山賊をやっつけろ
私の使う転移魔法には、いくつか条件がある。
自分自身や手で触れたものを、目に見える範囲内で移動させられる。
予め魔力を込めておいた物のある場所まで物や人、自分自身を移動させられる。
ざっくり言うとこんな感じだ。
元々カイには魔力を込めたハンカチを持たせていたので、今回の転移ではカイの元へ移動する筈だった。
なのに今、私はなぜか森の中に居た。
目の前には誰かの忘れ物らしき籠が置かれている。
持ち手の部分に青い花のコサージュがついているので、きっと女性物だろう。
コサージュで青い花なんて珍しい。コサージュは女性が身につける物なので、一般的には赤とかピンクとか、華やかな色が使われるのに。
どちらにせよカイの物ではなさそうだ。
「遠出する時はハンカチを持っていくよう言ったのに、カイの奴一体どこに居るんだ!?」
カイが行方不明になって以来、私は必ずカイが遠出する時には自分の魔力を込めた物を持たせるようにしていた。
そうすれば、万が一また行方が解らなくなった時に、私の転移魔法で連れ戻せるからだ。
まあ、失くされてしまっては意味がないけれど。
しばらく歩いてみても、近くに大きく流れの早い川があるだけで、カイの姿は見付からなかった。
すると、すぐ近くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
男同士で何か言い争っている声もする。
カイか?
私は急いでその場へ向かうことにした。
「この娘を返して欲しければ、有り金全部置いていけ! 馬も、金になりそうな物は全部だ!!」
大柄な男が少女の首に短刀を突き付けながら叫んでいた。
その隣にはもう一人、ひょろっとした目つきの悪い男が居て、こいつは大柄な男の耳元で何かコソコソと囁いている。
私は二人に気付かれないように、木陰からこっそり様子を伺うことにした。
「ああああああ!! ヨハンナー!! 頼むから、娘には何もしないでおくれぇぇ〜!! 金目の物は全て渡すからああ!! 」
少女の父親らしき男が、泣きながら絶叫していた。
ブルーの瞳に顎髭を生やした丹精な顔立ちのその男は、質の良さそうな服を着て立派な馬に乗っており、一目で庶民ではないことがわかった。
「ちょっとあんた達何してるのよ!! 早くお嬢様を返しなさい!! こんな事して、ただじゃすまないからね!!」
その隣にいる老婦人は威勢良く啖呵を切っていて、今にも男達に殴りかかりそうな勢いだ。
山賊に娘を人質に取られ、金品を要求されているのだろうか。
この距離からでも少女がガタガタ震えているのがわかった。
少女は見るからに育ちの良いお嬢様といったふうで、きっと今までこんなに危険な目にあったことなどないのだろう。
腰まで伸びたブロンドの髪は煌めいていて、父親譲りのブルーの瞳に、はっきりとした顔立ちの、それはそれは美しい少女だった。
歳は私より下に見える。······あんなに震えて可哀想に。
しばらくの間、少女を人質に取りながら二人の男がああでもないこうでもないとコソコソと何か相談をしていたが、話がまとまったらしく、大柄な男が言った。
「今日はこのまま娘を預かっていく。 明日改めてお前一人で金貨1000枚持ってここへ来い。 誰か他に連れてきてみろ······その時は娘の命はないからな」
一般的な市民の一月の収入は金貨30枚なので、金貨1000枚はそのおよそ33倍。
庶民がすぐに用意するのは難しい額である。
しかし、上流階級の者であれば出せない額ではない。
こいつら、慣れてるな。
男達は父親の身なりから推察して、この場で手持ちの金品を巻き上げるよりも、改めて大金と引き換えにする方がより金になると踏んだらしい。
「そんなっ!? 辞めてくれ!! 時計もベルトも馬も、金になりそうな物は全部渡すから!! だから!! どうか、娘を連れていかないでくれぇええー!!」
父親は涙と鼻水でグシャグシャになりながら、身に付けている物をどんどん外していき、仕舞いにはパンツ一枚になっていた。
老婦人はその辺に落ちている木の枝を持って戦闘態勢に入っているが、どう考えても彼女の勝てる相手ではない。
このまま少女を連れ去られては、彼女の後の人生にとって良くない影響をもたらすことが想像できる。
彼女が連れ去られる前に何とかしなくては。
彼らの周辺をよく見渡してみると、男達と少女が居るのは川を挟んだ反対側で、その場所からなら川を目視できそうだ。
奴らが気付く前に一瞬でかたをつけられれば······勝ち目はあるかもしれない。
少女が大きな瞳からポロポロと涙を流しているのが見えた。もうやるしかない。
私は再び拳に力を込めると、男達と少女の背後へ転移した。
その直後、少女の父親とばっちり目が合い、父親は目を大きく見開いて、口をパクパクさせた。
よせっ、気付かれる。
「ななななな何だ!? その女は!? 仲間を呼んだのか!?」
父親が思わず叫ぶ。
「んああ? 何言ってんだ?」
ひょろい男がこちらを振り返り、そして目があった。まずい、早くしないと。
「!? なんだぁお前!? いつの間にそこに······」と言いかけた途中で間一髪、男二人の背中に触れた。
その瞬間、ドボーン!!
目の前に居た筈の二人は、川の中へ落ちた。
いや、正確には落ちたのではなく、私が転移魔法で二人を川へ落としたのだ。
二人ともさっきまで陸にいたのに気が付いたら川の中で、パニックになって溺れてどんどん流されていく。
あの様子じゃ川下まで流されるかもな。
これもか弱い女の子に剣を向けた罰だ、ざまあみろ。
振り返ると、少女と父親、老婦人の三人が状況を理解できず、顔を見合わせてきょとんとしている。
「さあ! あの二人が追ってくる前に逃げましょう!!」
私の掛け声で三人ともはっとして、慌てて馬に乗った。