(117)敗北
発熱外来難民になっていました
ある意味客観的に状況を把握できる位置にいるミューと、同じ位置にいるがその能力から状況を全く把握できないハルナ王女。
「ハルナ王女、大丈夫です!ソルベルド様が負けるはずがありません!」
把握できないながらも攻撃を受けている事だけは嫌でもわかるので震えてしまうハルナと、最早自分では何もできないと理解してしまったミュー。
ミューにとって今できる事と言えば、ハルナを抱きしめて励ます事位だ。
ミューのこの言葉を聞く余裕があればソルベルドは天にも昇る気持ちだったのだろうが、今は守るべき存在の為に全神経を敵に向けているので、残念ながらこの声は聞こえているのだが味方の声であるが故に意味を理解する余裕はなかった。
こうしている内に存在は見えないが居場所がわかる魔獣の内の一体がミューとハルナのいる方向に勢いよく移動し始めたので、爆発覚悟で始末するほかないと一気に穂先をその位置に向けた瞬間・・・
「はははは、やはり表でぬくぬくしている様な存在は程度が知れますね?ギルドの枠に嵌って殻を破れずにいる以上は仕方がないのかもしれませんが・・・少しだけ楽しむ事が出来ましたよ?では、私はこれで失礼します!」
突然隠密を解除したエックスだが、勿論外套とフードでその姿は分からないながらも勝利宣言をして、あっという間に消えて行く。
ハルナやミューにしてみれば何が起きたか分からないのだが、刺突の姿勢になっていたはずのソルベルドがそのまま倒れ込む。
「「ソ、ソルベルド様!!」」
罠の可能性は捨てきれないながらも目に見える脅威は明らかに去っているので、元より敵の気配など一切掴めなかった二人にしてみれば罠だろうが何だろうが対処しようがなく、突然倒れてしまったソルベルドに意識が向かう。
ソルベルドは倒れながらも完全に意識は失っていないようで、わき腹に刺さっている短剣を引き抜いて苦しそうな表情をしている。
「ゆ、油断したで。でも、大丈夫や!ワイはこんなんじゃ死なんで。ミューはんと恋仲になる野望が達成できておらんのに、死ぬわけにはいかんのや!」
「だ、誰か!!早く来て!回復薬を持って来て!!早く!!」
ミューは一部だけながらも今の戦いを把握しており、どう考えても自分達が重荷になってソルベルドが致命傷を負ってしまったと理解している。
仰向けになって荒い息をしているソルベルドの頭を自分の太ももに乗せて、必死で意識を繋ぎ止めるように話しかけており、ハルナは廊下に飛び出て周囲の者達に回復薬を大声で要求している。
「その意気です、ソルベルド様。私と一緒に旅行もできますし、美味しい食事も食べるのですよ?絶対に負けてはいけません!」
Sランカーを一撃で沈めるような攻撃・・・短剣の傷程度でこの状況になる事は有り得ないので、即効性の毒が既に体中に回っている事を理解しつつも必死で話しかけるミューの目には、若干涙が溜まっている。
出会いは最悪ながらも、この短い時間で本当に心の底から自分を好いてくれていると理解でき、言葉だけではなく事実命がけで自分を守り抜いてくれたのだから、女性として惹かれるのは当然だろう。
「そ、そうや・・・な。ホンマ、楽しみや・・・わ」
言葉も続かず視線も定まらない状況になっているソルベルドなので、第三者が見れば今から回復薬を使用しても助かる可能性は極めて低く、あり得ないが仮に助かっても、最早Sランカーとしての実力が発揮できない程の重い後遺症が残ると理解できる。
実はこの時にもエックスは隠密状態でソルベルドを観察しており、ここで初めて確実に依頼を達成できたと判断して消え去っている。
「こ、こちらです!ですが、魔獣の対応で多数の怪我人が出ているので、効果の高い回復薬はもう無いのです・・・」
ハルナの叫び声に反応した使用人が慌てて回復薬を持ち込むのだが、ミルロンの策が功を奏して回復薬は品薄の状況になっており、傷を癒す程度の回復薬ではソルベルドが助からないのは明らかだ。
「ソルベルド様!!」
何とか回復薬を飲ませようとしてもソルベルドの意識は既に朦朧としている状態の為に飲み込めず、ミューが口移しで飲ませるのだが・・・多少は飲み込めても元より効果の低い回復薬なので変化がある訳でもなく、ミューは堪えきれずに大粒の涙を流しながらソルベルドに被さるように抱き着いて泣いている。
この抱きしめる行為が、とある奇跡を起こす。
ソルベルドは例の覆面を後生大事に常に持ち歩いており、実は今も綺麗に折り畳んでスボンのポケットに入れている。
この覆面はリリエルの回復術そのものを内包している覆面であるので、密着した状態であれば対象者の損傷を癒してくれる効果がある。
刺突の姿勢、倒れ込んだ時、何れもポケットの覆面は全くソルベルドと接触していなかったのだが、強く抱き着いて揺する様な行動を取った事から位置が大きくズレてその効果を発揮する。
つまり、どの回復薬よりも遥かに効果の高い聖母リリエルの癒しを受けた状態になっているので、瀕死の状態であったソルベルドは一気に息を吹き返す。
「これは・・・天国かいな?くっそ、やっぱりワイは死んでもうたんか。まっ、実体でなくともミューはんが近くにいてくれているんであれば、それはそれでええんか?現実でなくともこの状況は堪能せんといかんやろ?」
完全に死亡したと思っているソルベルドは、涙ながらに自分に抱き着いてくれているミューが現実ではないと思っているので、優しく起こすとそっと口づけする。
素面のソルベルドでは絶対にできない事だが、天国と思っているので少々暴走している。