(139)ミルロンとエルロン③
突然の襲撃を受けたので、周囲の木々を巻き込みながら全力で迎撃して見せたエルロン。
「はっ!殺気は上等だが、実力不足。雑魚ばかりじゃねーかよ?このエルロン様を舐めるんじゃねーぞ?」
周囲に散らばる魔獣の残骸を見ながら、未だ視認できないながらも殺気を飛ばしている存在に対して警告とばかりに大声を出している。
襲い掛かって来た魔獣の残骸も目に見える速度で地面に吸収され、やがて元の何もない見慣れた景色が再現される。
「!?・・・この野郎!!!」
ここでエルロンは、何故これだけ長時間殺気だけで襲撃が無かったのかに気が付く。
かなり激しい襲撃を突然受けたので全力で対応して無傷で迎撃したところまでは良いのだが、その後周囲は前回同様完全に修復されて変り映えの無い景色になってしまった事から、ここに至るまでにどの方向から来たのか、つまり向かう方向が分からなくなってしまった。
「随分と姑息な真似をしやがるじゃねーかよ!堂々と戦いやがれや!」
直情的で過去の戦闘もチマチマせず直接的に行っていたので、このような搦手を使う存在を相手にするとどうしてもストレスがかかってしまい、誰に対してなのか不明ながらも大声で騒いでしまう。
戦闘の音もそうだが、人族の咆哮を耳にした大森林を生活の拠点にしている魔獣達の興味を引いてしまっている。
彼等からしてみれば久しぶりに得られる同種以外の食料との認識なのだが、相当な強者だと理解して弱らせる方向で仕留める事にしていた。
過酷な環境とも言える大森林を拠点としている以上は相当知能も高く、人々には直情型で脳筋と呼ばれているエルロンと知能指数は変わらないのかもしれない。
散々咆哮しても何も反応が無いので諦めたのか、暫く脱力したエルロンは再び立ち上がって勘によって再び一方向に向かう。
同じような状態が繰り返される事でエルロンの心も徐々に弱さを見せ始めており、今では襲撃にはしっかりと対応出来つつもその後に感情を爆発させる程の余裕はなくなっていた。
転機が訪れたのは、大森林に侵入してからどの程度時間が経ったのだろうか・・・今までとは異なって明確にその存在が関知できる何等かが近接しているのに気が付いたエルロンは、条件反射の様に迎撃の準備をする。
―――ガサササササ―――
その音は明確に大きくなっており、やがて木々の隙間から蜘蛛の魔獣が視認できた。
「はっ、久しぶりにコソコソしねー相手が来やがったかよ?良いぜ。これ以上ない程にその自信満々な鼻っ柱をへし折ってやるからよ!」
厳しい視線を蜘蛛の魔獣に向け、暴風を巻き起こそうとした瞬間にその動きを止めるエルロン。
蜘蛛の上にいるミルロンでは把握できないが、身体強化系統の能力を使っているエルロンからはミルロンがしっかりと見えていたのだ。
エルロンにしてみれば、弟のミルロンが自分の窮地を知って救出に来たと思っているし、ミルロンにしてみれば自分を守ってもらうための戦力を探しているので、意識に差が出ている。
蜘蛛の魔獣はエルロンの前で急停止すると、ミルロンは初めて目の前に目的の人物である兄がいる事に気が付き、慌てて蜘蛛の背中から飛び降りる。
「兄貴!大丈夫だったかよ?」
「あぁ、何とかな。この忌々しい森は相当厄介なのは認めるぜ。だが、お前が来たからには抜けるのも容易だろうよ。頼んだぜ?」
大森林以外の場所では見た事も無い様な蜘蛛の魔獣を支配下に置いているミルロンなので、エルロンはまさか弟のミルロンが能力を使えなくなっているとは思っていない。
ミルロンもまだ支配時間は残っていると思っているので、余計な事を言わずに森から出た際の戦力としてエルロンと共に移動して・・・既に相当な時間が経過している。
「思った以上に厄介だったぜ。この俺様がこれほど苦労するとはよ?」
既に森から脱出できる前提で話をしているエルロンだが、ミルロンは森から脱出できない理由は向かう方向が分からないと言う事実を知らないので、敵が強大過ぎたのかと勘違いしている。
「もう大丈夫だろうよ。だが、森から出たら【黄金】とスロノがいるはずだぜ?」
「あぁ?あいつ等森に入ったんじゃなかったのかよ?」
時間の経過が良く分からないエルロンなのだが、自分が森に侵入する切掛けになったのは【黄金】とスロノが大森林に侵入したとの情報を得たからであり、何故そんな連中が森の外にいるのか理解できない。
自分がこれほど苦労して脱出できずにいた森から、何故そう簡単に脱出できたのか・・・そもそも情報に齟齬があって森に侵入していなかったのか、考えが纏まらない。
「とっ、おいおいミルロン。もう少ししっかりと進むように制御しろ!」
気が抜けてしまった事も有るのだが、背中に乗っている蜘蛛が今迄とは異なって右に左に揺れるように動き始めた事から、制御が甘いと文句を言っているエルロン。
一方のミルロンは命令を聞かなくなり始めている兆候だと分かっているので、森から出るのに残りどの程度か正確には分からないが、道中の安全はエルロンがいる以上問題ないと確信し、魔石で作った球を取り出した方とは逆の靴底から短剣を取り出すと、徐に蜘蛛の背中に突き立てる。
「おい、何をしやがる!!」
たっぷりと毒を含んだ短剣なので、無防備な背中から刺された蜘蛛は即息絶えた。




