(90)ソルベルド、現る④
刺突の姿勢で互いが弾かれ、その勢いを利用しつつ回転して再び武器が激突したのだが、直後にエルロンが自らの武器である棒を手放す。
確かに高位ランカーであれば武器に依存せず共高い戦闘能力を有しているのは間違いなのだが、同格を相手にする際に能力に関係している武器を手放すなど有ってはならない致命的なミスと言える。
とてつもない重さの棒であっても、人外の力を持つ者によって弾き飛ばされているのである程度の距離を飛翔し、見た目からは想像もできない程鈍い音と共に地中に埋まる。
「これで終いや!クソ雑魚!!」
ここまでの戦闘で直接対峙した結果、ソルベルドはエルロンがリリエルに対して注意を払っている事は知りつつ、そこを踏まえても自分の方が強いと確信していた。
エルロンが武器を手放す大失態を見せたのでそのまま仕留めてやろうと攻撃するのだが、格下と認定した上に武器を手放して丸腰になった相手に油断してしまった。
ソルベルドの槍がエルロンを捕らえる直前、流れるような体術を駆使して槍を避けると同時にソルベルドの懐に潜られ、強烈な一撃を食らって吹き飛ぶ。
「ガハッ・・・」
Sランクの苦悶の声など一生聞く事が無いと言っても良い程の事態なのだが、吹き飛ばされて尚武器を手放さないのは流石だ。
一撃を食らってしまうのは避けられないと思ったソルベルドは、少しでもダメージを軽減する為に瞬時に自分から後方に飛んでいたのだが、エルロンの攻撃を完全に逃がす事は出来ていない。
「チッ、これでも仕留めきれねーのかよ。思った以上に厄介な野郎だ!」
槍による切り傷を負いながらも、その全てが致命傷とは程遠いので平然としているエルロンは、表情には出さないが明らかに痛みに耐えているソルベルドを追撃しない。
しないと言うより出来ないのだが、それはエルロンの一撃がソルベルドを捕らえた瞬間にリリエルは自らの足に特殊な回復を行って身体能力を上げてソルベルドが吹き飛ばされる方向に移動し、既にソルベルドに直接触れて回復術を行使する直前だったからだ。
どれほど早く移動しようがSランカーの回復術の行使の方が早いので、ダメージを負わせたからと言って追撃しては反撃される可能性が高いと、冷静に正しい判断をしていた。
正にリリエルがこの場に来た目的が達成できたのだが、正直リリエルもあの状況から逆転されるとは思っていなかった。
「た、助かったで、リリエル」
「・・・本当に色々と大丈夫ですか?ダメージは全て回復させておりますが、私の回復術でも頭の中身は直せませんので、変に期待しないでくださいね?」
二人共視線はエルロンに固定しつつも感謝の意を示すソルベルドと、やはりソルベルドがおかしくなっていると思い真剣に頭の中を心配しているリリエル。
「大丈夫や。ワイは生まれ変わっただけや。これからは“武”はそこそこにして、恋に生きるんや!」
「・・・頑張ってください」
その相手が自分ではない事を心の底から願っているリリエルと、茶番を見せられているエルロン。
未だに攻撃を仕掛けないのは、自分の秘策とも言える一撃を曝け出してしまったのに全て回復されているので同じ手はソルベルドには通じないと分かっており、この場にリリエルもいる以上このままでは勝てないと逃走に意識を向けていたからだ。
「ふぃ~、ホンマ少しだけ焦ったわ。エルロン、どうやら体術も相当鍛えたようやな。いや、今の動きから察するに本来の能力が<闘術>で、その能力を活かして<棒術>と偽りギルドに登録したんちゃうか?姑息やな。ワイの方で修正の申請をしてやろか?」
「・・・クソ野郎!」
嫌でも公になってしまうSランカーの能力なので、冒険者としての本能的な意識から本来の能力を公にしたくなかったエルロンは、指摘された通りに<闘術>の能力を活かして敢えて<棒術>として登録していた。
冒険者ギルドの審査官も見事に騙される程だったので棒の扱いも相当修練した事は間違いないのだが、一度直接戦闘をしただけでソルベルドにそこまで見破られてしまう。
同格の存在であれば一度確信した情報を覆さないのは嫌でもわかるので、肯定はしないが否定もせずに逃走の準備を始める。
「はぁ~。多少の代償はあったが、楽しめたからここは良しとしてやるか。あばよ!」
懐から煙球を取り出すと地面に投げつけ、同時にこの場から離脱しつつ地面に埋まっている棒を拾うと消えて行く。
「・・・追わないで良いのですか?」
リリエルが追う事も出来るのだが、身体能力はエルロンやソルベルドと比べると落ちるので見失ってしまう可能性が高いし、仮に追いついたとしても、エルロンの本当の能力が明らかになったこの状況でも相性の問題で勝てる可能性は極めて低い。
聞かず共ここまでは理解できるソルベルドは、言われた通りに一瞬エルロンを追いかけてやろうかと思ったのだが・・・すぐに考えを改める。
「正直<闘術>の方が身体能力自体の上昇率は高いはずや。あいつがここに何しに来たかはようわからんが、追っても無駄やろな」
本心からの考えではあるが、実は他の用事を済ませたい事もあって追跡と追撃を放棄している。
「ところでキューピッドのリリエル。実はお願いがあるんや!」
「・・・何ですか?その不気味な二つ名は。色々と大丈夫ですか?」
本当に頭は大丈夫か心配しつつ、無意識で半歩距離を取ってしまったリリエルだ。