(111)交渉後
切り札を切ったと言わんばかりの表情のミンジュと、自信満々の表情のラドルベとバミュー。
「・・・スロノ君?間違いなく例の子よね?」
「そうですね。残念ですが間違いないです。なんでテョレ町に来ているのかはわかりませんけど」
「はっ、Sランカーの名声に吸い寄せられた以外に何があるよ?光に集まる虫みてーなもんだぜ?」
ミランダ、スロノ、ドロデスの順に声が聞こえてくるのだが、どう考えても良い部類の内容ではないので慌てて視線をリノに向ける【飛燕】一行。
「ス、スロノ君!あの時は本当にごめんなさい。私、何であんな事をしたのか分からないけど、本当に申し訳なかったと思っているの!」
自らが追放された直後のような表情をしながらスロノに謝罪しているリノは、ある程度の期間厳しい環境で生活してきた事で改めて自らを見直す事が出来たので、この場では本心から謝罪が出来ている。
スロノにしてみれば過去に一瞬心が惹かれた事は事実だが、そこを踏まえてもおつりがくる位にこっぴどい扱いを比較的長い期間受けていたので何かを手助けする気にはなれず、優しい性格からか謝罪だけを受ける事にした。
過去行動を共にしたSランカーのスロノから許された事実があったとしても、それ以上でもそれ以下でもないのでリノの生活環境が変わる訳も無いのだが、当人達が理解できているのかは別の話しだ。
「わかりました、謝罪は受け取りますよ。これから頑張って活動してください。で、【飛燕】の皆さんは他に何かありますか?」
まさかの切り札も不発に終わってしまい、ミランダに借金の一時的な建て替えのお願いはギルドマスターのシャールの牽制もあって口にできない事から、スロノから用件について問われてもこれ以上は何もないので、悔しそうに黙り込む。
「なさそうですね。じゃぁ、これで失礼しますねシャールさん」
「俺達も行くぜ?」
さり気なくミランダの様子を確認しながら、退室を促すドロデスとスロノ。
「あぁ、朝からすまなかったな。【飛燕】とリノだったか?お前達も、もう行って良いぞ?」
リノにしてみれば明確にスロノが謝罪を受け入れてくれたので、過去と同様までとは言わないまでも少しは気にかけてくれるのだろうと淡い期待を抱きつつ退室し、【飛燕】は全く想像していなかった方向の結論が出てしまい肩を落として退室する。
当然のようにその後リノの環境が変わる訳も無く、いつの間にか【飛燕】の一員として行動し始めている内にミンジュ達からスロノやミランダの悪口を聞き、再び身勝手な思想が溢れ始めている。
少しでも現状が改善できると期待していた分、全く気にもかけてもらえなかった現実を受け入れられなかった事も原因の一つだろうが、一度あれほどの裏切り行為を行ってしまった・・・つまり、人として乗り越えてはいけない壁を乗り越えてしまった経験がある為に、二度目の壁を乗り越えるのは難易度が下がっていた。
「は~、今日も大して金にならねー依頼かよ!ミランダの野郎・・・あれほど俺達に迷惑をかけた過去がある以上、少しは謝罪の意を示しても良いはずだぜ?」
「私も、スロノ君にはがっかりしましたよ。あれ以降一切会えないし、本当に何もないんですよ?ちょっとあり得ないと思いませんか?」
ミンジュとリノがブツブツ文句を言いながら、担当している周辺の薬草をブチブチと抜いている。
「お前がリノかよ?」
そこに突然声が聞こえ、しゃがんでいる姿勢から上を見あげると・・・どう考えてもあり得ない程格上の存在である事を否定できる部分が一切ない存在、エルロンと視線が合う。
「な、何だよお前は?」
ミンジュとしては、今はスロノから何も得た物はないのだがまだ完全にリノが手駒として使えないとは思っていないので、エルロンに歯向かおうとしているのだが、やはり強者の気配を感じて腰は大きく引けている。
ミンジュやリノが元ではあるがSランカーの暴風エルロンの顔を知っている訳も無く、二つ名の由来である苛烈な性格とその態度、強さを知っていれば、対処できるかは別にして助けを呼ぶなり逃げるなりしていただろう。
「うるせーぞ、クソ雑魚」
スロノを相手にする為に必要なのはリノだけであり、関係性は不明だが目の前の男は邪魔者以外の何物でもなく、エルロンの軽い足蹴りで吹き飛び地面を転がり意識を失う。
リノも何が何だか分からない内に大の大人が一瞬で吹き飛ばされたのを見て、恐怖から気を失う。
「はっ?面倒くせーな。この程度で意識なんざ飛ばしやがって、本当に冒険者かよ?」
エルロンの基準は相当高い位置にあるのだが、確かに一般の冒険者であればこの程度で気絶してしまうような存在は長生きできず、つまり上位の存在になれない事は間違いない。
まさかの事態に悪態をつきながらも意識のないリノを片手で掴むと、その場から消えるエルロン。
その後・・・いくら待っても待ち合わせの場所に来なかったミンジュとリノを心配したラドルベとバミューは、意識が無くなりぐったりしているミンジュを見つけると慌てて抱えてギルドに戻る。
軽く周辺を確認しても、明らかにミンジュが吹き飛ばされた軌跡はあるのだが争ったような痕跡はなく、リノはミンジュを襲った何らかの存在に連れ去られたと偶然ながらも即座に正しい判断を下している。




