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転移魔法で逃げろ

キィィィン!


横からの打撃に、しっかり握っていたはずの剣が飛ばされ宙を舞う。


「今日はこの辺で終わりにしましょう、ライラお嬢様」


カイは呼吸一つ乱さずに······いや、むしろ欠伸をしながら言った。


「くっ······、もう一度手合わせを!」


剣は庭の端の方まで飛んでいき、芝生の上へ落ちた。


「純粋な剣術での勝負でしたら、何度やっても同じですよ。 もうちょっと頭を使ってください······ふぁぁあ」


カイは黒髪で涼しい目をしたクールな容姿が女性から人気だが、口が悪い。


そして剣を振るうとき以外は、なんだか気が抜けている。


確か私が10歳の頃から使用人として働いていて、父が練習相手を出来ない時はいつも代わりに相手をしてくれる。


こんな感じの様子なので全然強そうに見えないが、彼の腕前は剣術大会で入賞したことのある父と比較しても遜色ない。


いや······もしかしたら本気で闘ったらカイの方が強いかもしれない。


「······お嬢様、男性相手に純粋な剣術のみで挑んでも勝負は見えています。 変な拘りは捨てて、さっさと魔法と組み合わせて闘ってくださいよ」


「変なとは何だ! 私は剣の実力だけで勝負したいんだ!」


「えー、せっかくの力なのに勿体ない。 まったく、お嬢様はいじっぱりですね。 それじゃあ僕はもう戻りますよ。 あーお腹空いた」


そう言うと、カイは背を向けて屋敷の方へスタスタと歩いていってしまった。


ちょうどそこへ、家令のダニエルがやって来た。


「お嬢様! 頼まれていたプレゼントを受け取って参りました。 こちらで宜しいですかな?」


「じい、ありがとう! これでバッチリだよ」


ダニエルは微笑みながら、可愛らしくラッピングされた小さな包みを渡してくれた。


ダニエルは私が産まれる前からこの屋敷で働いてくれている。


顎や口元に伸びた白い髭と垂れ目な所は、見るからに好好爺といったところだ。


私は幼い頃から親しみをこめて、じいと呼んでいる。


「きっとお二人もお喜びになりますよ。 良い記念日になりますなぁ」


「本当は入団試験に合格したって報告がしたかったんだけど、試験は不合格だったからさ。 せめてこのプレゼントで、喜んでくれると良いんだけど······」


「もちろんお二人とも喜んでくださいますとも! じいが保証いたします! それに入団試験は毎年ありますし、臨時募集をすることもあります。 まだまだチャンスはありますぞ」


今日は二人へ騎士団の入団試験の結果を報告する予定だったが、不合格となってしまったため、結果を伝えるのは気が重かった。


「あれー? 街まで行ったんですか? 言ってくれれば僕が取りに行ったのに。 ダニエルさんは高齢なんですから、こういうことは僕に言ってくださいよ」


いつの間に戻ってきたのか、カイがプレゼントを覗き込んでいた。


「いやいや、まだまだじいは元気ですぞ! 気を遣わずに何でも頼ってくだされ。 じいはお嬢様に頼りにされるのが生き甲斐なのです」


私だってダニエルに頼むのは申し訳ないと思ったが、他に手が空いている人がいなかったので仕方なくお願いしたのだ。


でもやっぱり無理をさせてしまったかと、密かに腰をさするじいに気が付き反省した。


カイは剣を振るっている時以外は色々と抜けていて間違いが多いし、方向音痴だし、とにかく心配で任せられなかった。


以前、父が離れた街まで彼にお使いを頼んだ時は、一週間行方が知れず、気が付いたら街の花屋の手伝いをしていたらしい。


道を間違えた挙げ句、頼まれていた物を書いたメモを紛失し、メモを探し回っているうちに花屋の店先で空腹で倒れ拾われたということだ。


たまたま家に出入りしている商人がカイを見つけて声をかけ、一緒に屋敷へ戻ってきたから良かったものの、あのまま知り合いに会わなかったらもうここへは戻ってこなかっただろう。


そういえば、うちの屋敷で働くようになったのも、似たような経緯だとか父が言っていたような······。


庭から屋敷へ戻ると、なんだか使用人達が慌ただしくしている。


「らっライラお嬢様!! 大変です!!」


侍女が私達を見ると慌てて駆け寄ってきて、息も絶え絶えに告げる。


「先程、旦那様と奥様の乗った馬車が、崖から転落したとの連絡が······」


あまりに急な出来事に目の前が真っ白になり、事故の詳細を聞いたが、全く頭に入ってこなかった。


父、母ともに享年38歳、早すぎる死だった。


残されたのは貴族学園を卒業したばかりの私、ライラ・アールトネン18歳ただ1人。


その後は放心状態の私に代わり、じいが色々と取り仕切ってくれて、なんとか葬儀を終えた。 











それから数日は何もする気が起きず、ほとんど部屋にこもって過ごした。


その間にカイは長期休暇をとっていた。


カイは屋敷の別棟で住み込みをしながら働いているが、時折休暇をとってはふらっとどこかへ行ってしまう。


まあ、休みの日にどこへ行こうと自由なのだが、他の住み込みで働いている使用人と比べても外出の頻度が高かった。


今日は気分転換に剣を握ろうかと思ったが、相手がいないのでは気分が乗らない。


仕方なく部屋で筋トレを始めながら、ぼんやりと考え事をしていた。


そんな時ダニエルが扉をノックした。


「お嬢様、早く起きてください!!」


「······もう起きてるよ。 そんなに慌ててどうしたんだ、じい?」


「今からルーカス様がこちらにいらっしゃいます。 お嬢様にもお話があるそうなので、応接室へお願いします」


そう言うと、じいは慌てて出ていった。


ルーカス伯父様はお父様の弟で遠方に住んでいる。


葬儀の時に挨拶したが、大した話もせずに帰っていった。


そんな伯父様がわざわざここまで来るなんて、

一体何の用なのだろう?


「おう、ライラ! 元気にしてたか? って両親が死んだんだから元気なわけないか! がっはっはっはっは!!」


伯父様は部屋へ入って来て早々こんな調子で、ソファーへどかっと腰を下ろした。


今日は見知らぬ男性を1人連れている。


「ごきげんよう、ルーカス伯父様。 両親の葬儀の際はありがとうございました」


伯父様は緑色の瞳と金色の髪が父とよく似ているが、礼儀作法に厳しい父と違って不躾な所がある。


「それでお話って、何でしょうか?」


「ああ、そうだ! お前も公爵令嬢なら、女に爵位の継承権がないのは知っているよな? 兄貴が死んだから、この家の爵位は俺が継ぐことになる。 そういう決まりなのだから、まあ仕方のないことだ。 俺達家族は明日からこの屋敷に住むから、お前には出ていってもらうつもりだ。 そこでだ! 優しいこの俺が、お前の働き口を探しておいてやったぞ。 聞けば婚約者もいないらしいし、学園を卒業した後に行く宛がなくて困ってたんだろ?」


「えっ!?」


色々と初めて聞くことばかりで理解が追い付かない。


じいを見ると、彼も何も聞いていなかったようで驚いている。


この国では女性に爵位の継承権はなく、爵位を持つ者が亡くなった場合は、その息子が継ぐことになっている。


父の場合は息子がいないので兄弟、すなわちルーカス伯父様が継ぐことになるのだ。


「これから迎えの馬車が来るからそれに乗って行け。 これは既に決まったことだから、ノーとは言わせないからな」


「これから!? いくらなんでも急すぎます! どんな所かも聞いていないし······」


「街外れにあるハーヴェという店だ。 こいつはハーヴェの関係者だから、こいつに連れてってもらえ」


伯父は連れてきた男性に声をかけると、足早に出て行こうとする。


「ルっルーカス様! お待ちください!! 亡くなった旦那様がこんな事をお許しになるはずがありません!!」


「あー、でももう兄貴死んでるからな。 兄貴の許しなんていらねーんだわ。 俺はこの屋敷で、俺の家族と楽しく暮らしたいんだ。 兄貴にそっくりのライラが身近に居たんじゃ、まるで兄貴に監視されてるようで良い気分がしねぇ」


「行くぞ」


男に乱暴に腕を捕まれ、手首に何かを付けられそうになる。


よく見るとそれは、魔力封じの手械のようだ。


これを付けられてしまうと、どんな魔法も使えなくなってしまうのだ。


普通は魔力を持った罪人を拘束する際に用いる物だが、何故こんな奴が持っているのだろう。


「待て! 急にこんなことをして良いと思っているのか!? 私はまだそこで働くなんて言ってないぞ!!」


「······可哀想に、何も知らないのかい? お前は娼館に売られたんだよ。 貴族のお嬢様は高値がつくからなぁ」


······娼館だと!?───いや、そんなまさか。


亡くなった実の兄の娘を、そんな所へ売る人がいるだろうか。


しかし、ダニエルのあの慌てぶりを見れば、冗談ではないことが解る。


娼館なんて連れて行かれてなるものか。


私は自分の体をくるっと回し、男の腕を捻り上げた。


「いてててててっ!! くっそ、何すんだ!! 大人しくしろ!!」


捻り上げた手を振りほどかれ壁際へ投げ飛ばされるが、とっさに受け身をとる。


「······なんなんだ、こいつは」


「そういやぁ、お前は女のくせに学園でも騎士コースを履修していたらしいな。 兄貴に似て身体能力だけは高いらしい。 でもな、所詮女の力じゃ男には敵わないぞ」


確かにあの男とは体格差がある上に私は今、丸腰だ。


あの手械を付けられたらお仕舞だろう。


ならば。


私は拳に力を込める。


そして強い光が体を包み込んだかと思うと、私は一瞬で部屋から姿を消した。



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