(10)スロノの過去①
時は数年前に遡る。
「ん?俺は・・・だれ、だ?」
突然記憶を取り戻したのか、どこかから記憶を無くして飛んできたのかは分からないが、突然とある森の中にいる事に気が付いたスロノ。
「名前は・・・スロノか?」
何故か急速にこの世界での立ち位置を思い出し始めている様なのだが、同時にこの場にいる前の生活、地球の日本と言う国で生活していた記憶も少し蘇る。
しかし、蘇り方は日本の生活よりもこの世界での立ち位置の方が早くて情報量も多いため、混乱しつつも半ば強制的に現状を受け入れて大人しくしているスロノ。
どの程度の時間が経過したのかは分からないが、感覚的には日本での生活に関する記憶は大した情報はなく、間違いなくこれ以上の記憶は戻らないだろうと言う不思議な確信があった。
「で、俺の名前はスロノで、今の年齢は13歳っと。冒険者として活動して初の依頼を遂行中・・・って、依頼って討伐した魔獣の収集かよ!しょぼいな!」
完全にこの世界の常識に関する記憶が戻ったスロノは、持っている能力が<収納>E.である事からこのような雑事の様な依頼しかできない事を思い出し、少々嘆きながらも目的地に向かって移動している。
残念ながら自らの血縁の有無については一切該当する者がいないと認識して寂しい気持ちになっていたが、今は一日を生きる事が重要だと思いながらもやはり文句は出てしまう。
「こんな時って、俺の能力は最強になるのが普通なんじゃ?」
かろうじて残っていた日本での記憶の中では、異世界転生なのか転移なのかは良く分からないが、世界を渡った際には基本的に特別な能力を授かるのが一般的な流れだと言う記憶が残っていた。
寧ろこの状況であればそのような情報は無かった方が良いと思いつつも、この世界の知識、基本的には得られる能力は一つであり、能力の後に続いている文字がレベルを表していると言う事も改めて認識して愕然としている。
「最低のEかよ。なんて過酷なんだ。仲間もいなきゃ、家族も無し、更に武器も無し。って、ナイフがあるのか。解体用の安モンだな」
間違いなく今日が初めての依頼であり、複数の新人冒険者が討伐した魔獣を持ち帰る事が出来ずにスロノに対してギルドを介して依頼があったのだ。
いくら<収納>があるとは言っても普通に考えればレベルEの能力である為に魔獣一体すら収納する事は出来ず本当に一部だけを収納できるにとどまるのは誰しもが理解しているのだが、このような雑事を受ける冒険者がいる訳も無くスロノに白羽の矢が立っただけで、<収納>の能力があるからと言う訳では決してない。
「なんでこんな依頼を受けたかなー。って、俺が獣や魔獣を始末できるわけがないからか。生きるために仕方がないな」
気が付けば荷台を引いている自分だったので、依頼を受けた当初から能力による運搬ではなく何とか荷台に乗せて複数回往復する事で依頼を達成しようとした事を思い出す。
そもそも<収納>の能力では戦闘などできる訳も無く、最弱に分類されているゴブリン相手であっても最悪は死亡する可能性もある。
「一応冷静な判断は出来ていた、と。でも何で今更記憶を中途半端に取り戻したのか。ひょっとして能力の覚醒?」
確かに何とも言えない記憶が改めて流れてきた状態なので何故この状況になっているのか不思議になったスロノは、最後の望みをかけるかのように改めて自分の能力を確認したのだが、相変らず<収納>E.と見えるだけ。
「そんなに甘くはありませーん!」
自分を鼓舞するためか敢えておどけてみせたスロノなのだがこの場にいるのはスロノだけであり、誰かが突っ込んでくれるような事もない。
「で、対象の魔獣は・・・たしかゴブリン。そうだ。最弱の魔獣で有名なゴブリンだったな。そりゃそうか。危険な魔獣が出るような場所の依頼をギルドが俺に出すわけもないし、俺も受ける訳がないからな」
最弱と言う事を認識して凹みつつも、悲しい独り言は続いていた。
「記憶によれば俺でもスライムは何とか対処できるし、ゴブリンからは逃げる事が出来るんだったな。まっ、油断は禁物だ。慎重に行くか!」
ゴロゴロ音を出して荷台を引いている時点で慎重もなにも無いのだが、ここは森の浅い場所であり危険度は極めて低い場所として有名である事から、危険な状況に陥る事は無い。
この依頼をギルドに出した冒険者達も新人であり、数多くのゴブリンを相手にしたために多少傷を負ってしまい全ての素材を持ち帰る事が出来る状況にないため、受付と相談して収集依頼の費用とゴブリンの素材を持ち帰る事で得る費用を比較検討した結果、収集依頼を出した方が得だと言う判断に至っていた。
時間が経てば素材は劣化する上に他の獣や魔獣の餌になる可能性が捨てきれない事から、即座に依頼が出されてスロノが受注して現在に至る。
「っと、ここか。スゲー匂いだな。早くしないとこの匂いにつられて他の獣共がやってくると。あーあ、俺の<収納>もこの量を一気に収納できれば楽なのに、人生って厳しいよな!」
願望を口にしつつも何となく自分の能力を確認したい気持ちに駆られて、収納する為にゴブリンに触れようとするのだが・・・やはり少々グロいので直接触れる気にはなれずに、解体用に持っていたナイフの先で収納すべき物言わぬ物体に軽く触れる。
―――シュン―――
「え?」
スロノ自身も何となくと言う気持ちで実行しただけなのだが良い意味で完全に期待を裏切り、目の前の物言わぬ物体は目の前から消えて収納された事を嫌でも認識した。
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