(143)砂糖に蜂蜜②
テョレ町のギルドで繰り広げられている、これ以上ない程に甘ったるい攻撃を受けて茫然自失のドロデス。
この町で【黄金】と言えば、Sランカーのスロノを加えてこれ以上ない程に羨望の眼差しで見られている存在なので、過去に貴族の息子達が絡んできた時と同様に第三者であるソルベルド夫妻が負荷をかけている状況に見えるので、何かしらのトラブルが起こる可能性が高かった。
今のところは震源地が騒がしくなっているだけで余計な騒動が起きていないのだが、これは甘すぎる話を聞かされているドロデスがソルベルドをSランカーだと公に暴露していたからだ。
信頼のおける、更に実績のある【黄金】のリーダーがSランカーと宣言し、同じくSランカーに名乗りを上げたスロノもその言葉に異を唱えていない以上は、【黄金】に話しかけているのは間違いなくSランカーであると認識し、余計なちょっかいをかける勇気がなかったとも言える。
会話の中からは不思議な二つ名が聞こえてきてはいたのだが名前の部分はしっかりと“ソルベルド”と認識できたので、間違いなく<槍術>Sを持っている陰のソルベルドだと認識されている。
「ふ~、ちょっとだけ喉が渇いたわ。まだまだ続編があるさかい、しっかりと喉の調子を整えなあかんな」
「ま、待て!本当にちょっと待て、ソルベルド。俺はもう限界、いや、間違いなく限界を超えた。今迄の話しでお前が幸せなのは良~く分かったし、如何に仲が良いかもこれ以上ない程に理解した。だからよ?その幸せ話を俺だけではなく他の連中にもしてやった方が良いんじゃねーかと俺は思うぜ?な?そうしろよ?」
自分だけ被弾すると明日までダメージが抜けないと悟ったのか、はたまた最悪はこのままの状態、つまりソルベルドの話を聞かされ続けて朝を迎える可能性に思い至ったのか、背筋が凍って反射的に生贄を差し出すかのような事を言い始めるドロデス。
敢えて周囲を見る様な視線を送り、その視線につられる様にソルベルドの視線も動く。
今迄の長~い惚気話は嫌でも聞こえていたギルドの食堂にいる人達なので、これが集中的に自分に来ては堪らないと誰もが目の前の食事を無駄に凝視し、少し離れた位置にいる受付は何も無いのにあたかも書面を見ているかのように机に視線を落としている。
他の冒険者達は依頼について相談している様な体でいるので、全員がソルベルド達に意識を集中しているのに視線だけは絶対に向けない状況になっている。
ドロデスからの提案を受けているソルベルドとしては、確かにこの話を一人だけに聞かせるのは勿体ないと本心から思っているので、ミューと共にドロデス達に近接した際に僅かに殺気を飛ばしてきた存在の元に向かう。
この存在は【黄金】に粉をかける人物を罰してやろうと独善的に行動するような人物であり、過去の貴族令息と同じような人種であるのだが、僅かな殺気をしっかりと把握していたのはソルベルドだけ。
ツカツカと、とある机に近接したソルベルドは徐にその内の一つの椅子を引いて座ると、両肘を机に乗せ掌に顎を乗せて只管食事に視線を向けている三人を見ている。
「ふぅ。助かったぜ」
ドロデスは突然ソルベルドが迷う事無くとある一画に向かったので、この隙を逃すまいとジャレードとオウビのいる席に移動しており、スロノ、ミランダ、そしてミューはソルベルドが次にどのような行動を取るのか観察している。
「ミューさん。あの方達は大丈夫でしょうか?暴走しませんか?」
「ちょっと俺も不安ですね。寛いでいる姿勢に見えても直ぐに動ける実力がありますから。それに、何であの席に行ったのかも気になります」
スロノではあの短い時間で僅かな殺気を感じ取る事が出来ないので、ソルベルドが【黄金】に話しかけようとした際に余計な粉をかけようとした存在の元に向かっているとは分からない。
「大丈夫ですよ。暴れそうになったら私が止めれば直に大人しくしていただけますから。可愛いですよね?」
この人もソルベルドに毒されてきたのかと思わなくもないスロノとミランダだが、ソルベルドの今迄の態度からミューが言っている事は事実で、仮に激しく暴走してもミューの何気ない一言ですぐに騒動は収まる可能性が高いと理解して安堵する。
こうなると肩の力を抜いて観察する事が出来るので、何を言い出すのか、どの様な行動を取るのか少し楽しみになっている。
「お前等・・・ワイが愛のソルベルドと聞いてちょっかいをかけるのを止めとったな?ワイだけならば多少の殺気はエエが、ワイの全て、この世の秘宝であるミューはんにまで一瞬であっても殺気を向けた罪は重いで?」
肩の力を抜いたスロノとミランダだが、即雲行きが怪しくなったので一気に不安な表情でミューを見るのだが、ミューはソルベルドのセリフに嬉しそうに頬を赤らめているだけ。
「ちょ・・・ミランダさん。俺じゃぁ本気のソルベルドさんを止めるなんて芸当、絶対にできませんよ?」
「私もよ!どうするの、スロノ君?」
焦る二人をよそに、既にフードを外して獣人だと明らかにしているミューの態度は変わらない。
【黄金】が拠点にしているテョレ町や所属国家である王国シャハのサミット国王も種族差別を認めていないので、他の国、町に比べるとその存在を明らかにし易い環境ではある。
ソルベルド達はこの町に至るまでに別の王国の町に立ち寄って休憩したのだが、その時にはあからさまに獣人であるミューを蔑む様な視線を向けた人族がおり、ソルベルドが有無をも言わさずに一撃で吹き飛ばしていた。
この場ではミューが獣人であると明らかにしているので、種族差別的な関係で三人の男が殺気を送ったと思っているミランダとスロノは非常に焦る。
あれほど溺愛している妻に対しての不躾な、それでいて攻撃的な視線と殺気を送ってしまったのであれば、ソルベルドが暴走する可能性が高いからだ。