(92)ダメダメのソルベルド
自らの二つ名を勝手に変えて大々的に宣言していたソルベルドだが、この状況で冷静な第三者のリリエルに改めて言われてしまうと、自分でもわかる程に顔が熱くなり前を向けない。
リリエルとしては、ソルベルドの想いに応えるか否かは想い人であるミューに一任されるべきと思ってはいるが、仮に上手く行けば・・・暴風エルロンが何をしに来たか分からないが、ソルベルドが滞在する事になるこの国の安全は確保できると思っている。
「こ、これが恥辱なんか。このワイが・・・く、苦しいで」
小声で悶絶しているがリリエルには全て聞こえており、可愛らしい子供を見るかのような微笑を携えている。
その表情を見たスロノ、そしてこの場に集結している王族やその護衛達は状況が分からないながらも悪い事が起きているわけではないと静観する。
特に目の前の体育座りで顔を隠しているソルベルドが、リリエルを助けるために暴風エルロンに攻撃した事実は各自がその目で目撃しているので、過去のソルベルド自身の国家に対する攻撃に思う所はあっても・・・だ。
ソルベルドにとって幸運だったのは・・・国家を混乱に陥れたのは事実なのだが証拠は一切存在しておらず証言のみであり、直接的に攻撃したのを目撃されたのは対峙したミューだけであり、実はその時も覆面で顔を隠している。
しかし、リューリュやらミューやら、生き証人とも言える当事者から事情を聞いた国家重鎮や近衛騎士達は、既に処刑されているミュラーラ公爵から得た情報も含めて陰のソルベルドの行動をある程度把握していた。
各自がそれぞれの思いで状況を見守っているので暫く沈黙が続き・・・聞こえるのは破壊された王宮の一部が多少崩れる音だけだったので、スロノが変化を求めて口火を切る。
「あの・・・リリエルさん?ある程度俺も状況を把握しましたけど、何もしなければずっとこのままでいそうじゃないですか?Sランカーだけあって無駄に体力もあるし身体能力も高いでしょうし、ひょっとしたら、この不思議な姿勢のまま飛び跳ねて逃走しそうですよね?」
「そ、そうですね。そうかもしれないですね」
あのソルベルドがこの姿勢で飛び跳ねて逃げる姿を想像してしまったのか、必死で笑いを堪えて返事をするリリエル。
「アホか!そんな事せんわ!ワイを誰やと思っとるんや?」
流石にスロノの言葉は聞き捨てならなかったのか即座に反応したソルベルドなので、しっかりと立ち上がり叫ぶが、真っ赤な顔で必死に言い訳をしているようにしか見えないので誰も危険を感じていない。
「恋のソルベルドさんですよね?これからは恋に生きると仰っていましたから、相応しい二つ名ではないですか?」
即座にこの場の全員に聞こえるようにリリエルに反応され、崩れ落ちて地面で悶絶しているソルベルドは、恥ずかしさから両手で顔を覆って周囲を見る事が出来ない。
「あ~!こんなん違う!違うんや!」
恥も外見も無いまま、あり得ない程制御できない自分の心にも不甲斐なさを感じているのか子供の様に騒いでいるソルベルドに対し、またもリリエルの冷静な言葉が容赦なく突き刺さる。
「アレ?貴方はこれから恋に生きるのではないですか?あの立派な宣言は嘘だったのでしょうか?恋のソルベルドさん?」
「そ、そんなわけないやろ!ワイの言葉に二言はあらへん!これからは生まれ変わって恋に生きるんは事実や。既定路線や!そやけど、この状況は違うやろ!」
もう反射的に思いがそのまま口に出てしまっており、陰のソルベルドの面影は微塵もない。
普段から極めて温厚で、冷静で、他人に配慮できるリリエルも、想像できない程に慌てている陰のソルベルドのこの態度には面白みを覚えてしまったのか弄り始めるのだが、一方ではソルベルドの想い人であるミューにも事実を知ってもらおうとの思惑もある。
「ですが、丁度良いではないですか?貴方の想い人もこの場にいらっしゃる上に、想いを、覚悟を知って頂ける証人とも言える方々も多数いるのですよ?冒険者の頂点の一角として立派な姿を見せた方が良くありませんか?」
まぁ、フラれた時は人の想いはどう対処しようもないので、傷心から暴走しない様に暫くは自分がソルベルドに付きまとわなくてはならないと思っているのだが、その程度はエルロンの苛烈な攻撃から助けてもらった恩返しだと思っている。
冒険者の頂点としての覚悟と言われては引くに引けずに、強制的に勢いをつけたソルベルドは顔が赤いままスクッと立ち上がる。
ツカツカとハルナを守っているミューの近くに行き、驚かせないように配慮して少々距離のある場所で立ち止まる。
武器である漆黒の槍は特殊な品なので、今は形態が変わりソルベルドの右腕に腕輪の形で保管されているのは付け加えておく。
「ワ、ワイはソルベルド言うんや。こんなんでも一応Sランカーや。強いんやで?」
突然何とも言い難い自己紹介が始まったので、恋を成就させるために向かったと知っているリリエルとスロノは頭痛がする。
「リリエルさん。申し訳ありませんが、アレでは万に一つも可能性はないのではないですか?」
「確かにスロノさんの仰る通りです。正直ここまでとは思っておりませんでした。どうしましょうか・・・先ずは今迄の行動を謝罪した上で、今の危機的状況から救った所を説明した方が良さそうですね」
このままでは成功の目は全くないと判断したスロノとリリエルは急遽タッグを組んで対策に乗り出す事にしたのだが、リリエルは恋愛経験がなく、スロノは旅の最中にリノと言う女性の冒険者と一瞬良い関係に成れるのかと思った程度・・・最終的には裏切られたが、その程度の経験しかない。