(94)歓喜のソルベルド、不満のエルロン
ミューが最も考えなくてはならないのは、自らの恋愛事情ではなくハルナ王女の安全。
ソルベルドの脅威は何故か去っても、突然襲いかかかって来たエルロンを相手にした場合手も足も出ない事は明らかであり、同格の力を持つ人物を引き入れる為ならばその身を犠牲にする事も厭わない。
だが、感情的に突然恋仲と言われても厳しい所があるのも事実なので、友人からと交渉する事にした。
仮にここでソルベルドに断られてしまった時には、その身を差し出す事でこの国に留まってもらおうと決死の覚悟を持っている。
当事者ではないスロノとリリエルは黙って成り行きを見守っており、ミューの主であるハルナは偽りのない心で対応してもらいたいと思っているので、アドバイスの後に一歩下がって距離を置く。
「ミュー様。私の護衛をして頂けるのは本当にありがたいのですが、ミュー様自身の幸せも考えて頂きたいと本心から思っています。今回は色々と複雑な状況ですけれど、ご自身の気持ちを最大限優先に考えてください!それが私の望みです!!」
「ハルナ様・・・」
主の配慮に心が満たされながら、未だに首だけ上に向けているソルベルドに対して正直な思いを告げる。
「貴方が私の弟、妹の件に関与していたら視界に入れるのもあり得ませんでしたが、そうではなく、その上この国を助けてくださいました。まぁ、助けて頂いた分は混乱に陥れたのと相殺になりますので、贔屓目に見て今は貴方との関係は二度お会いした存在でしかありません」
雲行きが怪しくなりつつあるので、あろう事かソルベルドの目には露骨に涙が浮かんでいる。
「プッ・・・コホン!」
恋愛経験が無いリリエルは、心から惚れている人物から切り捨てられそうになった際の心の負荷を知らないので、強大な力と権力を持ちつつ陰ながらコソコソと動いていたソルベルドが一人の女性の言葉で泣きそうになっているのを見て、堪えきれなくなっている。
咳払いでごまかすと、敢えて情けない姿が見えないようにスロノの背後に移動して自らの視界にソルベルドが入らないようにしていた。
「なので、これから互いを知る時間を設けてはいかがでしょうか?」
絶望に向かっていたはずが一気に上昇気流が訪れたので、涙が溜まっていた目が大きく見開いた直後、土下座姿勢のまま空中に飛び上がると言う、あり得ない身体能力を曝け出すソルベルド。
「ホ、ホンマかい!!やったで!!!お友達から成りあがったるわ!!イヤッホー!!なんて良い日や!記念日にせんとあかんで!!」
「プププ・・・」
折角スロノの後ろに隠れて姿が見えないように配慮したのだが、空中に飛び上がったので嫌でも土下座姿勢のまま空中に浮いて歓喜しているソルベルドが視界に入ってしまい、笑いの涙を浮かべながら必死で堪えているリリエル。
背後にリリエルがいて笑いを堪えているのは分かってしまうスロノなので、確かに今の状況ではこうなるよな・・・と思いつつ、かつて一瞬恋心を抱いたリノを思い出してしまい、面白さより寂しさが前面に出て笑う事はなかった。
「リノは今頃どうしているのか・・・まぁ、今更俺には関係ないな」
思わず口にしてしまったのだがリリエルには完全に聞こえてしまったようで、笑いを堪えている声は霧散して、激励するかのように優しく背中をポンポンと叩かれた。
今の自分がどのような表情をしているのか良く分からないスロノなので、敢えて振り返らずに小声でお礼を告げる。
「ありがとうございます。俺は大丈夫です。あの二人、上手く行くと良いですね」
こうして異常とも言えるほどの上機嫌になったソルベルドと、一方で戦闘自体は楽しめたが、リリエルを仕留められずに撤退し不機嫌な暴風エルロン。
絶対に勝てない状況になったので即座に撤退した所は流石の高ランカーなのだが、偽りの能力で登録していた能力も明らかになってしまい、今回の様に同格との戦闘時に敵の油断を誘う事も出来なくなり、切れるカードも無くなっている。
そもそもの実力が高いので保険の意味も兼ねていたのだが、最早この手は一切使えなくなっているので楽しかった戦闘部分を差し引いても不利益の方が大きかった。
「あの陰湿野郎。普段通りコソコソしていやがれば良いものの・・・突然しゃしゃり出て計画をぶち壊しやがって!」
計画も何もなく行き当たりばったりで攻撃していただけなのだが、エルロンにとってみれば攻撃してリリエルを始末する事が計画に相当していた。
陰のソルベルドは綿密に情報を集めて状況を整理した上で行動するのだが、暴風エルロンは行き当たりばったりで、破壊衝動の赴くまま行動している。
「まっ、俺があいつ等を襲った証拠はなにもねーし、最悪資格を剥奪されてもミルロンみてーに自由に生きりゃ良いかもな」
一応立場上は冒険者ギルド所属の為、冒険者の禁忌行動によって資格剥奪の可能性がある事も知っており、そうなったとしてもどうにでもなると呟きながら獣人国家の王国バルドから去っている。
「久しぶりに会いに行ってみっかよ?」
不満を述べている最中に思い出したのか、話に出ていたミルロンと呼んでいた弟に会う為にあても無い旅を変更し、目的地を定めて移動している。
「あいつはSランカーの力がありながら、冒険者登録をしちゃいねーからな。あの生き方もアリだろうな。余計な禁忌を心配しなくても良いしよ!まぁ、金に関しては冒険者登録をしていた方が有利だが、それだけだもんな」




