(126)新たな迷走
大森林、正確には大森林地帯と呼ばれている場所があり何れの国家にも属さない森林地帯なのだが、逆に言えば何れの国家も手出しできずに詳細も不明な場所であるとも言える。
鬱蒼とした木々が永遠と続いているように見える・・・程度しかわからず、森林地帯に侵入した冒険者、騎士達は浅い場所に侵入しただけでも相当な怪我を負って脱出しており、少々深く侵入した存在に関しては略全て帰らぬ人になっている。
Sランカーと言え例外ではなく、数十年前に当時のSランカーが刺激を求めて大森林地帯に侵入したのだが未だ帰還せず、その記録はギルド本部にしっかりと残されている。
「あの野郎・・・何しにそんなところに行きやがった!」
流石のエルロンも大森林に即侵入するほど愚かではないので、スロノがそこに向かっては二度と対戦できなくなると少々焦る。
過去大森林から戻ってきた面々が何かを得られた記録は一切ないので手つかずのお宝が眠っている可能性が高いながらも、今のスロノがそのような品を欲するようには見えない。
ギルド公認のSランカーとなった以上は定期的に莫大な報酬を得られるので、リスクを冒してまであるかどうか不明なお宝を探しに行く意味がない。
「だが・・・あいつ等にしてやられたままなのも許せねーんだよ!」
ミランダによる背後からの一撃、【黄金】男性陣からの想像以上の攻撃、そして潰す相手であるSランカースロノの<魔術>による攻撃を受けて一旦引いた経験がある以上、このまま自らの手で何もせずに死亡されるのは許容できないエルロン。
格下の【黄金】一行にしてやられた挙句、同格とは言ってもエルロンの目から見れば未熟なのが丸わかりのスロノを相手に撤退せざるを得なかったのだから、きっちりと借りを返す必要があると考えている。
状況としてはソルベルドとの対戦時も似た様なモノだが、あの時には聖母リリエルもおりSランカーが二人に対して自分が一人だったので止む無しと思う事が出来ている。
咆哮の直後にエルロンは今まで以上の速度で動き出すのだが、方向としてはどう考えても王国バルドではなく大森林地帯になっている。
「ネラ隊長」
王国シャハのサミット国王に忠誠を誓っている部隊の者達は、エルロンがいた場所にいるネラの元に集結している。
「思った以上に上手く行きましたね。あれだけ直情型で良くSランカーにまで至ったものです。逆に言えば、それだけ戦闘力が高かったとも言えますが」
ネラの手には既に息絶えている飛翔種の一体が握られており、羽の中に埋もれている非常に小さな針を取り出すと証拠隠滅とばかりに粉砕して捨てる。
エルロンはソルベルド生存の一報を受けた後、近くに落下した飛翔種の気配に気が付いて近接し、足元に括られている手紙を読み進めていた。
相当急ぎで飛翔種を操作した事は一度目の情報を得た際に見て取れたので、近くに落下した飛翔種も弟ミルロンからの情報だろうと思い行動していたのだが、実はこれがネラによる作戦の一環だとは分からない。
ネラはエルロンに近接している最中に情報伝達が終了してしまったので、伝達内容を知る事は諦めて新たな策の実行に移行した。
限界近い速度で移動していた飛翔種なので情報の伝達を終えた個体は地上に落下しており、その一体を捕獲するといつの間にか手に持っている極細の針を突き刺した上でエルロンの近くに放り投げた。
飛翔種の動きを制限し意識を飛ばす為に刺した針であり、こうする事で魔獣を操作しているミルロン側に情報が漏れないように対処し、偽情報を足に括り付けてエルロンが読むように仕向けたのだ。
冷静に考えれば一度目の情報伝達は嘴に咥えた球に内包された手紙であり、二度目は手紙が直接足に括られていたので大きな差があるのに違和感を覚えるべきだったのだが、そこに思い至らずにエルロンはネラの思惑通り非常に危険な領域に向かっている。
「これで暫くはこの件で動く事はないでしょう。五分五分ですが永遠にエルロンがこの地上から消えてくれるかもしれませんね。では二隊に分けます。私と同行する面々は陛下が王国バルドに向かう道中の事前調査と安全確保。残る一隊はエルロンの動向監視です」
再び音も無く散開して二隊に別れ、各自の任務をこなしており、その後・・・
「おぉ、久しぶりやん!改めて紹介したるわ!ワイの愛する妻、ミューはんや!コラコラ、ドロデスはん!あまり見るなや!減るで!」
スロノ一行は王国バルドに到着しており、今は王宮でミュー、ソルベルド、ハルナと面会をしている所だ。
「・・・あのよぉ、紹介しておいて見るな?そもそも減る訳ねーだろ!本当に大丈夫か?リリエルに頭の中を治してもらった方が良いんじゃねーのか?」
過去の件は謝罪の上詫びの品まで貰っているので水に流しており、蒸し返すような事はしないドロデス達だが・・・どうしても無駄に撒き散らされている甘いオーラを捌いたり跳ね返したりする力が出てこない。
「はははは、ホンマおおきに!」
「褒めてねーよ!!」
全く話がかみ合わないのだが、他人の幸せを本気で妬むような事はないので祝福の言葉を告げる。
「まぁ、何にしろ目出度い事には変わりね~からな。幸せになってくれや」
「アホ!ミューはんを愛でて良いのはワイだけや!油断も隙もあらへんな。まぁ、それもこれもミューはんの溢れ出る美貌が抑えきれん故やなぁ~。罪なお人や」
「・・・あのな?目出度いって言うのはお祝いの言葉で、愛でたいわけじゃねーんだよ!」
何時<隠密>を持つ者が来るのかエルロンが来るのか分からない状況だが、過剰な緊張感を感じられないのには理由があり、ネラから未だ<隠密>を持つ者の危険性はあるものの、エルロンに関して暫くは問題ないと知らされていたからだ。