(134)立場の悪化⑤
この場でこれ以上できる事はないので、これ以上騒いでは執行までの期間の監視が厳しくなり逃亡の目が無くなると比較的冷静に判断したミルロンは、怒りの表情は抑えられないながらも大人しくなる。
「おぉ~、随分と大人しくなったじゃねーかよ?じゃぁ、スロノ・・・連れて行ってくれるか?」
「わかりました」
突然ドロデスにミルロンの連行を頼まれたスロノは、何故自分に頼んだのかと言う思いがありつつも、実は相当有難いと思っていた。
連行中は二人きりになるので第三者の目が無い上、今は能力自体を使えない状態になっているエルロンから<操作>を収納しても違和感を覚えて騒がれる可能性は低いからだ。
確実に悪事を働いている人物のレベルSの能力であればそこに至る間での努力云々を考慮しても遠慮なく剥奪する事が出来るので、地下の檻に連行する最中に有難く能力を頂いていた。
予想通りに能力を収納してもミルロンの態度に一切の変化が無く、大人しく自ら檻の中に入って行ったのを見て内心安堵している。
ドロデスはスロノの能力について深く理解している訳ではないのだが、今までの行動から魔獣を含めて能力持ちに触れるのを好んでいる節があったので、敢えて頼んでいた。
翌日・・・食事に関しては執行の日が決まっていなかったので途中で餓死されても困るとの理由から与える事に決定しており、今日はリューリュとリリエルを伴ったスクエがミルロンの入っている檻の前に来ている。
「ミルロン。アンタの兄貴も相当だったけど、アンタも凄いわね。スクエちゃんから聞いたわ。本当なら食事すら上げたくないけど、決まった事だから置いておくわね」
檻の中から手を必死で伸ばしてギリギリ届かない位置に食料を置いているリューリュ。
「私の担当はお水ですね。ですが、少々困りました・・・私の不徳の致すところですが、不注意からここに来る途中で躓いてしまいまして、少々零してしまったのですよ。本当に申し訳ありません」
手の届く範囲にはあるのだが、内部に少々水滴がついている程度しか入っていないコップを置いているリリエル。
彼女の実力から考えると躓く事があり得ないし、仮に転倒するような事態でも難なく水を零さずに体制を整える事が可能なはずであり、どう考えても敢えてこうしている。
聖母リリエルの二つ名の通りに非常に慈悲深い存在なのだが、スクエの置かれていた環境やミルロンからの依頼の内容、その時の報酬額を始めとした悪行を聞いてミルロンに対する慈悲の心は枯渇した。
善人ほど怒らせてはいけないとは良く言われている事で、リリエルは檻の中のミルロンに対して能力を使って体の活性化を促すような術を行使している。
リューリュやスクエはリリエルがミルロンに対して何かをしているのは分かるのだが、不利になるような事はないと確信しているので内容を聞こうとはしていない。
この術の効果は一時的に体に力が漲るのだが、当然その分エネルギーを消費する。
つまり、食事と水分補給をより必要とする状態にさせたのだが、そもそも何かをされた事すら把握できないミルロンはリリエルを睨みつけているだけ。
「偽善者が・・・姑息な言い訳をしやがって!何が聖母だ、笑わせるぜ?で、テメーは何しに来たんだ?エックス!兄貴の報復に怯えたか?」
リリエルを睨んだ後に、手には何も持っていないスクエに対して敢えて裏で活動していた時代の名前を呼ぶミルロン。
「こうしてみると、何故あれ程この男からの依頼を必死で達成しようとしていたのか、全く理解できませんね」
かつてのエックスではなく、過去を完全に清算して前を向いているスクエなのでミルロンからしてみれば想像もしていなかったような返しが来ている。
「はっ、随分と偉くなったじゃねーかよ?だがなぁ、間違いなく俺の兄貴は俺を閉じ込めた事に対しても報復を行うぜ?その時はもうすぐそこに迫っているんじゃねーのか?今直ぐ詫びりゃー軽い仕置程度で許してやるぜぇ?」
どうしても獣人種から下に見みられる事だけは許容できないので、最低でも二人のSランカー、そしてスクエも準ずる力を持っていると理解しつつも自分優位な状況を演出してしまうミルロン。
「あっ、そうでした。今日はその事で伝えたい事があるので私がここまで来ました。両陛下の御尽力によって改めてエルロンの情報を集めて頂いたのですが・・・」
「ははははは、もう直ぐここに来るんだろう?早く詫びた方が身のためだぜ?リリエル、リューリュ、テメー等もだ!」
正に勝機が来たと思ったミルロンは、エルロンと合流してソルベルドによって装着された忌々しい魔道具を破壊してもらえば、自らの能力をフルに使ってこの場の面々を始末できると滾る。
確かに戦力差が大きいのは事実だがそこは最早関係なく、自分をこれだけコケにした以上は全力で暴れて報復するつもりでいた所、冷静なスクエに水を差される。
「随分と攻撃的な面が出てきましたね。残念ですがエルロンは来ませんよ?流石は脳筋でした。私の恩人とも言える・・・名前は明かせませんが王国シャハの王族の護衛の方の機転で、随分前に大森林に向かいましたよ。その後については両陛下の追加の調査で未だ帰還していない事を確認済みです」
「はぁ?」
誰しもが侵入してはならないと理解している大森林に、頼みの綱であり最強の札でもある兄のエルロンが向かったと聞かされたミルロンはこれ以上の言葉が出てこない。
「わ~、随分とアホ面ね。一時の感情で大森林に突入するような人物の弟だから、相応しいと言えば相応しいのかしら?」
リューリュの追撃にすら、反応する事は出来なかった。