(165)ラルドの困惑①
間もなく怨敵であるサルーンに対して復讐が行えると歓喜しているラルドだが、いざ現場である大森林の近くに来てみれば、確かに魔道具を発動した形跡はあるのだがエルロンやミルロンの姿は一切見えず、更には配下の男が死亡している。
「何が起きた?」
困惑が隠せないラルドだが、一先ずは魔道具の暴走ではない事だけを確認する為に、砕け散って液体が無くなっている瓶の破片周辺を慎重に調べる。
「確実に復活はしているはずだが・・・どうなっている?大森林による何らかの影響があったのか?」
複数回慎重に調査しても魔道具は正確に起動しており、命令権がある以上は配下の男がいくら元Sランカーと準ずる力を持っている人物と相対しても死亡するわけがないので、謎は深まるばかり。
可能性としては、やはり鬼族として闇ギルドを長く支配している自分であっても嫌な汗が流れてしまう、目の前に広がる大森林による何らかの影響かと考えてしまう。
今の状況はサルーンに対する保険とも言える手駒を失っている事になるのだが、自ら足を運んで大森林にまで到着している以上は作戦を停止するわけには行かず、直接この場で復讐を完遂する事を決意する。
ここまでくれば、何故エルロンやミルロンが失踪して配下の男が死亡しているのかは二の次で、どうあってもサルーンを始末するべきだと意識を切り替える。
「保険は一つではないからな・・・」
配下の一部が命を捨てて大森林の浅い位置に設置した魔方陣の力を受け、能力を剥奪できる力を備えた魔方陣が描かれている品、そして悪魔の能力である<補強>Eを付与できる巻物を確認しているラルド。
流石にこれ以上大森林に近接する気持ちにはなれず、配下の亡骸近くの岩場に潜んで今か今かとサルーンの到着を待っている。
サルーンの動向は追跡、攻撃している配下から連絡が来るのだが、今迄同様に途中で完全に始末されているのかある時を境に一切の連絡が来なくなっている。
だからと言って作戦を中止するわけも無く、過去の例からこの場に来る事だけは間違いないと、サルーンの対処の為に手配した配下を散開させる。
ラルドも身に着けている数多の魔道具を慎重に確認し、順次起動する。
連続起動が出来ない物や効果時間が限定的な物もある為に、作戦開始直前に全てを確認しながら起動する。
当然ここまでの移動に関して必要な魔道具は連続起動のままではあるが、全ての魔道具を起動し終えた段階で多少距離があるが何らかの存在が気配を消して様子を伺っている様なそぶりを見せている事に気が付く。
実はエルロンはこの場に自らを復活させた元凶が来ると伝えられていたので、本当に余命が僅かなのかも含めて真実を知る為にこの場に留まっていた。
魔道具の力を借りなければ鬼族と言う種族による力しかないラルドなので、多少距離がある場所で気配を消していたエルロンの気配を掴む事は出来なかった。
「サルーンの気配にしては微弱なうえ、この俺があの女の気配を間違うはずがない。となると、今この場に生存している可能性がある存在と言えば、エルロンかミルロン。<操作>では本人からこれだけの気配を感じる事は出来ないと考えると、エルロンか?」
自ら作成した魔道具の力、そしてこれまで培った経験による確かな洞察力によって潜んでいる人物を正確に把握したラルドは改めて配下の男を見ると、傷跡から<闘術>による致命傷を負ったと理解した。
「恐らく命令権は失っていると考えた方が良いだろうな。仮にサルーン側になると厄介だ。あの女が到着する前に対処しておくべきだろう」
徐に岩場から出ると、気配を消して潜んでいるエルロンのいる方向に迷いなく進みながら声を出す。
「そこに隠れているエルロン。お前を復活させたのはこの俺だ。つまり、お前を再び冥府に送る事も出来ると言う事だ。先ずは黙って姿を見せろ」
命令権を失っていると言うあり得ない状況になっている以上は、宣言通りにエルロンを無条件であの世に送るなどできる訳ではないのだが、こう伝えておくことで余計な軋轢は生じないと考えていた。
言われている方もあり得ない事象が起きて復活した事実だけは把握しているので、ラルドの言葉もあながち嘘ではないと思わざるを得ず、どう考えても自分を補足しているように動いているので諦めた様に姿を晒す。
「お前が俺とミルロンを蘇らせたのかよ?配下らしき雑魚がそんな事を言っていたが・・・どうやら事実のようだな」
<錬金>Sで作成した魔道具を多数身にまとっているので、必然的に強者の雰囲気を曝け出しているラルドと、その気配を明確に察知して疑いの余地はないと思っているエルロン。
「その通りだ。で、もう一人のお前の弟、ミルロンはどうした?それと、何故俺の配下を攻撃した?」
「はっ、ミルロンは俺がくたばる前に裏切っていたことが判明したからな。ちょっと小突いたら死んじまったぜ?で、あの雑魚が煙になったと思ったら俺が吸収したように見えた。そんで、ついでにこの俺様に無駄な命令をしてきたお前の配下も目障りだったんで始末した」
例え自分が手も足も出ずに滅ぼされようが遜る事はしないエルロンなので、明確に自らの手でラルドの配下を始末したと明言するのだが、いくら待っても自分の体に何も変化が無いので拍子抜けしている。
一方のラルドは自らの目で確認できていないながらもエルロンの説明を聞いて色々と考えており、エルロンに姿を見せるように命令した際にはさり気なく黙っていろと付け加えていたのだが、エルロンはそれを完全に無視して勝手に話していた。
つまり、予想通りに命令権は完全に失っている事がこれ以上ない程に明確に肯定されていたので、あり得ない事象が起きている理由について必死に頭を働かせていた。




