(170)悔しさと歓喜
最愛の人物を守れず、最悪は失う可能性が高かった事に悔しさを滲ませているソルベルドと、呪いの情報は持っていたのだが事態が急変して対応している途中に真面に呪いを受けてしまい、生まれ変わった弟子に引き継ぐ能力を完全に奪われて意気消沈しているサルーン。
本人が持っている<槍術>Sを与える事も出来る可能性が高いのだが、そうなると以前自らが言っていた通りに正真正銘の何も力が無い老婆になってしまうので、感覚としては歩く事すらままならなくなるかもしれないと思っている。
可能であれば弟子であるソルベルドを多少からかい、自由に動ける状態でミューとの子供を愛でたいと言う気持ちがある。
今はギルド本部の一室で総代シュライバから現役Sランカー、つまり聖母リリエル、魔道リューリュ、流星ビョーラに対して指名依頼を出す事について説明を受けているのだが、余りの悔しさに話の内容が頭に入ってこない師弟二人。
特に表面上は冷静に見えるサルーンも、スロノに現実を指摘されて自らの能力を把握して愕然としていた。
「あのラルドが大人しくしているとは思えないねぇ。それに、あの臆病者があれ程の呪いを準備している以上は、同じような手を複数持っていると考えるべきだねぇ」
過去の付き合いからラルドの性格を正確に把握しているサルーンなのだが、その手段の一つがエルロンを蘇らせたことだとは理解する事が出来ない。
「わかった。ここで下手に動くと追い詰められる可能性があるからな。シュライバの提言を有難く受け入れるぜ」
いつの間にか話が終わっていたようで、ドロデスが総代シュライバの提言であるSランカーへの指名依頼を受け入れると宣言し、体を癒しつつ安全を確保する為に全員が本部に留まる事になった。
「あのイカレた面々が相手では、ここも安全とは言い難い・・・か」
【黄金】やソルベルド夫妻、サルーンが退席した後に一人部屋に残って全員を見送っていたシュライバは、厳しい現実を呟く。
本来冒険者、それも登録するだけで膨大な益を享受できるSランカーであればギルドに牙をむく事はないのだが、闇ギルドに属し除名処分になっているエルロンであれば話しは別であり、少し前に弟のミルロンすら平然とその手にかけるエルロンの話を聞かされたので、かなり現実味のある脅威だと考えている。
「一刻も早くSランカーを招集する必要があるな。あの二人の事だ。最悪はSランカーを個別に的にかけかねない」
こうして最後まで部屋に残っていたシュライバも席を立ち、少々悲壮感を漂わせながら執務室に消えて行く。
一方、大森林の前での戦闘を優位に進めつつも目的を達成する事が出来なかったラルドとエルロンでも、流石にここに留まる事は出来ずに一旦撤収して共に闇ギルドにいる。
不完全燃焼であった部分は否定できないが、ラルドは確実に呪いがサルーンに襲い掛かり能力を消失させた事は理解し、エルロンもソルベルドに勝利できたと思っている。
「聞いていると思うが、お前は本来短い命のはずだった。しかし、その枠からはみ出ている可能性が高い。今後も同様に俺の復讐に手を貸すならしっかりと調査してやるが、どうだ?」
ラルドは自ら開発した道具によって復活したエルロンが、ミルロンを吸い取って制約が完全に外れた事象について興味を持ちつつ、今回は逃したがミルロンの力があれば再びサルーンと【黄金】、更にはソルベルドと対峙しても容易に復讐を果たせると思っている。
命令権について言及はしていないが失っているのは明らかであり、餌をぶら下げる形で協力させようと思っての発言でもある。
ある程度の思惑については理解しつつも自らの命は残り数時間程度と覚悟していたエルロンは、ソルベルドに圧倒的な実力差で勝利した事実はあっても復讐を達成できずにモンモンとしている所に光明が見えた事から、ラルドの申し出を受ける。
もとより【黄金】やソルベルドに復讐できるのであれば自らが望む事と完全に合致しているので、断る選択肢はない。
「良いぜ。俺にソルベルドと【黄金】をくれるんだろ?文句はねーよ。正直、その機会をくれるんなら何でもするぜ?」
「良いだろう。正直に言えば、あれだけの戦闘を行った以上は本来であれば既に何らかの意識障害が出てもおかしくない頃合いなのだが、その様子は一切なさそうだ。少し横になってくれ。詳細を調べる」
高いレベルの<鑑定>の能力者であれば一発で情報を得る事が出来るのだろうが、ギルドが秘匿するほどにその能力者は貴重なので、ラルドは近似した機能を持たせた魔道具を使用してエルロンの状態を調べにかかる。
「ふむ・・・面白い結果だな」
少し時間がかかった為か、横になるだけで何も痛みも無ければ不快感も無いので眠りそうになっていた頃、ラルドの声が聞こえてムクリと上体を起こすエルロン。
「ふぁ~、わりーな。思わず眠りそうになっちまったぜ」
「いや、構わない。で、現状を話そうか」
流石にこれからどれだけ生存できるのか、復讐を完遂する時間があるのかの話になるので、真剣な表情に変わるエルロン。
「結論を先に伝えてこう。お前は大森林で死亡する前の状態、完全な状態に戻っている。つまり、命の灯の長さは神のみぞ知る・・・だ」
「そうかよ。有難てー話だな。で、続きが有んのか?」
「そうだな。なぜそうなったかだが、興味があれば教えるが?」
本来は自らの命に直接関連する情報なので聞きたがるはずなのだが、不思議な力で復活する前の状態に戻っていると聞かされて満足したのか、エルロンの意識は既に復讐に向いているので、ラルドの問いを断る。