第一章 十三話 別のアイ、吸血鬼とゾンビ
あまりにも失念していたので、少女の姿で目覚めたことに並々ならぬ違和感があった。
何も説明することが無い状態のまま身支度が終了してしまう。
だが、そんな退屈にも似た平常は、あっと言う間に終わる。
「此処で待って、例の子は此処に向かってるから。
〈白〉の模倣人機、『リフス・アイ』。
彼女自体に罪は無いけど、ヴィクルルはモミジに怒られると思う。」
「アイ!?」
健気な少女が驚く。
「スミレがモミジと本当の姉妹ではないように、
リフスも二人と関係無い、表向きはね。」
ちらっ。
「君だけでなくクォーデもルナちゃんもマオちゃんも疑問に思ってないみたいで吃驚したけど、
クローンなのにヴィクルルと容姿が全く違う理由が、その個。
スミレの体を造るにあたって万が一の時の為に造っておいた、
スミレの義理の姉みたいな存在だよ。」
「もしかして、モミジが同居を了承しなかった場合のサブプランみたいな?」
こくっ。
「それだけじゃないけどね。
もしクォーデがダメだった時の為の相手にもなれるからね。」
唯一少女ではない少女がにやり。
「へぇ、じゃあ、戻ったらお手合わせしたいね。」
「いいよ、初めまして、クォーデ。」
話をすれば姿というものだ。
「この個がリフス。ヴィクルルは警戒されるから、代わりにお願い。
行き先は連絡したよね?」
「うん。行ってきます!」
「何だか、性格がスミレに似てるね。」
「マオちゃんもそう思うよね、ルナも最初そう思ったよ!」
ルナが既に会っていることは誰も驚かない。
「それじゃあ、宜しくお願いするよ、リフス。」
「うん、君のことは前々から聞いてるよ、お任せあれ!」
「じゃあルナはスミレちゃんとマオちゃんだね。
ヴィクルルは何するの?」
「リフスと試合する場所の確保、しておかないとね。
それと、何かあった時すぐ動けるように。
あっそう!」
少女姿の少年だけ振り返る。
ヴィクルルが真顔で注意させる。
「『〈桃〉の電羽の天使』には、勝って。
それが、今後の為の最低条件だから。」
笑って部屋を出る。
********
〈紫〉の墓地へ向かう途中、ふとスミレが気になって問う。
「もしかして、ヴィクルルが誘拐を指示されたのって、リフスなの?」
「うん、その時はごめんね。」
「でも、ルナはそんなに怒ってないよ。
小声で状況を説明してくれて、村から連れ去られるくらいからはルナも状況を把握できた。
その時からは抵抗しなかったし、抵抗してもダメだろうから協力したよ。」
「『大邪皇』と契約出来た時、笑ってたよね。」
「あんな誘拐のされ方しなかったら、きっとそんな経験無かったよ。」
「『大邪皇』と契約してからヒューマノイドになって、って、どうでもいっか。」
「『大邪皇』って、今も話せる?」
少年の疑問。
「〈黒〉に行ったら会ってみる?」
「いや、今は遠慮させて、事が済んでからがいい。
そうだ、童園と機械都市に何があったか、簡単に聞かせてよ。」
「日本語にはナワバリって言葉があるらしいけど、
そこに私達ヒューマノイドが入ったことが怒りに触れたの。」
「えっ、あれ貴女も居たの!?
獅子様怒り散らかしてたよ?」
「今度行けるなら、ヴィクルル様と一緒に謝ろうかな。
あれの代表を任されてたのも私だから。」
「少なくとも私は事情が分かればそれでいいの。
謝るなんてしなくても、これから仲良く―」
マオが気を遣っているのがよく分かる。
でも、リフスは笑顔で挟む。
「謙虚だねー、そういうの好きだよ。
でも、ちゃんと謝る方がすっきりするから、させてよ。
その時は、マオちゃんも例外無くね。」
「そういうことなら、ちゃんと受けておこうかな。」
********
墓地へ到着。
薄暗い気味悪さの中十数分も歩くことは無かった。
「いらっしゃい、人間と童物とヒューマノイド。
殺してもてなしてあげよっか?」
既に其処に居る少女の声。
「うう、やっぱり怖い。」
マオが慄く。
「おいおいやめろよ、毎回それのせいであたしらが避けられるんだからな?」
別の少女が、地から起き上がりながら先言者を制す。
「驚かせて悪いな、童物。」
「ぞぞぞ、ゾンビだー。」
少年の棒読みが炸裂、しない。
「あたしは『シー・ミル』だ。」
「〈緑〉の森林に代々家を構えた、あのミル?」
ルナが問う。
「なんだ、知っていたのか。
あたしが死んだのは5年程前だから、もう既に次の代が居るだろうな。」
「もー、シーちゃんはいつもミル家のこと話してて、飽きないね。」
「そっちは?
因みに僕はクォーデ。」
「『パイア・ジュー』、それがパイア。
美味しそうな血の臭いがすると思えば、人間かー。」
どうやら吸血鬼らしい。
「決めた、クォーデ、決闘だよ!
パイアが勝ったらクォーデの血を頂戴?」
「死なない程度になら、いいよ。
こっちが勝ったら君自身のカードを1枚頂戴、いいかな?」
「いいよ、じゃあそれがお互いの暁ってことで!」
「「エンター・プレイヤーズ!!」」
「それじゃあ、あたしも誰かとしようか、決闘でなくていいからな。」
「それなら、私といいかな?
決闘じゃない方でお願い。」
リフスだ。
「いいだろう、じゃあ始めようか。」
「「エンター・プレイヤーズ!!」」
「どっちを観る?
ルナは決闘の方に行くね。」
「じゃあ、スミレちゃんと私は逆に行くよ。
後でルナちゃんから訊けるってクォーデが言ってた。」
健気な少女のカードを見せる。
「それに、私もリフスに挑みたいから、デッキを見ないと。」
「はいはい、夜に話すよ。」
********
クォーデとパイアの決闘。
説明不要のアクフィラ、リヴィール無し。
お互いに手札もディヴォートカード5枚。
クォーデのトータルコストは40、パイアは96。
「先攻、パイアのターン、ドロー!
高貴な名家の娘、生を失い生を求める!
エンター、『吸血鬼少女 パイア・ジュー』!!」
「早速出たな、君自身が。」
「アビリティカード、『生死の狭間』を発動。
効果でフィールドにあるパイアを破壊して、2枚ドロー。
破壊したのが〈紫〉のファイターなので、パイアはフィールドに残る。
いずれかのトラッシュカードが0枚なので、更に2枚ドロー。」
「つまり、ただの4枚ドローってことか。」
「『低級吸血鬼』をエンター。エンター時効果でパイアを破壊して、
2枚ドローするか、君の手札カード1枚を破棄する。
今回は君から見て左から2番目のカードを破棄。」
破棄されたのは『自然を愛でる少女 スミレ・アイ』、〈緑〉のスミレだ。
「クォーデ、それ何時の間に!?」
「ルナは見てないんだっけ、森林の道中で勝手にスミレのカードから出て来てたよ?」
「こういうの、やっぱりほのぼのするよー!」
「って言ってたくらいにふわふわしてた。」
「ということは、心自体は〈赤〉のスミレちゃん?」
「らしいね。
あっ、続けていいよ。」
「【不滅】により、トラッシュからパイア自身をもう一回エンター!」
「【不滅】!?
手札が尽きてもトラッシュから何度でも復活できるのか。」
「そうだよ。
アイテムカード、『パイアの棺』をエンター。
エンター時効果、手札にあるもう1枚の『吸血鬼少女 パイア・ジュー』を破壊して、
パイアのデッキの下からカード3枚を棺のオリジンにする。」
オリジン、つまり、棺の下に3枚、裏向きで置かれる。
「これでパイアは、アタックせずターンエンド。」
「僕のターン、合計2枚ドロー。
『動かぬものへの包囲』を発動、効果で棺を手札に戻して2枚ドロー。」
オリジンカードは3枚重なったままパイアのフィールドに残る。
「更に『スミレ復活』!
さっき破棄されたスミレをノーコストエンター!
村から旅立ち地を覚え、その地を愛で新たな力を会得する。
『自然を愛でる少女 スミレ・アイ』!!」
「うわ、吃驚した!
体はちゃんとあっちを見て、ちゃんと私だけ此処に居るね。」
「いきなりごめんね、スミレ。
そして、発動した『スミレ復活』をディヴォートする。」
「私のエンター時効果、クォーデは自身のデッキの上から3枚まで公開した後、
その中から1枚をディヴォートできる。」
「3枚公開、『謎の英雄剣士 カゾガテ』、『スキップターン』、『村の英雄 ディオ』。」
「全部ディヴォートできないね、それじゃあ、3枚公開かつディヴォートしなかったので、
それらを全てドローして貰うよ。」
「カゾガテ、『スキップターン』、ディオをドロー。」
「スミレ、でいいよね?
ディオってあの、かつて此処で起きた異変を解決した『ディオ・トモンル』?」
「あ、うんそうだよ。
事情があって私が持ってるんだよね、このカード。
今はクォーデに貸してるだけ。」
「そんなスミレがディオ・トモンルを貸す程の実力者ってことだよね?
だったら、猶更その血が欲しいね。」
「そんなことの為に負ける程甘くは無いよ、パイア!
発動、『妖者への裁き』!」
「え、そのアビリティカードを持ってるの!?
そのカードの効果、大嫌いなんだけど!!」
「嫌いなら、説明はしないであげる。
裁きのカードの山3枚の一番上のカードを表でトラッシュへ送り、
フィールドにあるパイアを表で除外!」
相手のフィールドにある裏向きのカード1枚をトラッシュへ送ることで、
トラッシュからエンターしたカード1枚を除外する効果だ。
「でも、トラッシュにはまだ同じカードがあるんだよね。
5枚あるとして、裁きを全部それに使うのも勿体無い。」
「何かあると思うから、それは出来ないね。
あとごめん、スミレの出番は終わり。
発動、『落葉風吹』。
スミレをトラッシュへ送り、『低級吸血鬼』を実行して、
トラッシュのパイアをデッキの下に送る。」
「それじゃあ、勝利を期待してるよ、クォーデ。」
そう言って、スミレはフィールドから消える。
「さっきドローしたカゾガテとディオをエンターして、そのままターンエンド。」
「パイアのターン、ドロー。」
にやっ。ちょっと悪い顔だ。
「〈黒〉ファイター、『命守りし影』をディヴォート。
これでトータルコストは100を超えたよ。」
「来るか!?」
「〈黒〉アビリティ、『絶望の始まり』を発動!
効果でデッキの下から6枚破棄して、上から4枚ドローする。」
「下から破棄ということは!?」
「破棄されたパイアを【不滅】によりトラッシュからエンター!
そして、これにより〈エンター条件〉達成、
『吸血鬼少女 パイア・ジュー』の上にエンターできる。」
次の瞬間、パイアが血に飢えたような表情になり、声が荒れる。
「早く血を寄越せ、じゃなければパイアにひれ伏せ、
エンター、『狂気の吸血鬼少女 パイア・ジュー』!!」
「何だ何だ、もう耐えられないのか!?」
「アビリティ、『その夜、犠牲者一名』を発動!
パイアはカゾガテとファイトする!
そして、パイアとファイトしている間、お前はアビリティカードを発動できない。」
「じゃあ、カゾガテが破壊されてしまうな。」
「『吸血鬼』がファイトに勝利したので、パイアの効果、【吸血:1】する。
オリジンのパイアも【吸血:1】を持つから2回だ!!」
パイアは2枚ドローして、クォーデの手札を2枚破棄する。
破棄されたのは、『スキップターン』と『チャージ・フィーバー』だ。
「【吸血】でコストが30以上の相手のカードが破棄されたから、
発動後トラッシュに送られた『その夜、犠牲者一名』の効果、
トラッシュから自身を除外して、お前は次の2つの内どっちかをやれ。
ひとつめ、お前の手札を全てデッキの下へ送る。
ふたつめ、お前のライフカード3枚を裏で除外する。」
「じゃあ、ひとつめで。」
「お前の手札が0枚なので、発動、『ちゅーちゅーブラッド』!!
お前のトラッシュカード7枚、すべてを除外して、
除外したカードと同じ色を持つカード1枚を破壊する。
『村の英雄 ディオ』を破壊!」
「この効果を知らないとは、可哀想に。
ディオが相手カードの効果で破壊されたので、狂気のパイアを破壊。
パイアは破壊されたそれを除外する。」
除外されてフィールドから離れると、パイアの様子が元に戻る。
「狂気のパイアが破壊されたので、破壊時―」
「は使えないらしい。
破壊はされたけど、直後にすぐ除外されたから、
破壊の事実を取り逃すってルナが言ってた。
嘘だと思うなら、宣言しようとしてみてよ?」
「一応やっておくよ。
パイアの破壊時効果!」
案の定、宣言しても何も無かった。
除外の事実が破壊の事実を上書きしてしまい、破壊の事実を取り逃しているようだ。
「で、本来はどうなるの?」
「相手のフィールドにあるカード全てをデッキの下に戻す。
ディオだけだからあまり関係無いね。
じゃあ、上のパイアが除外されたけどフィールドに残っている
『吸血鬼少女 パイア・ジュー』と『低級吸血鬼』でダイレクトアタック!」
「当然ブロックしない。残り13だ。」
「これでターンエンド。」
「勿論2枚ドロー。」
(僕は手札4枚、パイアは9枚。
裁きのカードも合わせて4枚、準備しているディヴォートカードは2枚残ってる。
でも、まだまだここからだ!)
「さあ、[メインアクション]だ!
『罠師 カエデ』を2枚エンターし、〈エンター条件〉達成。
僕の手札が2枚以下なので、『森林屈指の倹約家』をエンター!
エンター時、デッキの上から7枚公開、好きなだけディヴォートして、残りは破棄。」
公開されたのは7枚とも〈コスト:8〉の『兵士』カードだ。
「よし、全てディヴォートして、破棄カードは無し。」
「そして手札がこれ以外は存在しないので、最後の1枚、『逆境ドロウ』を発動。
準備しているディヴォートカードが実行している方より多いので、
その差の分5枚、デッキの上からドロー。
このアクションが終了したら、手札のカードを全て破棄する。」
「首の皮、繋がらないね。」
「さあね。
『村の村長』をエンターして1枚ドロー。
『チャージ・フィーバー』を発動し、手札の『生命ロボット デルタ』2枚をディヴォート。
1枚のデルタの効果で2枚ドロー。」
「小型が出て来てる、このままだとこのまま15ライフ削られるかも!?」
「『村の賢者』を2枚エンター、エンター時効果で合計8枚ドロー。
『村の護衛兵』3枚と『剣士集団 特攻隊』1枚をエンター。
特攻隊のエクストラダイレクトアタック、そして1枚ドロー!」
「実行せずにアタックできる効果、こんなのがあるなんて!
ライフカードで!」
残り14。
「残念ながらもう1枚エンター、エクストラアタックしてドロー!」
残り13。
「もう1枚!」
「もう12枚のファイターカードが並んでるのに、
まだディヴォートカードが1枚残ってる、多過ぎるよ!」
残り12。
「手札破棄したのが悪い。
『秘術の強者』をエンター、効果で、ディヴォートしている『スミレ復活』を破棄して、
ディヴォートカード1枚を準備させる。
そして最後に『剣士集団 奇襲隊』をエンター!」
「ディヴォートカード15枚を使い切って14ファイター、
これからそのすべてがアタックできるって―」
「【不滅】は厄介な効果だし、相手せずに突破する方がいいと思って。
さあ、フルアタックだ!
最初にアタックするカエデの効果、パイアを手札に戻す!」
「ワイル、『妖魔夜襲』!
カエデと『低級吸血鬼』で強制ファイト、こちらの勝ち!」
「でも、もう1枚カエデがあるから、アタック時にそれも手札に戻す!
これでそっちのフィールドは裁きのカード2枚だけ、
ライフからめくれるカードさえ凌げれば勝ちだ!」
(今パイアの手札には防ぐ術が無い。
ここで引けないと、負けるし血を貰えない!!)
「はあぁー!!」
吸血鬼はライフカードを1枚ずつ手に取っていく。
残りライフが少なくなっていく中、望みのカードが出る気配は無く、
遂にライフ1まで減った。
「どうだ?」
「無い、パイアの負け。」
最後のライフカードが手札に加わり、パイアは悔しさを表しその場に崩れる。