(137)ミルロンとエルロン①
「はぁ、はぁ、ここまでくれば大丈夫だろう。クソが・・・必ず復讐してやるぜ。と言ってもここはあの大森林。一刻も早く身の安全を確保するのが先だな」
王国バルドに一般市民として侵入しようとした直後から環境が激変した挙句、最も訪れてはならない場所に来てしまっているミルロン。
嫌な気配を常に感じ続けているので、身を守る為に能力を使って少しでも有用な魔獣を支配下に置こうと、慎重に周囲を見回している。
スロノが<収納>Exの力を使い、ミルロンが持っていた能力そのものを収納されてしまった事に気が付かないまま息を潜めている。
ある意味丸腰のこの状態で動き回っては移動時の音を頼りに標的にされかねないと正確な判断が出来ていたのだが、ここに至るまでにこれ以上ない程の音を立てているのには気が回らない。
自分が動かずに周囲に意識を持って行った時から、カサカサゴソゴソ、不快感を煽る様な音が耳について恐怖感が膨らんでいるのだが、だからと言って他に何が出来る訳も無く必死で周囲を観察している。
戻るも地獄、進むも地獄、そして停滞しても地獄の環境に置かれているミルロンの視界に変化が訪れた。
「おっ!」
ミルロンの目に映ったのは大きな蜘蛛の魔獣であり、じゅるじゅると音を立てて見た事も無い様な不気味な形の魔獣だった存在を食べているように見える。
「気持ち悪りーが、蜘蛛であれば気配察知も優れているし、拠点を作っておけば迎撃もお手のモンだろ?幸先良いぜ?」
確かに蜘蛛の特性であれば、糸を使い周囲への警戒も十分にできるし待ち伏せの形、拠点で行動する分には迎撃体制も十分と言えるだろう。
「!?」
いざ以前の様に能力を使って支配下に置こうとしたのだが、全く能力が使える様子も無いので思わず魔力封じの腕輪があるのか腕を確認してしまうのだが、ドロデスによって完全に外されているので何故能力が発動しないのかが分からない。
魔力を底上げするブレスレットが無くとも能力発動はするはずであり状況が飲み込めないミルロンだが、無能故に能力発動の気配を察知できなかった蜘蛛の魔獣から襲われる事はなかった。
少しでも落ち着けるように能力確認の意味もあって、今の自分が持っている能力を確認するべく、<鑑定>能力者が見る様な画像を出そうとイメージする・・・のだが、無能であれば能力の表示等されるわけも無く、目の前の景色以外何も見えないミルロン。
逆にこれほどの異常事態であれば何らかの制約によって能力が使えない状態になっていると勘違いし、そもそもこの大陸に能力を奪うような力は存在しないと言う知識がある事から、ここに至る間に起きた精神的な疲労によるものだと判断した。
だからと言って丸腰でこの場で待機するのは絶対にできないので、奥の手を使う。
徐に靴を脱ぐと、靴底に隠してあった球を取り出す。
非常に貴重な魔石から作られる品であり、過去エックスがソルベルドを始末する為に使用した品と同様に能力が保管されている。
当然ミルロンが持っていた能力が保管されているので、この球を少々遠くにいる蜘蛛に投げつけて割れれば即<操作>が発動し、レベルSの能力であったが故に問題なく支配下に置く事が出来るだろう。
だが、保管していた魔力が切れれば制御も切れるので、あれ程の魔獣を支配下に置き続けるのに必要な魔力が想像できず、どの程度の期間安全が確保できるのかが分からない。
魔力不足による強制的な支配の解除は対象の魔獣に支配時の記憶が残り反逆される可能性があるので、なるべく支配可能な時間ギリギリまで魔獣を酷使して安全を確保する必要がある。
「あいつを使って、兄貴を探し出すのが最善策だろうな」
不可侵の大森林であっても兄である暴風エルロンが死亡するとは到底思えないので、行動を共に出来ればより安全が増すと考えているミルロンは、特殊な球を蜘蛛に向かって投げつける。
―――パリン―――
巨大な蜘蛛の魔獣の為に的を外す事無く、無事に球は割れて<操作>Sの支配力が蜘蛛を襲い、能力回収当時の支配力が活かされていたのか難なく配下にできたミルロン。
能力を失っているので支配下に置けたか否かの判断は対象の魔獣の動きから判断せざるを得ず、ミルロンと蜘蛛の魔獣の実力を考慮すると無駄なのだが、取り敢えず逃走する為の距離を取りつつできるだけ小さな声で命令を下す。
「今食っているブツ、遠くに投げ捨てろ!」
野生の獣や魔獣は余程の事が無ければ食事を捨てない事を知っており、敢えて完全な支配下になければ行わない行動を指示するミルロン。
希望通りに口にしていた何かを遠くに投げ捨てた事からしっかりと支配できたと確信し、一瞬この蜘蛛を使って自分を追い込んだ【黄金】やスロノを襲おうかと考えたのだが、蜘蛛と相性が非常に悪い<魔術>を使える人物が二人もいるのを思い出し、当初の想定通りに兄であるエルロンとの合流を目指す。
「俺を乗せて、最近この森に侵入した人族のいる場所に移動しろ。ついでに俺が食えそうな食料も道中で取れ」
こうして蜘蛛の背中・・・想像よりも柔らかくフワフワな背中に乗せられて移動しているミルロンは、森から出た後の事を考える余裕が出来ていた。
「一人ずつコイツに食わせるのもありかもしれねーな」
蜘蛛は迷う様子を見せずに一方向に移動しているので、間もなくエルロンと合流できると確信しているミルロンだ。