(116)敗北への道
慎重に部屋を移動しているエックスと、情報では自分を狙っていると理解しつつも保護対象である二人を守り易い位置に徐々に移動しているソルベルド。
ミューも流石に近衛騎士だけあって、見えない敵がこの場にいる以上は敵の攻撃範囲に制限をかけるべくハルナに近接の上、敢えて体を押し込んで強制的に移動させ、壁際に移動している。
こうする事で背後からの攻撃だけはない・・・とは言い切れないが、少しでも攻撃される範囲に制限をかけるようにしている。
<随分とあの獣人も厄介ですね。思った以上に正確に状況を理解し、的確な動きをしています。まさか、ソルベルドが仕込んだのでしょうか?>
エックスも敵ながら素晴らしい動きを見せているソルベルドとミューに内心称賛の声を送っているのだが、だからと言って攻撃を止める選択肢はない。
ミューに関してはおまけ程度の考えだが、本丸であるソルベルドには最低でも大怪我を負わせるのがミルロンからの依頼であり、ある意味表の存在とも言える冒険者ギルドに登録しているSランカーは自分達の様に陰の存在と言っても良い身分から見れば明確に敵なのだから。
エルロンに関して言えばミルロンの兄であり傍若無人な態度を崩していなかった事から敵とは認識しておらず、エックスは少なくとも近い内に自分達の側に来るだろうと確信しており、それは今現実になっている。
「ミューはん、助かるで。これでどうや!」
一瞬余計な事を考えていたエックスの耳にソルベルドの声が聞こえた直後、激しい攻撃が来る。
背後が壁になる位置に保護対象が移動した事によって、全方位とは言っても背後だけに攻撃をしなければ良い状態になり、且つ背後には人が存在できる隙間が無いので、見えない敵に対しての対処ができるようになっていた・・・のだが、残念ながら未だ呆けている使用人のいる位置だけは攻撃対象から外れている。
これも過去のソルベルドであればあり得ない行動で、目的の為に手段を選ばない苛烈な存在だったのだが・・・
<あ、危ない!ソルベルドが甘くなっていて助かりましたね>
正に避け切れない程の全方位に対する刺突が来たので、ある意味賭けの部分もあったのだが唯一攻撃が来ないだろうと判断した使用人の近くに一瞬で移動したエックスは、一気に跳ね上がった心拍数を抑え込みつつ嫌な汗が止まらない現実に直面して、油断していたと気を引き締める。
「チッ、手応え無しや!あんさん、ちょい邪魔や。直ぐに去ね!」
使用人は間違いなく緊急事態だと理解したので、慌てて扉から出て消えて行く。
こうなると同じ攻撃が来ては逃げる場所が無いのだが、だからと言って撤退しては次の機会はそうないだろうと言う思いもあるので苛烈に攻撃する事にしたエックス。
手段としては、ソルベルドが直接エックスの気配を掴んでいる可能性は低いので、空気の揺らぎや埃の動きを敢えて起こして撹乱し、その隙に攻撃を仕掛ける。
<流石は現役Sランカーです。これを使わせるとは・・・少々痛手ですが、仕方がありませんね>
すぐさま懐から小さな透明の球を二つと、何の変哲もない球を複数個取り出すと、異なる方向に投げて一旦扉の方向に退避する。
予想通りにソルベルドはその球に反応して見せたのだが、透明の球二つには反応する事が出来ない。
なぜならば・・・この球はエックスが表の身分で代理人を介して高価な魔石を使ってギルドに作らせた物であり、その能力は内部に一つだけ保管している品と共に球もエックスの能力である<隠密>が適用される事だ。
故に、他の変哲もない球はエックスの手元を離れた瞬間に能力の影響を受けずに視認できる状態になっていたのだが、透明な特殊な球だけは隠密状態で床に着弾しており、中に保管されていた小さな魔獣が出てくる。
対象が小さければ能力の持続時間は長いので、この小さな魔獣は暫く隠密を無意識で行使しつつ動き回る事になる。
一方で突然周囲に撒き散らされた普通の球の対処をするべく全ての球に槍を突き入れて破壊しようとしたソルベルドだが、その手が一瞬止まると敢えて破壊しないような動きで全ての球を扉に向かわせると・・・扉付近で大きな爆発が起きる。
「チッ・・・」
何度目になるのか分からない舌打ちだが、これでソルベルドは守護すべき存在を背後に庇いつつ全方位に向けた刺突は行えないと悟る。
同じような爆発物を仕向けられては、間違って攻撃してしまった場合に背後の二人を庇いきれないからだ。
その間に小さな魔獣は部屋を動き回るので、視認できないながらも空気の動きと埃が舞っている状況からその存在を察知しつつ、具体的に何が動き回っているのか分からないので無暗に攻撃できない状態になる。
敵の攻撃を封じ、自分の可動域を大きく広げて見せたエックスは・・・少し前に非常に危ない状況に陥った事も有って余計なお遊びは無しで依頼を達成すべく即座に行動する。
何処から取り出したのか手元に複数の短剣を握ると一気に投げつけ、手元から離れた瞬間に隠密の支配下からは外れるので誰でも視認できるのだが、突然出てきた複数の短剣に一般的な冒険者は対処できない。
そこには残念ながら近衛騎士のミューも含まれるのだが、ソルベルドは慎重にその短剣に爆発の要素が無いか、毒が無いかを見極めつつ全てを叩き落とす。
短剣が視認できた位置に敵がいる可能性が高いのだが対策は万全のエックスなので、動きながらランダムに短剣を投げつつ、敢えて絨毯の上で移動している魔獣の元にも短剣を投げて威嚇し、より激しい動きをさせる事でソルベルドの注意を逸らしている。
背後から状況を見ているミューの目でも、ソルベルドが不利な状況は変わらない。