(153)師匠の決断
王宮に平然と忍び込んで見せた、Sランカー影のソルベルドの師匠であるサルーン。
「バカ弟子は本当に変わる事が出来たのは嬉しい限りだねぇ。噂が間違いだったら弾除けにでもしてやろうかと思ったけど、あれだけ幸せそうならそんなわけには行かないからねぇ。運よくアタシが生き残った暁には、アタシの師匠から受け継いだ力を託せる・・・嬉しいねぇ」
あの場には気配に敏感な能力者であるスクエとネラがいたのだが、その二人にも全く察知されずに王宮に平然と忍び込む事が出来ており、通常の<槍術>Sではそのような芸当は絶対にできない。
それだけの実力者なのには理由があり、彼女が持っている能力は<槍術>Sではなく正確には<槍術>SSだ。
スロノの持つ<収納>Exは異常なので別枠だが、一般的に能力レベルはSが打ち止めとされており、事実認定されている最高戦力もSだ。
レベルSを持っている人物の中でももちろん練度に差があるのだが、誰しもが常に能力に磨きをかけ続けて尚誰一人として能力がSSに進化した人物は存在しない。
ではなぜサルーンがSSの能力を持っているのかと言うと、呟きからもわかるように自らの師匠から受け継いだ力を含めてSSに昇格しており、弟子であるソルベルドがその力を託せる存在になっているのか確認し、なっていなければこれから自分の向かう先に強引にでも同行させようかと考えていた。
これほどの実力者が運が良くなければ生き残れないと言っているのでレベルSであるソルベルドでは絶対に生存は不可能であり、つまりこれからの任務の達成率を上げると同時に自分が育ててしまった力にしか興味がない、人間的には害にしかならない存在をこの世から抹消するのも義務であり、最後の師匠としての務めと考えた。
結果的には噂が事実である事をこれ以上ない程にその目で確認する事が出来ており、且つ実力も衰えていないと理解したので、弟子の幸せを心底願いながら王宮を去っていた。
「まったく、厄介な仕事を受けちまったもんだよ」
冒険者を引退しているのでSランカーとしての名も失っているのだが、その類まれなる実力を知る存在から特別な依頼を受ける事はままある。
「まぁ、相手がどんな連中か掴み切れた訳じゃないからねぇ。しぶとく生き残ってバカ弟子に力を伝授してやるさね」
軽く呟きながらも、実は街道を移動中に獣や魔獣、そして人々から襲われているのを簡単に捌いている。
王宮に忍び込んだ時の様に気配を消すには相当な集中力が必要で、移動速度が遅くなければ発動する事は出来ずにいるおかげで、高速移動中の今は狙われ放題になっている。
「まったくバルドも筆頭公爵の娘の為に、良くやるさねぇ。自国防衛の意味もあるだろうが、随分と大盤振る舞い。アタシの最後を飾るのには相応しいねぇ」
サルーンは獣人国家の王国バルドから依頼を受けており、バルドは返しきれない恩があるバーミット筆頭公爵とその娘であるミューには絶対に幸せになって貰いたいと思い色々と陰ながら動いていた。
その中で筆頭公爵家を攻撃する謎の集団についての情報を多数の犠牲のもとに仕入れたので、ギルドを通すとソルベルドからミューに伝わり新婚旅行が台無しになってしまうと考えてパーミット筆頭公爵と相談の結果、実力的にも立場的にもサルーンに依頼するのが最善だと行動していた。
依頼を受けた際にはもう引退だからと断ろうとしていたサルーンだが、ミューと弟子であるソルベルドの話を出されてしまい、最後の花道とばかりに依頼を受けていた。
王家の調査だけでも相当な犠牲が伴っていたと報告を受けているので、以降は調査も含めて自らが行うと宣言し、弟子のソルベルドに会いに来る前までに王国バルドに粉をかけている存在の一部が大森林に侵入している事を掴んだ。
流石のサルーンでも大森林は簡単に侵入して良い場所ではないので、この情報を掴んだ時点で冒険者時代も含めて最大難易度の依頼であり、場合によっては命が無くなる事も覚悟した。
「それにしても、あのバカ弟子がねぇ。本当に噂通りで嬉しいねぇ」
やはり最後は弟子であるソルベルドがこれ以上ない程にミューを溺愛し、人としても何倍も大きくなってくれた事で嬉しさが出てしまう。
彼女は今のソルベルドと同様に<槍術>Sを持っている師匠に師事した過去を持ち、自らがSランカーとして活動出来た頃に師匠から能力を奇跡的に引き継いで<槍術>SSになっている。
今回の依頼で大森林に侵入後死亡した場合には残念ながら師匠から受け継いだ<槍術>Sを弟子のソルベルドに渡せないのが心残りになるので、自らの師匠から引き継いだ能力を弟子に引き継ぐと言う覚悟を持って臨む。
事前に能力を渡した場合、今回の依頼は絶対に達成できないのは大森林が絡んでいる以上明らかであり、生き残って能力を愛弟子に渡す事を糧にしている。
過去に全く同じ能力でレベルSとなり、且つ師弟関係と言えるほどに行動を共にして動きも近似していた存在はおらず、実はこの条件がレベルSSに至る唯一の道になる。
<魔術>Sのスロノとリューリュ、<隠密>Sのネラとスクエでも能力を使う際の癖を含めた動きが異なるので、能力を委譲する事は出来ない。
スロノの能力によるレベルSS達成は例外でこの厳しい条件に当てはまらないが、実はスロノも未だレベルSの能力を統合してSSに昇格できるほどに収納していないので、レベルSSの存在すら理解していない。
「まったく。ミルロンみたいに<操作>を持っている連中がいれば、獣や魔獣を失うだけで大きなダメージがないから最高なんだけどねぇ。兄と揃って大森林に飲まれるなんざ、バカだねぇ」
ミルロンは大森林から脱出して周辺で土に還っているのだが、最終的な報告は二人共に森に飲まれたとなっているので現実は少し違うが結果に大差はない。
レベルSを持つ人物二人共に森に飲まれている事を認識する結果になっているので、兄弟で協力した(と思っている)上で飲まれた事実は正直サルーンに重くのしかかっている。
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