルベルドが心置きなく動けるような選択をしたドロデスなのだが、だからと言ってムザムザ散るつもりは無く、エルロンを始末した時にこの中の誰かが生存していれば良いと言う覚悟を持って移動する。
先頭を行くエルロンは、少しでも手の内を見せない様に過去同様に足技だけで襲い来る魔獣を簡単に始末しながら、目的の場所に向けて移動している。
大森林の中での移動の為、残念ながら後方に対して過剰に意識を向ける事が出来ずにおり、この場にソルベルドが侵入していない事は理解できていない。
「オラぁ!」
目的の場所に到着したと判断したエルロンは、並み居る魔獣に対して強めに蹴りを加えて周囲一帯を一掃し、この余波で少しでも背後から追随している連中にダメージを与えておくのも良いのかと思ったのだが、流石に熟練の冒険者だけあってしっかりと対応されていた。
対応とは・・・実は少々レベルの低いドロデス達や経験が浅いスロノは多少のダメージを負ってしまったのだが、すかさずリリエルによって回復されているのでエルロンが把握した時には何もダメージが無いように見えていた。
「チッ・・・雑魚のくせに無傷かよ?」
本当は無傷ではないのだが、激高すればするほど動きが単調になるのが人と言う生き物なので、都合が良いと煽り始めるリューリュ。
「はっ、あったりまえじゃない?あんなそよ風しか来ないような蹴り・・・かしら?なんだか無様なダンスを踊っている程度の動きで、怪我なんてするわけないでしょ?」
その間に他の面々もエルロンを囲うように移動し始めているのだが、残念ながらここは大森林であり、目に見える速度で開けていた場所に木々が生い茂り始め、更には魔獣が群がり始める。
エルロンも【黄金】やSランカーだけを相手にするわけには行かないので、迫りくる魔獣の対処に追われてしまう。
「こいつ等・・・いつもより早いし多いじゃねーかよ?」
流石に何度も大森林に侵入して暴れているので、森の魔獣も新たな対処を学んで対応する魔獣の数が増え、森の浅い位置ながらも力が上昇している魔獣が襲来している。
丁度森に変化が起きたばかりなのでエルロンも今迄とは異なる状況に初めて陥ってしまい、あまり余裕が無いまま対処している。
「ここは、多少無理をしても動くべきだな」
対処しつつも敵となる【黄金】やSランカー達の動きを把握しているので、初めに始末すべきは異常な回復能力を持つ聖母リリエルだと勢い良く伸びている木々に隠れる形で移動し、多少魔獣からの攻撃を被弾するのはやむを得ないとすぐに行動に移す。
この切り替えの早さも流石であり、更には他の面々に比べて圧倒的に森の内部での活動経験がある事から、無駄のない動きで目的の人物が多数の魔獣を相手にしている姿が目に入る。
敵の面々が密集しているのではなく、魔獣側の作戦なのか当初よりも散り散りになっており、これならば邪魔が無く一気に仕留める事が可能だと背後から魔獣が攻撃してくる気配を感じながらも、構う事なく一気にリリエルに向けて攻撃する。
リリエルとしては魔獣に囲われつつも応戦している最中に、突然背後から衝撃を感じたと思ったら吹き飛ばされて、木々をなぎ倒しながら意識を失う。
「うっし、これであいつ等は回復する事は出来ねー。順番に始末してやるからよ?」
背後からの攻撃を避けずにリリエルに対処したので多少の怪我を負ってしまったのだが、ラルドから回復薬を数本貰っていたので振りかけつつも魔獣を簡単に始末して見せたエルロン。
「おっ!こいつは思った以上に上物じゃねーかよ?侮れねーな、ラルド」
ここまで盛大にリリエルを吹き飛ばしても、距離が少々離れている上に力が増している魔獣に囲われている他の面々に気が付ける訳も無いと思っているので、逆に言えば魔獣に復讐対象を始末されないかが心配になってくる。
事実、初めて森に侵入してあり得ない気配に対しても無駄に警戒している上に、魔獣に囲われて全方位から攻撃を受けているので、スロノ以外は結構余裕がなくなっている。
スロノに余裕があるのかと言えばそこまでではなく、少し前に経験した魔獣よりもはるかに強い魔獣の対処に少々慌てており、勿論リリエルが吹き飛ばされた事を知らない。
「次はどうするかよ?生意気なリューリュか、優柔不断のビョーラか?」
やはり難敵から先に始末するべきと考えているので、Sランカー二人の名前がターゲットとして上がる。
「決めたぜ!」
武具による力の底上げと大森林での経験によって、この状況でも誰がどこにいるのか等簡単に把握できるエルロンは、次なるターゲットになった魔道リューリュが戦闘している場所に近接する。
「っと、コイツは無駄に近づくと俺まで丸焦げだな」
リューリュ本人は見えないが、周囲の魔獣に対してはリューリュを中心に全周を焼き尽くすかのような球体に近い炎が立ち上っており、直接的に打撃を加える事は不可能だと判断したエルロン。
「先ずはコイツでどうだ?」
あろう事か自らに襲い掛かって来た魔獣の首をへし折ると、ボールの様に思い切り炎の球帯に向けて蹴りつけるのだが、相当な熱量なのか魔獣の一部がリューリュに届いた気配はなかった。
「ちっ、面倒だな」
こうなると魔力切れを待つか、燃え切らずに残る強度か大きさの物体を攻撃に使うほかないので、厄介な相手だと眉を顰める。