婚約解消と言われても仕方がないのではありませんか、お義姉様
ゆるゆる設定なのであんまり深く考えずに読んでください。
「アリス・グラウナー侯爵令嬢、私との婚約を解消してほしい」
お義姉様の婚約者である第二王子セシル殿下がどこか疲れたような顔でお義姉様に伝えました。一瞬、裏切られた、と驚いたような顔をされましたけれど、セシル殿下はギリギリまで我慢していらしたのよ。
「それは義妹……ミリアと関わりがあるのですね?」
「それは全くない」
「隣り合って座っておられるのですから、説得力がありませんことよ」
その言葉に目線を落とす。ここで家とお父様を持ち出してさっさと退席していただければ、殿下が説明をする必要がなかったといいますのに。
口を開こうとした私を殿下は軽く首を振って止めました。私が話せばまぁ……要らぬことまで言ってしまいそうですものね。
「婚約解消を以て、新たにミリア嬢が婚約者となることは事実だ。けれど、それは私とミリア嬢が望んだことではなく、王家とグラウナー家での話し合いの末の政略結婚だよ。私とあなたとの関係と変わらない」
努めて感情を出さずにそう話すセシル殿下。けれど、その手は何かを我慢するように強く握りしめられています。
ああ、その手に触れることができたならばどんなによかったでしょうか!まだ婚約者となっていない私にはまだそこまでの触れ合いはできません。
「ミリアが!?いえ、何故ですか?私が何をしたというのですか」
その言葉に、私はお父様がお義姉様としっかりとお話し合いをしていないのかしらと少し不快な気分になりました。扇で口元を隠して、感情を隠す。お優しい殿下があまりにも……。
「この件に関しては今後、王家より発表される予定だ」
「今、婚約を解消するのでしたら何故もっと前に解放してくださいませんでしたの!?」
「その件については侯爵より帰宅後、説明があるだろう」
その言葉に腹が立ったのか、お義姉様は「わかりましたわ」と言って出ていった。
「宜しかったのですか?殿下にはお義姉様を責める権利だってお有りです」
私がそう言うと、殿下は静かに首を振った。感情の籠らない声で「彼女の言う通り、早く諦めてしまえばよかったんだ」と言って目を伏せた。数秒、口を閉ざして目を開いた殿下の表情はまだ辛そうではありました。けれど、それでもこの方は歯を食いしばって立ち上がるのです。
お義姉様はこの方の何を見ていたのか、と恥いる気持ちになります。お義姉様はお父様にきっと、この婚約解消の理由について詳細を聞くでしょう。
そこで殿下と別れて、侍女を連れてお義姉様とは別の馬車に乗り込みました。王家からの護衛もついています。次の王子妃は私になったこともありますし、お義姉様の取り巻きが私に害を為す可能性もありますので、王妃様の御厚意でしょう。
この度の婚約解消の背景は、お義姉様のセシル殿下への態度がいい加減腹に据えかねた、というのが大きいでしょう。
幼い頃のお義姉様は大層我が儘な女の子でした。それが変わったのがお義姉様が八歳の時です。
ある日高熱を出したお義姉様。それが熱が下がって目を覚ました頃には人格が変わったとしか思えない人になっておりました。お勉強が嫌いで、何もできなかった姉はそれから何があったか分かりませんが、天才と呼ばれる女の子になりました。後妻の子だった私への態度も軟化しまして、過ごしやすくはなりましたけれど、とても不気味でした。
それと同時に、たまに訳のわからないことを言うようになったのです。
お義姉様曰く、セシル殿下はお義姉様と婚約していますが、学園で奨学生として入学してきた女の子に惹かれてお義姉様との婚約を破棄なさるそうです。何を言っているのかしらと思っていましたが、お義姉様は何故かそれを強く信じていらっしゃって、セシル殿下の誠実さを信じることはついぞございませんでした。
たかが小娘の気持ち程度、王家の影やそばに居る家族には感じ取れましたし、一番それに傷ついていらしたのはお義姉様に恋をしていたセシル殿下ご自身でした。
実際に奨学生として入学してきた平民の少女が現れたときにはゾッとしたものですけれど。けれど、彼女はお義姉様の言うような冤罪をきせることはありませんでしたし、婚約者のいる殿方に声をかけることはありませんでした。むしろ、お義姉様の言っていたコウリャクタイショウ?という殿方は姉に傾倒しておりましたので、婚約者の御令嬢からはお義姉様をどうにかしてほしいと侯爵家に手紙を頂きました。
もちろん、お父様もお母様もお義姉様に注意しておりましたけれど、お義兄様が庇うのです。ただの友人だというのに目くじらを立てるのはどうか、などと言うのです。
そういうことが続くとどうなるか、想像がつきそうなものですけれど。
自分の婚約者を信用も信頼もせず、いつか婚約破棄をされるのだという被害妄想でつれない態度を取り、他の令息と仲良くするのです。王子妃に不適格だと言われても仕方のない話ではありませんか。
それを言うのであれば、態度の変わったお義姉様が亡くなったお母上にそっくりだからとひたすらに甘やかしたお義兄様も罪深いというものです。弟もお義兄様には何度も進言していたと言いますのに。
今頃、お義兄様もお父様にお言葉を頂いているのではないでしょうか?
私が家に帰ると、言い争うお父様とお義兄様、お義姉様の声が聞こえて溜息を吐きたくなりました。
「姉上、お帰りなさい。向こうには近付かない方が良いと思いますよ。……アリス様は姉上に近付けないようにします」
「リュート、ただいま戻りました。あなたもお義兄様とはあまり近付かない方が良いのではないかしら」
私たちは上の兄姉のお母上が亡くなって、親類の行き遅れ令嬢と言われていたお母様が嫁いできて生まれました。私たちはこのまま将来的にこの侯爵家から出て行く、もしくはそう影響を与えない人間として生きていくはずでした。ですが……上二人が「使えない」と判断されてしまったのであれば、私たちはスペアとして立つ他ありません。
「エリオット様は廃嫡、婚約者だった方は私にスライドするそうです。向こうもこの侯爵家との契約ですので、私が問題のある人間でないのであればとご了承いただいたそうです。アリス様のこと以外でも婚約者の方への態度がよろしくなかったことも原因ですね」
「公爵家からのお嫁入りですものね。格上の家に対してあの方々は何か思うところがあるのかしら」
「知りませんよ、そんなこと。お陰で私の人生設計がおかしくなってしまいました」
弟は文官になるつもりでした。しっかりと学びさえすれば、侯爵家の伝があればほどほどの位置にはいれるので結婚もゆっくりと考えるつもりだったようです。
私はお父様が何か危機感を覚えていたらしく、お義姉様の代わりになる可能性も踏まえて婚約者は決まっておりませんでした。
結局のところ、私たちに未来の選択権は多くありません。お義姉様はしっかりとセシル殿下に向き合わなくてはいけませんでした。替えの利かない人間というのは意外と少ないものです。せめて誠実であればもう少しお父様も今後を考えてくださったでしょうに。
一月後、お義姉様は病気に罹ったとされて領地に送られました。落ち着き次第、一族の人間に嫁ぐ手筈となっております。もしそこで何かすれば今度こそ……いえ、一応は王子妃になるための教育をされていたのです。貴族のやり方はご存知でしょう。この度のこともありますし。
お義兄様はおとなしくしていれば、領地で適当な役職につけてもらえたはずですのに、リュートに斬りかかろうとしました。その時、リュートは婚約者になった五歳年上の公爵令嬢様とお茶会をしていました。無論、護衛がついております。あっさりと止められたお義兄様は今度こそお父様の怒りを買ってその場でどこかに連れていかれたそうです。
お義姉様は出て行く日に無理矢理私に会いにきました。そして、セシル殿下を奪ったとか、まぁ色々言っておりましたわ。お母様のあれほどお怒りのお顔は初めて見たかもしれません。ですが、困った方でも半分は血のつながった姉ですもの。きちんと私が見てきた範囲内で何が悪かったか申し上げました。ですが、理解していただけずこれが本当に一時期は天才とまで呼ばれたお義姉様かと首を傾げました。天才も成人すればただの人、ということでしょうか?
ですが、私の言えることなんて一つです。本人には怖くてとても直接は申し上げられませんけれど。
「婚約解消と言われても仕方がないのではありませんか、お義姉様」
だって、お義姉様ったらお義兄様もあれだけの目にあったというのに、取り巻きにした殿方も同じような事態にあっているなんてまだ考えておられない様子なのですもの!
王子妃どころか高位貴族の妻も務まりませんわよ。
ミリア・グラウナー
侯爵家の次女。正直なところ、腹違いの姉(あまり姉と思いたくない)を好きな男に嫁ぐとかとばっちりもいいところだと思っている。
それなりに優秀さけれど、どこかアリスに見下されている気がしていた。
最終的にはゆっくりと仲を深めて穏やかな家庭を作る。
アリス・グラウナー
侯爵家の長女。悪役令嬢転生者。
悪役令嬢なのでいつかよその女に惹かれて自分はお払い箱になると信じてやまなかった。実際はしっかり恋されていたのだが、彼女自身の言動と取り巻きの男たちとの仲を疑われていたことから王家と侯爵家から「これはないな」と思われてしまった。
セシル第二王子
アリスに恋していた王子様。
多少アレでも努力家で笑顔の可愛い婚約者のことが好きだった。けれど、このまま結婚しても取り巻きと化した男たちが着いて回るのかと悩んでいた時に、それなりに信頼を得られたと思っていた婚約者が、セシルが大きなパーティーで婚約破棄と冤罪での断罪を企んでいるとまだ思っているのを知って心が折れた。若干女性不信になったが、ミリアが疑わしい行為をする人間ではなかったので徐々に仲を深めて穏やかな家庭を作る。
侯爵夫妻
正直、何で前妻の子二人がこうなったのかわからない。下2人も育て方は一緒だった。
前妻が亡くなった後、そんなに経たないうちに「母親が必要だから」と嫁入りしたのが今の妻。
子どもたちには何回もチャンスは与えたし、叱りもした。差別もしていない。
今回の件で年齢以上に歳を取った気がするが、リュートに全部背負わせるわけにはいかないので必死に働いている。
リュート・グラウナー
末っ子。両親たちを見ていて家継ぐの面倒そうだなと思っていたけどまさか自分に回ってくるとは思ってなかったので内心慌てている。
兄の婚約者の公爵家との付き合いもあるのでそのまま婚約者が自分に回ってきた。正直なところ家を継ぐのであれば助かると思って大切にした。それなりに相性は良かった。
エリオット・グラウナー
実はやらかし長男。
婚約者を蔑ろにしたり、妹の言うことを盲信してとあるヒロイン的少女を目の敵にしたりしていた。あまりに攻撃的なのでヒロイン的少女はミリアが保護していた。
攻略対象者たち
アリスに恋し、傾倒しすぎて破滅の一途を辿る。婚約破棄をされたようだけれどミリアからすれば「仕方がないのでは?」としか言いようがない。
ちなみにヒロイン的少女は上二人の尻拭いをするミリアの伝でそこそこの身分のイケメン令息をゲットした。