(152)驚く師匠
ソルベルドと師匠の老婆共に武器は出していないながらも一触即発の雰囲気だったのだが、ミューの一言でソルベルドの雰囲気は一変する。
「はぁ、流石はミューはんや。こんなババァにも配慮できるなんて正に女神。ええか?ババァ。もう耳もよぅ聞こえんやろが、全力で聞くんや。こちらにいらっしゃるのはワイの女神、そして愛する妻!愛のソルベルドの妻のミューはんやで?どうや。ババァとは比べ物にならん位素晴らしいお方やで?」
「・・・お前、あのデザートを食べたのかい?アタシの知らない組み合わせで頭がおかしくなったのかもしれないねぇ。ホラ、これを飲みな。一応今回食卓に並んだ材料をどう組み合わせても対処できる薬だよ」
以前のソルベルドしか知らなければ今の態度はどう考えても違和感しかないのだが、性格の激変については情報を得ていたので半ば冗談で毒によって頭がおかしくなっている体で解毒薬を出している老婆。
「こんなんいらんわ!ワイは真面や!ええか?もう一度言うで?ワイはま・と・も や!誰もババァが準備した悪魔のデザートを口にしとらんわ!」
「そうかい。ならSランカーとしての重圧に耐えられなかったのかねぇ。以前と比べると受け入れ易い態度だから嬉しい変化ではあるんだけど、落ち着かないねぇ」
勝手に乱入して勝手に場を掻き乱している老婆だが、神経が図太いのか周囲の視線を全く気にする様子が無い。
「ちょっと良いだろうか?」
ここで漸く国王であるサミットが割って入る。
「アンタはこの国の国王らしいねぇ。こんなおもらし小僧を王宮に迎え入れてくれるなんて懐が広い人もいたもんだ。風の噂ではソルベルドが相当丸くなったと聞いていたけど、アタシが直接この目で確認して本当だと分かって嬉しくなっている所さ。今後もバカ弟子の事をよろしく頼むよ」
再度おもらし小僧と言われて流石に強めに頭をはたいてやろうとしたソルベルドだが、続く言葉に動きが止まり、ミューと出会う前の自分の行動を顧みて相当師匠の心労になっていた事を今更ながら気が付いてしまい、動きが止まる。
「その要因はアンタの様だねぇ。本当にアタシは嬉しいよ。このバカ弟子は戦闘能力だけに拘る男に育っちまってねぇ、人として最も重要な部分は悪化する一方だったんだよ。でも、噂が本当だと確認できて老い先短いアタシもこれで思い残す事はなくなるよ」
今までの鋭い目つきとは打って変わって、本当に孫を見守るかのような優しい視線をミューに向けている。
種族差別など行うような人ではなかったようで、まるで聖母リリエルの様に慈愛溢れる表情の為にソルベルドも完全に黙り込んでしまう。
「ソルベルド様のお師匠様。何とお呼びすれば良いのか分かりませんが、私の大切な夫を育てて頂きましてありがとうございます。私はこれからソルベルド様をしっかりと支えられるように精進してまいります」
「コレは嬉しいねぇ。本当に良い冥途の土産だよ。そうそう、アタシの事は気軽にサルーンと呼んでおくれ。何ならお母様でも良いんだけどねぇ」
国王が話しかけたのにいつの間にか会話の相手がミューになっているのだが、事が丸く収まりそうなので藪をつつくのは危険だとの判断から放置されている。
「で、ババァは何しに来たんや?毒の件はしっかりと解毒剤を持っとった様やし、ワイの力が衰えていないか確認しに来たと言われればそうなんやが、ババァがそれだけでここまで動くとはどう考えてもおかしいで?」
ソルベルドの問いかけに、少しの間だけ見つめていた視線を外してぶっきらぼうに答えるサルーン。
「アタシもそろそろお迎えが来る頃だからねぇ。バカ弟子の幸せそうな姿をしっかり目に焼き付けておきたかったのさ」
師匠を良く知るソルベルドであれば、この言葉は嘘ではないが全てを話している訳でもない事は理解できる。
同時に、これ以上何を聞いても本当の目的については教えてくれない事も分かってしまうので、呆れたように肩をすくめるだけ。
結局その後特に何かある訳でもなく、勝手に侵入して勝手に食事を食べ、はたから見れば好き勝手に行動したサルーンは去って行った。
サルーンが去った後の王宮ではコロネラ主催のお茶会が開催されるのだが、話題はやはりソルベルドの師匠であるサルーンの話し一色になる。
「あの婆さん、とんでもねー実力者じゃねーかよ?俺もそうだが、スクエ達も気配を掴む事が出来なかったんだろう?」
「お恥ずかしながら、全く分かりませんでした」
戦力面からの話しで盛り上がっているドロデス達なのだが、一方でソルベルドの微妙な表情を見逃していないミューは夫の心の負担を軽くするべく話し込んでいる。
「ソルベルド様?サルーン様の事で悩みがあれば、話していただきたいです」
妻にこう言われては隠し事が出来ないので、ありのままを話すソルベルド。
「あのババァは何かを隠しているんは間違いないんや。しきりに冥途の土産だの思い残すことはないだの、命を捨てなくてはならん事態に陥っとるのか、これから陥るのか・・・見た感じ体調に不安はなさそうやけど、少しだけ心配なんや」
「ソルベルド様は優しいですね。実は・・・こんな事を言っては何ですが、サルーン様は今生の別れをしているかのように見えてしまいました。事前に毒を配って注目を浴びるようにしたり、王宮に来たりしたこともそうですよね?」
「そうなんや。ワイの知らんところでなんか動いとるんか・・・あのババァには散々扱かれとったんやけど、そろそろ田舎でノンビリ暮らして貰いたいのが本音や」
あれほどの実力を見せつけたサルーンの動きを調べる事などできないと誰しもが理解できるので、想像の中で話をする事しかできずにモンモンとしていたのだが、何が起きているのかは数日後に知る事になる。