令嬢からの嫌がらせ
それは、ある晴れた日の午後だった。
いつも通りスヴィーが畑の草取りをしながら、クネクネと腰痛に効く体操をしていた時だった。
「そこの御婦人。 ちょっとお尋ねしたいのですが、その畑はなにが植えられているのですか?」
見慣れぬ紳士が門外から声をかけてきた。
スヴィーが正直に、山から採ってきた植物を植えて育てていることを話すと次は、誰がこの畑の世話をしているのか、ハーブティーを作っているのは誰かと問われた。
実際はヨハンナとスヴィーが半々で畑の世話もハーブティー作りも行っていたが、子爵令嬢が土いじりや使用人のような仕事をしているのは外聞が悪いと判断し、全て私一人で行っていますと答えた。
すると、その2週間後。
スヴィーが聖女として王宮に連れて行かれたのだ。
実際は聖女ではなく、聖女疑いとしてだが。
この国では、強い癒しの力を持つ者に聖女の称号が与えられ、国の発展のために働くことになっている。
巷ではスヴィーのことを、“遅すぎた聖女”や、“聖女ならぬ聖婆”と言う者まで現れた。
コンティオラ子爵のハーブティーの噂は、王都にまで広がっていた。
そして王都でも流行っていた病に対し、スヴィーが言っていた植物で、これもスヴィーから教わったレシピでハーブティーを作って患者に飲ませたが全く効果がなく、その結果スヴィーが何かしらの力で病に効くハーブティーを作っていると判断されたのだ。
「スヴィーにそんな力があったなんて、知りませんでしたわ! でも聖女様がうちのメイドだなんて、なんだか鼻が高いですね。 ······あら? でも聖女様になったら、もううちへは帰ってこないのかしら!? スヴィーが居なくなったら私、どうしたら良いの?」
ヨハンナはスヴィーに会えないことを酷く寂しがっており、先日は王宮まで会いに行くと言い出したのを、サウル様が慌てて止めていた。
それもそのはず、スヴィーは幼い頃に母親を亡くしたヨハンナの乳母として、彼女の成長を見守ってきたという。
スヴィーが本物の聖女と認められれば当然、国のために働くことになる。
そうなるとコンティオラ邸へは戻って来ないだろう。ヨハンナはとても悲しむんだろうな。
私に何か力になれることがあれば良いが、私にスヴィーの代わりなど務まるはずもない。
そんな心配をよそに、数日後にスヴィーは屋敷へ戻ってきた。
「まったく失礼しちゃうわ! 最初は聖女だなんだって勝手に祀り上げておいて、本物の聖女が現れた途端に、お帰りくださいだもの」
「なぁーんだ! スヴィーは聖女様じゃなかったのね。 で、本物の聖女様ってどんな方なの?」
ヨハンナは言葉とは裏腹に安堵した様子で、王都土産の焼き菓子を頬張っている。
「ええ。 公爵家のご令嬢だそうで、今度お披露目パーティーが催されるそうです。 当然お嬢様もパーティーに出席されるでしょうから、その時にお目にかかれると思いますよ。 ······あら、この焼き菓子ったら美味しいこと!」
「あんまりパーティーは好きじゃないわ······でも、聖女様のお披露目となれば欠席するわけにもいかないし、どうしよう」
「それなら、ライラ様と一緒に行かれたら良いのではないですか? ライラ様は元公爵令嬢だからマナーも身に付いているし、護衛にもなるし! ねっライラ様! 良いでしょう?」
私も元々パーティーは好きではないが、スヴィーの圧がすごくて断りきれず、私が同行することになった。
「パーティーの件だけど、ありがとうね。 ライラ様が一緒に行ってくれるとお嬢様も心強いと思うわ。 ······ここだけの話、お嬢様は他の令嬢から嫌がらせを受けているのよ。 ほら、お嬢様ってあまり派手な物を好まないでしょ。 畑仕事なんかもやっちゃうし、山に植物も取りに行く。 おまけに街の人と仲良くお喋りなんかするもんだから、他のご令嬢からは庶民って呼ばれて蔑まれてるのよ。 半分は嫉妬もあるでしょうけど」
ヨハンナが畑の手入れをしている間に、スヴィーがこっそり教えてくれた。
「嫉妬?」
私が考えを巡らせている様子にスヴィーがくすりと笑った。
「ライラ様も方向性は違うけど、似たようなタイプよね。 あんなに美形なのに謙虚で性格も良いご令嬢なんてそうそう居ないから、学園ではご令息から注目の的なのよ。 だから他のご令嬢に嫉妬されて嫌がらせもされる。 でも本人は自分がモテていることも、嫉妬されていることも気付かないから、さらに怒りを買うって言うね······」
確かに同じ学園にヨハンナが居たら、多くの子息は目を奪われるだろう。
婚約者が居る者も多いだろうし、ヨハンナにその気がなくてもトラブルに発展しかねない。
加えてコンティオラ家が子爵と言うのも、階級を気にする貴族にとって微妙なものなのだろう。
子爵というのは、貴族の中では男爵に次いだ下位の階級である。
そのため、それより上位の貴族令嬢から見れば格下であるヨハンナが注目されることは、気持ちの良い事ではないと私にも想像できた。
「でも、私が一緒に行くだけで大丈夫なんですか? 嫌がらせされたって、相手が自分よりも上の階級だったら泣き寝入りするしかないし······」
「だから、ライラ様の出番なのよ!」
そのままスヴィーは鼻息荒く続ける。
「ライラ様が一緒に居れば、お嬢様に何か危害が加わりそうな時に、咄嗟に躱すことができるはず。 今までされてきた嫌がらせは、転んだふりをしてわざと紅茶をかけられたり、池に落とされたり、パイを顔にぶつけられたり······とにかく、幼稚で卑怯なことばかりなの! 令嬢も表立ってはそんな事できないから、飽く迄も躓いたとか、転んだとか、手が滑ったってことにしてやってるのよ。 私も初めの頃は、どうにかしてお嬢様を守ろうと必死で動いたわ。 けれど相手は一人じゃないのよ。 複数人で仕掛けてくるもんだから、いくら私が体を張ってパイを受け止めても、また他の誰かがお嬢様にパイをぶつけるのよ。 それで『あらごめんなさ〜い、手が滑ったわ』って意地悪い顔して皆でクスクス笑うのよ。 本当に性格悪いんだからっ!! だから最近のお嬢様は、最低限必要なパーティーにしか出席しなくなったわ。 でも、ライラ様ならたかが令嬢の嫌がらせくらい、さらりと躱すことができるはず! 今までは上の階級の令嬢に嫌がらせされても、泣き寝入りするしかなかったけど、あいつらの嫌がらせを全て躱してお嬢様を守ってちょうだい!!」