(144)砂糖に蜂蜜③
ミランダとスロノの心配をよそに、今の所ソルベルドは直接的に動く様子はなく静観しているように見える。
「ちょ、ミューさん!本当に大丈夫ですか?今にも爆発しそうな気がしませんか?」
「スロノ君に一票。爆発前の静けさじゃないかしら?ソルベルドさんが本気で暴れたら、ギルドが消え去るわよ?」
相変わらず焦る二人に対し、ミューは非常に落ち着いている。
「ふふふ、あの様子であれば大丈夫ですよ。暴れるのであれば席に座る事も無く一撃で吹き飛ばしていますから。あっ、ソルベルド様の名誉のために付け加えますが、どの一撃も気絶する程度で抑えて頂いていますよ?」
何処が名誉になるのか良く分からないが、非常に宜しくない状況に見える現状もミューにとってみれば許容範囲の様だ。
「何時まで食わん飯を見つめてんねん!」
少しだけ語気を荒げたソルベルドの声がギルドに響き渡るのだが、実は食べない食事を凝視しているのはソルベルドに絡まれている三人だけではなく周辺にいる食事を頼んでいた面々全てなので、この声を聞いた全員が一斉に食事を始める。
「ふふふ、面白いですね!」
何処が!と言いたいスロノとミランダだが、相当ソルベルドの扱いに慣れているのか行動に慣れているのか、ミューは本心から笑っているように見える。
因みに【黄金】の他の面々は、ドロデスが合流してからは我関せずとばかりに酒を楽しんでいるので、全く態度に変化はない。
「良し良し。しっかり味わって食うんやで?ワイ等に命を提供してくれる食材、調理してくれる人達の苦労、そう言った部分をしっかりと理解しておれば、米の一粒すら無駄にするなんぞ思わなくなるんや。分かるか?これがワイの女神であるミューはんの教えや!素晴らしいやろ?」
「「「は、はいっ!!!」」」
目の前で追加の恫喝をされるのかと思いきや、諭す様な内容に変わった事から素直に受け入れる三人の冒険者。
こうなると周辺で焦って食事をしていた面々も状況を把握し、まるで食事を飲み込んでいる状況からゆっくりと食べる様に変化する。
「本当ですね・・・ミューさんの言われた通りに、特に問題は起きませんでした」
問題どころか非常にありがたい話しまでしているので、ここまでソルベルドを変えられるミューに改めて感心しているスロノとミランダ。
一方のソルベルドとしては、ミューのありがたい教えを布教するのは当然なのだが本来の目的はそこではなく、ドロデスの助言通りに如何に自分達の仲の良さを広めるかに重きを置いているので、三人の視線が集まった所で満足そうに頷く。
「ええで。よぅ分かったみたいやな。ホンでな?ワイの素晴らしい女神のありがたい教えと共に、女神自身の素晴らしさも含めて改めて説明してやろと思ってんねん。当然しっかりと聞けるやろ?」
「「「ひぃ・・・は、はいっ!!」」」
Sランカーである陰のソルベルドから笑顔を向けられてしまい、三人の冒険者は何故か恐怖の声が漏れてしまい慌てて了解の意を示すと、独演会と言わんばかりの態度でソルベルドは立ち上がり、更に注目を集めた事をしっかりと把握してから熱く語りだす。
正直聞かされている方は大半が恐怖に支配されて中身があまり入ってこないのだが、【黄金】はその説明がどう考えても過剰な惚気以外の何物でもないので、逆に言われているミューが恥ずかしくならないのか心配になる程だ。
「ふふふ、ソルベルド様は凛々しいですよね?」
「・・・えっ!?は、はぁ。見ようによっては、そうなのかもしれませんね」
ミューが柔らかい笑顔で発した言葉を聞いて、どう答えるのが正解なのか一瞬詰まってしまったスロノ。
あの夫にこの妻あり・・・この言葉を正に具現化した夫婦だなと内心思いつつ、何故か冷や汗をかきながら食事の手を止めて、非常に正しい姿勢でソルベルドの話を必死で聞いているように見える三人の冒険者を見ている。
「スロノ君。あの三人、どう考えてもソルベルドさんが何を言っているのか、理解する余裕なんてないわよ?」
「そうでしょうね。あれ程食事を無駄にするなと言われて間もないのに、全く手を付けていませんしね。ですが、俺では気が付きませんでしたけど殺気を飛ばしたのであれば、あの程度の罰は仕方がないのでは?とも思いますね」
「そうよね。私の記憶にあるソルベルドさんだったら、今頃あの三人は塵も残らない程粉々になっているわね。そう考えると・・・精神的には少しきついかもしれないけど、良い薬とも言えるものね!」
ミューのどこが素晴らしいだの、今は新婚旅行中だの、はっきり言って三人の冒険者にしてみればソルベルドとミューの双方共に初見なのだから聞かされても反応できないような事を延々と垂れ流しているソルベルド。
「ふぃ~、ここまでが旅行編第一部や!まだまだ続くさかい、しっかりと耳の穴かっぽじって聞くんやで?」
ドロデスの様にバッサリと切って逃げる程の実力も度胸も無い冒険者三人は、この後屍の様になりながらもソルベルドの語りを聞かされ続け、次なる被害者になる事を恐れた他の面々は再び急いで食事をした後に、そっとこの場から消えている。
やがてギルドの食堂から聞こえる音は、ソルベルドの熱い語りと【黄金】男性三人の酒を飲む音、スロノ、ミランダ、ミューの談笑のみになっていた。
「よっしゃ!ホンでこれからが本番や!」
まだまだ続く掛け声を聞き、三人の冒険者は今後二度と余計な事はしないと誓っていた。




