(118)復活と別の戦闘
突然起き上がりミューに優しく口づけしているソルベルドなのだが、例の覆面が完全に接触していたわけではないので全回復とまでは行かずに、大きな倦怠感と多少の傷は残っている。
ミューが使用していたように覆面を被っていれば完全な状態で効果が発揮できたので全回復したのだろうが・・・もう内包された回復術自体は解放されているので、覆面を被り直しても何も効果は得られない。
全回復でなくとも普通に行動できるのは流石のSランカーだが、彼が今行っている行動と言えば自分は死んで天国にいると思っているので、欲望が具現化したと思っているミューに対して絶対にできない事・・・優しく口づけをしている。
ミューも何故か回復したように見えるソルベルドが突然口づけをしてきたので目を見開くのだが、その後は易しくソルベルドを抱きしめて涙を拭いもせずに目を瞑る。
「は~、これが天国かいな。最高やん!この勢いで言ったろか?どうせ妄想の世界や!ミューはん、ワイと結婚して欲しいんや!絶対に幸せにするで!!」
現実世界ではないと思っているソルベルドは勢いが止まらず、自分の欲望が具現化している以上は絶対に断られない自信があるので暴走しており、恋人関係をすっ飛ばして結婚したいと宣う。
ミューからしてみれば本当に命を懸けて行動し、生まれ変わったと宣言した通りに自分達を守る為に行動を改めてくれたソルベルド。
毎日のように甘い言葉を本心から投げてくれるソルベルドに心が動かされているミューは、その申し出を受ける。
「はい。これから末永くよろしくお願いしますね、ソルベルド様!」
「・・・い、ぃいぃぃいいいやったで!ははははは、死んで悔いなしや!こんなんやったら、さっさと死んどくんやったわ!」
もう居ても立ってもいられないと思っているソルベルドは、喜びをどう表現して良いのか分からずに部屋の中をウロウロしており、やがて自分が死んだ(と思っている)場所にいる事に気が付く。
「あれ?なんでワイは天国にいるのに、こんな場所におるんや?」
数多の経験からありとあらゆる状況に対処できる能力を持っているので、徐々に冷静になり現実を理解し始めるソルベルド。
あの状況から助かる術はリリエルの術レベル以外にはあり得ないと確信していたので、こうなると過去ミューが自らの刺突を防いで見せた例の覆面が・・・と思い、スボンのポケットに手をいれると相当ボロボロになっている状態であり、ポケットの中も破けていた事から明らかに内包している効果が使用された事を理解する。
同時にここが現実世界であると分かり、自分の暴走を思い出してサーッと血の気が引いて座り込んでしまうと背後から優しくミューに抱きしめられる。
「ふふふ、ソルベルド様。まだ本調子には程遠いのですから、ゆっくり休みましょうね。その後、新婚旅行や結婚式の話をするのが楽しみです」
少し前の暴走と今のあり得ないミューからの幸せを凝縮した爆弾の影響で頭から湯気が出たソルベルドは、この場を上手く対処できずにフラフラとしてしまう。
「さっ、休みましょう?」
優しくミューに肩を貸してもらいつつ移動したソルベルドは、現状があまりにもあり得ない程に幸せなのでフワフワした気持ちのままなすがままに休まされ、知らず知らずの内に意識を飛ばしていた。
やはりダメージが完全に抜けたわけではない事もあり、この日から暫くは眠り続けてしまい、付きっ切りでミューが看病していた。
その数日の間に何が起きたのかと言うと、テョレ町でも一騒動起きる。
エックスは依頼を達成したとミルロンに即連絡し、ミルロンから飛翔魔獣を使ってエルロンに状況報告が飛んだので、最大のチャンスがやって来たと判断したミルロンは一気にスロノを仕留めるために動き始めていた。
保険の意味でリノは地下の檻に閉じ込めたままテョレ町の拠点を出ると、こちらもミルロンが集めていた情報によって現在スロノがいる場所に向かう。
「【黄金】が居ようが関係ね~な。未熟な<魔術>とレベルA程度の<魔術>であれば楽勝だろ。他の有象無象は一撃で仕留める・・・良いじゃねーの」
相手は四人の【黄金】とSランカースロノと理解しながら尚、自らの勝利を疑わずにおり、その攻撃性が反映されているのかいつも以上に目は真っ赤に血走っている。
エルロンにしてみれば、ギルド所属の冒険者時代には大々的に禁忌を侵せずにイライラしていたのだが、今ではその身分は剥奪されているので周辺に人が居ようが無関係の一般人が居ようがお構いなしで、例え町中であっても攻撃する気満々であり、正に首輪が外れた猛獣状態になっている。
エルロンの襲撃がある事を知っているスロノ達は、周囲への被害を考慮して町外れにあるギルド管轄の倉庫で寝泊まりをしており、ここであれば自分達も周囲に配慮せずに迎撃できると考えている。
この時には既にソルベルドは深い眠りについているのだが、魔獣の襲撃の後始末に追われていた王国バルドのギルドでは情報を展開する余裕が無く、一部間違った情報・・・ソルベルドが死亡したとの情報を含め、Sランカー達の状態を知っているのはミルロンから情報を得ているエルロンだけ。
「んじゃ、ちょっくら目障りなヒョロガリを始末するかよ?」
エルロンの視界にはポツンと佇んでいる建屋が見えており、その中に対象の人物がある程度迎撃の準備を整えて待っている事を知っている。
その上で、やはり元の二つ名の通りに苛烈な性格故か、正面からこれ以上ない程に破壊してやろうと本来の能力である<闘術>に適したグローブと偽りの能力であり相当鍛えた<棒術>に適した棒を装備する。
「んじゃぁ、楽しい楽しい戦いの幕開けだぜ?」
棒を持っていない方の手で近くの大きな石を掴むと、建屋に向かって全力で投げつける。