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コンティオラ邸

お礼なんて良いと言ったのに、結局家まで連れられて来てしまった。


「この度は、本当にありがとう。 こんなに勇敢な女性は初めてだよ。 なんとお礼を言えば良いか······」


少女の父親はサウル・コンティオラといい、隣国の子爵だった。


敷地はアールトネン家よりも広大で、馬の他に鶏や山羊を飼育しており、貴族の屋敷と言うよりは、牧場のような雰囲気だ。


サウル様はあの場で泣きじゃくっていたのがまるで嘘のように、今ではすっかり落ち着きを取り戻し、ダンディな雰囲気を醸し出している。


「いえ······たまたま通りがかったものですから。 それより、お嬢様のお怪我は大丈夫ですか?」


どうやら突きつけられていた短刀で首を少しかすったらしく、包帯を巻かれていた。


「ただのかすり傷ですから大したことありません! 手当もしてもらいましたし。 それよりライラ様、助けていただいて本当にありがとうございました!」


少女が人懐っこく微笑むと、まるで花が咲いたように周囲が明るくなる。


少女の名前はヨハンナ・コンティオラ。


コンティオラ子爵の一人娘で、歳は15歳だという。


話を聞けば、父親の狩りについていったものの、途中で草木に気を取られて一人で森の奥まで行ってしまい、それで山賊に捕まったそうだ。


それまでも何度か父親との外出時にはぐれてしまうことがあり注意していたが、気になるものがあると周りが見えなくなるタイプのため手に負えないらしい。


ヨハンナは話し方ものんびりとした感じで、マイペースで抜けている雰囲気が、どことなくカイと似ている気がする。


「草木に気を取られたって、お花がお好きなんですか? 確かにあそこには、見たこともない花や植物が咲いていたような······」


「お花が好きと言いますか······あまり知られていませんが、あの山には食べられる植物が沢山あるんです。 私はその植物を家で栽培するために少しずつ摘んで帰っているんですよ。 ほら、こんなふうに」


ヨハンナは得意気に、青いコサージュのついた籠の中から、摘み取ってきた植物を見せてくれた。


どれも見た目には美味しそうに見えないが、アクを抜いたり調理法を工夫することで、美味しく食べられるらしい。


帰り際にヨハンナが、この籠のことをどこかに置き忘れたと嘆いていたので、私が転移魔法で取ってきてあげたのだ。


その時、見覚えのあるハンカチが一枚、はらりと床に落ちた。


「このハンカチは?」


「ハンカチ······? ああ! 色々あったから、すっかり忘れていたわ! これは、森に入る前に転んで膝を擦りむいた時に、見知らぬ男性が助けてくださって、その時にいただいたんです。 長身で黒髪の、クールな雰囲気の方だったなぁ······。 道を教えてあげたんだけど、見当違いの方向へ行ってしまったから、無事に目的地に着いているか心配だわ」


ヨハンナがうっとりしながら話した人物像はカイと一致する。


そしてそのハンカチは、私がカイに渡した物とよく似ていた。


ヨハンナの籠の中にハンカチがあったから、あの場に転移したと考えれば辻褄が合う。


人助けにハンカチを使われたことは構わないのだが、何とも言えない気持ちになった。


「このハンカチが、どうかしたのですか?」


私は、不思議そうに見つめるヨハンナとサウル様に、両親が死んだことや伯父様に娼館へ売られそうになって転移魔法で逃げて来たことを話した。


話を聞いた二人は、伯父様の酷い仕打ちに驚愕し、まるで自分のことの様に怒ってくれた。


なんだか泣いたり怒ったり忙しい親子だなと思いながらも、二人が自分のために心を動かしてくれることが嬉しく、思わず笑みが溢れてしまう。


「ことの経緯は解った。 そこでライラ様に提案なのだが、暫くうちの屋敷で過ごしていってはどうかね? いく宛もなく、困っているのだろう?」


突然の提案に、有難いやら嬉しいやらで、私は2つ返事でお世話になることにした。









「もっと腰を落として! そうそう、いいよー! 筋がいいね!!」


メイドのスヴィーに煽てられながら、気付くと1時間ほど薪割りをやらされていた。


スヴィーは鶏小屋の掃除をしながら時折こちらの様子を見に来ては、鼓舞していく。


小柄な背丈に白髪を後ろで一つに纏めた彼女は、見た目は品のある老婦人といった所だが、しゃんと伸びた背筋と若者にも引けを取らないほどの働きぶりで、年齢を感じさせない。


山賊の一件があってからは、体を鍛え直そうと仕事に邁進しているらしいが、たまに腰が痛むのか、腰痛に効くという体操をクネクネしながら踊っている。


広大な庭には、ヨハンナが集めたという植物がそこかしこに植えられており、その規模はガーデニングの域を超えて、もはや畑と言える。


元々こんなに多く栽培するつもりはなかったが、思っていた以上に植物の育ちが良く、あっと言う間に規模が拡大していったらしい。


スヴィーが納屋で乾燥した薄黄緑色の葉っぱをいくつも袋詰めしていく。


穂のかにすっきりとした爽やかな柑橘系の香りがする。


「ハーブティーよ、良い香りでしょ? あんまり沢山収穫できるもんだから、余った分はこうやって茶葉にして使用人達が持ち帰れるようにしたり、近所の孤児院へ寄付していたんだけど、どうやら最近この辺りで流行っている病に効くらしいのよ。 だからこうやって、できる限り沢山の人に届けられるようにしてるってわけ。 作り方も材料も至って普通なんだけど、不思議よね」


手際よく梱包を終えると、ハーブティーとそれを配る場所のリストを渡される。


「孤児院は、あの青い屋根の協会の隣ね。 パトリック邸はほら、あそこの石畳の広場の向かいの赤い屋根のお屋敷。 はい! じゃあ、この間みたいに、また宜しくね!」


屋敷のバルコニーから配達先の場所を教えられ、そこから転移魔法で配達しに行く、という流れをここ数日ずっと繰り返していた。










初めての配達先に行くときは、急に転移魔法で行くと驚かせてしまうので、配達先の近くに転移してから徒歩で窺うことにしている。


今日の2つ目の配達先のパトリック邸は、コンティオラ家と同じ子爵家だ。


パトリック子爵とコンティオラ子爵は幼馴染みで、昨日コンティオラ邸にいらした時に私も挨拶をさせてもらった。


パトリック子爵の長女アイリーン様が流行り病に罹ってしまったとのことで、大至急ハーブティーを譲って欲しいとのお願いだった。


最近この辺りでは謎の病が流行している。


症状は主に高熱と咳で、数日間は寝たきりとなり、最悪の場合死ぬこともあるらしい。


今のところこれに対する治療法はなく、皆は己が感染しないよう戦々恐々としていた。


そんな病にハーブティーなんて効くのかは甚だ疑問だが······。


「コンティオラ子爵からの使いでやってきました、ライラと申します。 ハーブティーをお届けに参りました」


屋敷の門外から声をかけると、使用人ではなくパトリック子爵自身が出迎えてくれた。


昨日と比べて心労のためか、格段に顔色が悪くなっている気がする。


「待っていたよ! どうもありがとう!」


スヴィーから預かった大量のハーブティーと手紙を渡すと、パトリック公爵は急いで屋敷へ戻っていった。


その後ろ姿を見送りながら、自分が幼い頃に病に罹ったときの両親の様子を思い出していた。






  

その2日後、パトリック子爵が屋敷を訪ねてきた。


「サウル! 君は命の恩人だ!! あれからすぐにアイリーンにハーブティーを飲ませたら、次の日にはすっかり元気になっていたんだ! 一時は意識もなくなり、もう駄目かと諦めかけていたが······命拾いしたよ。 本当にありがとう」


涙を流すパトリック子爵の背中を優しく摩りながら、サウル様はぐっと涙を堪えていた。


それからというもの、ハーブティーを届けた先々から病が治ったと感謝の頼りが後を絶たない。


みんなが元気になってくれて嬉しい、とヨハンナはにこにこと畑の世話をしながら喜んでいた。


コンティオラ子爵のハーブティーは瞬く間に有名になり、ついには王宮からの使いが屋敷へやって来た。



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