(112)騒動の始まり
本来は薬草を採取して無事にギルドに戻ってこられるはずが、リーダーであるミンジュは気絶した状態で、最後に加入したリノに至っては所在すらつかめない状態でギルドに戻っている【飛燕】。
以前は全員一カ所に固まって薬草採取を実施していたのだが、最近では少しでも効率的に行動して実入りを増やそうと考えた結果、ある程度エリアを分けて各自が薬草採取する方向に変更していた。
おかげでラドルベとバミューはエルロンの攻撃を受けずに済んだのだが、一方で何故このような状況になっているのか把握出来ずにいる。
「ギ、ギルドマスターに報告がある!」
テョレ町の冒険者ギルドを拠点として活動しており、今日の依頼もこのギルドから受注した事から報告の義務がある【飛燕】は慌ててギルドの受付に向かい、ギルドマスターとの面談を申し出る。
薬草採取程度の依頼で意識を失うような事態は起きないので、冒険者の安心・安全を担保する義務があるギルドとしては何らかの異常が発生したと判断しつつも、突然ギルドマスターとの面会を許可できないので、軽く事情を聞く。
「どうされましたか?先ずはミンジュさんの怪我を確認した上で回復薬の提供を行います。それと・・・リノさんがいらっしゃいませんね?」
「その事で報告があるんだ!」
ラドルベとバミューは慌てているのだが荒事に成れている受付は極めて冷静に処理を進めているので、【飛燕】からの報告を聞いている受付とは別の受付がミンジュの状態を把握し、適切な回復薬を飲ませている。
因みに、冒険者の禁忌行動による被害以外で受けた怪我については、理由の如何にかかわらず後に費用を請求される事は付け加えておく。
「俺達が薬草を採り終えて待ち合わせ場所に向かったが、何時まで経っても現れないミンジュとリノを探しに二人の担当エリアに向かったんだ。そこで目にしたのは気絶した状態のミンジュと吹き飛ばされた跡だけ。リノに至ってはまるで神隠しにでもあったように痕跡すらない!」
【飛燕】の過去の素行についてはギルドマスターから詳細を聞かされている受付だが、そこを差し引いても裏があるようには見えず、本来安全な場所であるはずの薬草採取エリアに新手の魔獣か獣が発生した可能性も捨てきれない為、ギルドマスターとの面会を許可する。
受付の先導で慌てて執務室に向かうラドルベ、バミューと、別の担当者によって医務室に運ばれるミンジュ。
その後二人が必死にギルドマスターのシャールに対して同じ説明をしていた所で、漸くミンジュが合流する。
「ギルドマスター。俺の記憶は正直途中で途切れているが覚えている範囲で説明すると、とんでもない強さを持つ男、血走った赤目で燃えるような炎の赤髪の男がリノを探している様だった。明らかに連れ去ろうとする素振りがあったので止めようとした所で・・・申し訳ないが俺の記憶は途絶えている」
必死さ、真剣さ、どれを取ってもギルドを騙そうとしている様には見えないので、ミンジュを始めとした【飛燕】の言い分を真剣に検討したシャールは、一つの結論に至る。
「その男、赤目赤髪で間違いないな?体格はどうだ?」
「あぁ、何故かその目で見られた瞬間に手足に震えが来たのでそこは間違いない。体格に関して自信はないが、相当鍛えているように見えたが・・・」
「わかった。後はこちらで対応する。今回の回復薬に関してはギルド持ちとし、恐らく今回の依頼は達成できていないのだろう?その分も補填しよう」
本来ギルド側が自ら何かを補填するなどあり得ない話なのだが、ギルドマスターのシャールとしてはこの騒動はレベルEの面々では対処しようも無く、且つSランカーが絡む事態であると判断した為に特例として補填を申し出た。
ミンジュ達は慌てていたのだが、確かに回復薬に関する費用や依頼未達成による収入減に関しては自らが被る必要がある事を思い出し、ギルドマスターの申し出に本心から助かったと思っている。
「見た所完全に回復しているようだな。これを持って受付に行けば回復薬や今日の依頼についての処理は完了する」
何やらサラサラと記入した紙を渡されたミンジュは、この場でこれ以上何かできる事も無いので言われるがままラドルベとバミューを伴って退室し、受付に書面提出後に報酬を得て安宿に戻ると、心身ともに疲労したのでそのまま寝てしまう。
一方執務室のソファーに腰を下ろしているシャールは、苦い顔をしながらギルド総代のシュライバに連絡を取った後、受付に対してとある人物を招集するように指示を出す。
数時間後・・・
「シャール、緊急事態と聞いたが何があった?」
執務室にいるのは、招集された【黄金】とSランカーのスロノ。
「実はな、一部想像の域を出ないのだが、シュライバ総代とも検討した結果なので確度は高いと思って聞いてもらいたいが・・・あの暴風エルロンがこの町に侵入している可能性が高い。入国履歴にはないが、今日薬草採取をしていた【飛燕】が襲われて、リノが拉致されていると思ってもらって良いだろう」
リノが拉致されたと聞いて【黄金】の面々はスロノに視線を移してしまうのだが、スロノは気の毒にと言う気持ちは当然あるのだが、やはりそれ以上の気持ちにはなれなかった。
森で自らの能力の練度を上げようと単独で行動している際、リノが他の【飛燕】の面々と自分に関する勝手な悪口を言っているのを耳にしたからであり、やはりその程度の人物なのだと再認識した結果だ。
理由は分からないがスロノの態度に一切の変化が無いのを確認した【黄金】の面々は、視線をシャールに移して続きを促すが、やはり相当な経験をして頭の回転も速い事から、これから説明される内容はある程度正確に把握できている。
経緯はどうあれ、最終的にエルロンと闘う事になるのだろう・・・と。