(142)砂糖に蜂蜜①
テョレ町のギルドで再開している、新生【黄金】とソルベルド夫妻。
冒険者として相当立場が上の存在であるために、今後の事も考慮して安全に関する提言だけはしているソルベルドだが、だから何かをすると言う訳でもなく自分語り・・・ミューの素晴らしさ、そして如何に今が幸せかを語り始める。
どの道【黄金】一行もギルドに認定されていないSランカーの存在については既に把握していると分かっているので、改めて軽く注意を促す程度の認識だった。
「ホンでな?テョレ町から少々離れても良いんやが、王国シャハで素晴らしい夜景の見える場所はあらへんか?当然ミューはんの美しさに勝る様な夜景が存在せんのは分かっとる。分かっとるが、そこにミューはんが映りこむだけで極上の景色になるんやで?」
「・・・お前、行商人に扮して色々と見たんじゃねーのかよ?腐ってもSランカーだろうが!夜景の一つや二つ、知ってるんじゃねーのか?」
これほどだらしがないソルベルドの姿を見て、どう反応するのが正解なのか良く分からないままドロデスが思った事を口にする。
「甘いのぉ!そんなんやから独り身なんやで?ドロデスちゃん。ホンマこの幸せを分け・・・るのはもったいないさかい、このワイ、愛のソルベルドからのありがたいアドバイスを授けたるわ」
「いらねーよ!痒いんだよ!!」
ドロデスが独身なのかは別にして、成立しているようで成立していない会話を聞きつつミランダとスロノは話が通じるミューと今後の予定を決める事にしていた。
残されるのは暴走しているソルベルドと被弾しているドロデスであり、寡黙なジャレードやオウビは余計な騒動に巻き込まれたくないのか、ちゃっかりといつの間にか少し距離をとって酒を煽っていた。
「こいつは・・・思った以上にきついぜ」
現状、ソルベルドの幸せ語りをたった一人で延々と聞く羽目になっているドロデス。
何を言おうが全くお構いなしに只管幸せ話を投げかけてくるので、最早打ち返すだけではなく避ける事も出来ずに被弾し続けている。
「ホンでな?ワイがテョレ町までミューはんを運んだんやが、その時間も至福の時なんやで?全身でミューはんを感じる事が出来る栄誉、澄んだ心を反映するかのようなええ匂い、全てが極上や!グフフフ、これが幸せなんやで?ドロデスちゃん!!」
「お前・・・変態じゃねーのか?」
「おおきに!ホンマおおきに!!」
「褒めてねーよ!爪の先程も褒めてねーよ!何でここでそんな言葉が出て来るんだよ!!頼む!誰か助けてくれ!シャール!シャールは居ねーのか?」
ギルドマスターの名前まで出して何とか今の地獄を脱出しようと企むのだが、シャールは嫌でもこの惨状を受付から聞かされているので絶対に顔を出さないと執務室に閉じこもっているし、受付もドロデスと目を合わせようとはしない。
「ドロデスはん、ちょっと落ち着かんといかんで。まだまだ話は始まったばかりや。言うなれば、ウォーミングアップが終わった所やで?」
「マジか・・・」
ドロデスの悲痛な声はソルベルドの言葉を受けただけではなく、この惨状を理解している周囲の者が誰一人として助け舟を出そうとしていないのを認識してしまい、絶望の淵に追い込まれた為だ。
「マジやで!まぁ、ドロデスはんにはワイ等の出会い編は不要やと思うんで、折角やからテョレ町までの移動編から話したろ」
「ま、待て。待ってくれ、ソルベルド。ついさっき移動についてはお前の変態チックな話を聞かされたばかりだ。それに、何だ!その“編”ってーのは。どんだけ続くんだよ!俺の心が持たねーよ!」
「大丈夫や!ワイの経験を聞く事で、きっとドロデスはんも幸せな結婚をして明るい未来を掴む事が出来るで!」
「いらねーよ!余計なお世話だ!!お前の経験が参考になる訳ねーだろ!俺が大丈夫じゃねーんだよ!」
まるで暖簾に腕押しなのでドロデス一人だけ心にダメージが蓄積されており・・・やがて首を垂れて物言わぬドロデスに只管笑顔で話し続けるソルベルドの周囲には、誰も人が近寄らない状態になっていた。
少し離れた位置にいるスロノ、ミランダ、そして震源地と言えるソルベルドの妻ミューは、燃え尽きている様なドロデスを視界に入れながら楽しく話している。
「ふふふ、ごめんなさいね。ソルベルド様は本当に私の事を大切にして下さるのですよ。出会いは特殊でしたが、今は本当に幸せです」
「それは良かったです。ソルベルドさんも・・・誰がどう見ても幸せなのは嫌でもわかりますよね?」
「わ、私もスロノ君と同じ事を考えていました。でも、あの勢いでは夜景の場所の情報は得られなさそうですよね?」
こちらの席はソルベルドと比べると常識の範囲内ではあるのだが、やはり相当大切にされて幸せを感じているのかスロノやミランダにしてみれば少々恥ずかしくなるような話まで聞かされている。
「そうですね。でも、ソルベルド様と見る景色はどれも素晴らしい景色になりますよ?そうそう、そう言えばソルベルド様、私の見ていない所で鍛えているみたいです。素晴らしい体を維持されているのですよ?流石はSランカーですね」
「・・・そうですか。ぼ、僕の能力は魔術なので体を鍛えているわけではないので、その辺りはちょっと良くわかりませんけど」
素晴らしい体をどのタイミングでどのように認識したのかに思い至り、少し恥ずかしくなってシロドモロドになって答えているスロノと、全く口を開けなくなってしまったミランダだ。




