短編 11 熱い男と雪女。出会い編
これは『ナマコオンライン』に出てくるキャラの過去話を書いたものになります。知らなくても読めるようになってます。
日本の田舎には妖怪達の子孫が暮らしている。
そんな話をじい様から聞いた事がある。耄碌してしばらく経つが、未だに眼光が衰えない化け物のようなじい様の話だ。多分嘘ではないのだろう。じい様も妖怪みたいなもんだと俺は思ってる。
うちの家系にも妖怪の血が多少は入ってる。だからいずれ惹かれあうだろう。
じい様はそう言うとカカカと笑った。
だったらじじいも妖怪じゃん。と子供心に納得したのを覚えている。俺がまだ五才の頃の話だ。この頃は普通に信じていなかった。ただのボケ老人の戯言だと思っていた。
うちは猟師の家系だ。
人に害をなす獣を狩ることを先祖代々からの生業にしている。
それに嫌気が差したことも当然ある。子供の頃から山に連れていかれてそのままサバイバル訓練の開始。小さい頃も友達と遊ぶことすらろくに出来なかった。山での生活のせいで同級生と比べてやたら頑強な体にもなった。友達は更に減っていった。
でも俺にだって思春期は来た。親の言うことに反発して大喧嘩を繰り返した。でも銃を取り出すのは反則だと思う。ライフルは駄目だろう。普通に死ぬ。息子を殺す気か?
俺はそれも含めて全てが嫌になって家出した。これはそんな時に生まれたとある恋の話だ。
あれは走って東北まで逃げた時の事。俺は、とある田舎の夏祭りで運命の人と出会った。
彼女は……あれだ。
出会い頭から酔っぱらいだった。
確かに俺も川を泳いで下っていたから出会いがまともじゃないのは仕方無いとは思ってる。
でも彼女と最初に出会ったとき、彼女は川でゲロを吐いていた。酔っぱらいというか末期だろう。
俺はそれを見て必死になって岸に上がった。思わず二度見するようなすごいゲロだ。いわゆるビールゲロ。彼女はビームのように水面に向けてゲロを噴射していた。
俺は感動してしまった。
こんな漫画みたいなゲロを吐く人が現実に居るんだと。
でだ。そこでまた気付いた。
ゲロを噴射している女性が真っ裸であることを。
丁度昼の三時くらいだっただろうか。
川に 真っ裸の 女性。
ゲロを 噴射する 真っ裸の 女性 だ。
まぁ最初は妖怪だと疑った。日差しの中で輝く女体は今まで見たものの中で一番美しかった。
肌は真っ白で髪は腰まで届く豊かな黒髪。痩せぎすだが、腰の丸みは女性らしさに溢れていた。
……胸は寂しかったな。あるにはあったが。
そんな女性が日差しを受けてゲロを吐き続けている。尻丸出しで。全部丸出しで。
これは妖怪だと思うのが普通だろう。当時の俺はまだ若かった。だから……まぁ女性の裸に見入ってしまった。たとえ妖怪でも美しさに嘘はない。顔はゲロビームで全く見えなかったし。
そういう訳でガン見だ。人は美しいものに目を奪われる習性がある。だからそれは正しい反応だったんだ。
それはもう舐め回すようにガン見した。その間も女性はビームを出し続けていた。
いくら酔っぱらいでも俺のガン見する視線に気付いたんだろう。裸の女は俺の方を向いた。
止まらぬゲロビームを出しながら。
これが俺と彼女との最初の出会いだった。
初対面でビームを食らった。そんな出会いが俺の恋の始まりだった。
妖怪ゲロ女はしばらく俺にビームを照射したあと落ち着いた様子だった。落ち着いたというか川に飛び込んだのだが。
俺としてはもう何が起きてもおかしくないなと思う心理状態だった。
ゲロを止めた女は美少女だった。ゲロビームで見えなかった女の顔は絶世の美少女だったのだ。
俺はもう、この時既に心を奪われていた。
でも女が川で犬かきをしてるのを見て少し冷静になった。ひどい犬かきだった。まるで溺れているかのような犬かきで次第に女の姿は川面の下に消えていった。
つまりあれだ。
普通に溺れてたんだ。
そりゃゲロを吐いてる時点で酔ってるんだろう。それで川で泳いだら、そら溺れるのも無理はない。流石妖怪。やることがぶっとんでる。
ひとまず川に飛び込んで救出した。お姫様だっこで救助された女は……まぁ生きていた。呼吸もしてた。でもまぁ、俺も男だからな。こんなチャンスは滅多にない。そう俺の中の悪魔が囁いた。
女を抱き締めたまま俺は目を閉じている女の顔へと唇を近付けて……止めた。何となく危険な気配がした。急いで首を捻った。
その刹那。
寸前まで俺の顔があった場所をビームが通過した。
ビームは空まで届き雲を割った。夏の入道雲が綺麗に割れていた。その信じられない光景に血の気が引いた。
女は起きていた。起きていて俺を殺しに来たのだ。女は冷たく黒い瞳で俺を睨んでいた。
「覗きは死刑」
「ガン見です」
とりあえず言い訳はさせてもらった。女は声も可愛いかった。鈴の音のような声だ。
とりあえず裸なのだが、女は腕の中から降りる素振りも見せない。顔にビームならまだ避けられる。だが……胸にやられたら俺は死ぬ。
いまだかつてないほどに命の危険を感じた。熊に囲まれた時でさえ、こんな緊張はしなかった。俺の顔の下で女の胸が……ささやかな胸が上下する。
……お腹も上下する。
「うぼぁ」
「ぎゃー! 普通に吐きやがった!?」
こいつ、どれだけ飲んだんだ?
◇
「……それで、あなたは覗きじゃないの?」
「結果的に覗きになったのは理解してるが、俺はただの旅人だ」
女は少し落ち着いた。普通に吐いて落ち着いた。人の話を聞いてくれるくらいには。
裸だった女は今、俺の服を着ている。川で洗って渡したから、ある程度は綺麗になっているだろう。少しは酔いも覚めたと思うのだがちっとも気にしなかったのだ。このゲロ女は。全裸はこっちが困るわ。
なので今は俺が裸だ。一応ふんどしだけは着けている。今は川縁に二人して座って話しているところだ。夏の日差しがぬくい。
「……旅人?」
女は怪訝な顔をした。
「川を下っていた。このまま下流に出て人里を探そうとしていた。まさか裸でゲロを吐いてる女に出会うとは思わなかったが」
流石に俺も初めてだ。熊の親子に遭遇したり、野良鹿に『なんじゃこら?』と見られることはよくあるが、裸の女に遭遇するのは初めてだった。ある意味幸運なのかも知れない。
「……いつの時代の人間なの?」
中身は外れっぽい女ではあるが。
「現代だ。あ、こんな成りだがまだ未成年だ。見えんのは承知してるがな」
「うそ。その老け顔で未成年って……」
「……まだ高校生だぞ」
「うそぉ!?」
驚く女はとても幼く見えた。
俺も気にしている。体長二メートル。体重120キロ。そして老け顔。それが俺だ。この体は水に浮かないので川を下っているときは木の板を掴んでた。
このガタイだと、どう見ても学生には見えんし、見られることもない。制服を着ているだけで警察には頻繁に職務質問をされる。
教師よりも老けて見えるからな。
「私とほぼ同い年……これが」
「これとか言うな」
女は驚愕に震えていた。そこまで驚かれると流石に凹む。
「……あなた人間なの?」
「……人間だろう」
あまりにも酷い問いだが即答が出来なかった。自分でもちょっと自信はない。
「実は鬼の血とか入ってない?」
「そんなもん入ってるか! いや、そういえば……」
女に言われて子供の頃に聞いた、じい様の戯言を思い出す。
「やっぱりあなたもそうなのね。道理で殺せない訳だわ」
女は嬉しそうに笑っていた。無邪気というか女神の笑みだ。
反論も出来ずに見とれてしまった。
頭の片隅では『こいつヤベェ!』と警鐘が鳴り続けている。だが目が離せない。目の前の美少女から視線を外すことが出来なかった。
「ねぇ、あなた……おぼぁ」
「まだ吐くのかよ!?」
またしてもゲロが出た。外せぬ視線でバッチリ見てしまった。
俺はまたしても川に向かって吐く女の介抱をすることになった。ビームゲロは止んでいた。普通のゲロだ。この細い体にどれだけゲロが詰まっていたのだろうと俺は人体の不思議を考えながら女の背中を擦ってやった。
これが後に俺の妻となる女性だ。
孫には勿論この出会いを脚色して伝えている。これを伝えるわけにはいくまい。
このあと色々とあって我らは夫婦となるのだが、それはまた別の機会に話すとしよう。
……今思い出しても濃すぎるのだ。出会いのエピソードだけで。
今回の感想。
中身の無い話ですね。こりゃ酷い。