第一章 十話 くだらない茶番、死ねないには十分な理由だった
律儀にノックした上で
「お邪魔しまーす!」
と言ってから玄関の扉を開けるクォーデ。
「あ、あ、あああ―」
顔を赤らめ、今にも両手で顔を押さえそうなルナ。
「やっと終わったかー、上がってー。」
横で発生している異常事態に対して既に呆れ、純粋にクォーデを迎えるフラ。
「どうした、何かあったのか、クォーデ君?」
少年と見間違えそうだが、雰囲気でスミレの男装だと何となく分かる。
「何かあったのか、じゃないよ!
一度お邪魔しました、後でまたお邪魔します!!」
バタン!!
「クォーデ、誤解!誤解だよー、求愛じゃないから!!
この床はもふもふだよってルナに言われたから乗せられてごろごろしてただけだから!!」
マオだけが冷静にツッコミに回る。
マオが顔を赤らめている理由。
床でお腹丸出しでごろごろしていたからである。
更に、童物はブラジャーやパンツの類を見たことも無いということを補足しておく。
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「とりあえず、経緯を訊かせろ。
マオが既に到着してたのは察した。」
首謀者のヒューマノイドはとりあえず三転倒立させられた。やり方も指導された。
ヒューマノイドなので、そんなに辛くはないだろうが、
この話の間ずっとという長さメンタルがで折れた。
(うー、もうしませんー!!)
「君がチャニと異種族交流を楽しんでいた頃、
既に此処におれも含めて二人と一体と一匹が集まってたんだ。」
男装しているスミレは、声色一つ変えず淡々と話す。
「おれは着替えに、主犯は久々に自室を眺めに、
被害者その1は被害者その2が主犯を待っている間に1試合だけ相手をした。」
「ぼくが勝った。
その後に、丁度ルナが戻って来たから2勝先取をやった。
それはギリギリ負けた。」
「その最中に、こう言われたの。」
「床のその部分、お腹を出してごろごろすると気持ちいいんだよ?」
「でも、お腹を出すってことは―」
「大丈夫、まだ大丈夫だって!」
「私は信じてごろごろしてたってだけだよ?求愛じゃないからね!?」
「うわーい!!にゃーお!にゃーにゃーにゃーぁ?」
「本能的にごろごろしたかっただけだよね?」
「そうだよ、本能を利用した巧妙な罠だったよー!」
「しかも主犯は、お腹を出して異性に見せることが求愛、
という童物の認識を知ってて利用した。
前におれと一緒に獅子から聞いたことがあるからな。」
「とりあえずこっちも早とちりしたのは謝る、ごめん。」
「誤解だって伝わったから、いいよ?」
「とはいえ、猫は純粋に可愛いという方で大好きだから、
お腹のことは抜きにして、それ見たかった、残念。」
ぱぁっ!
「にやーぁ!じゃあ、今からすりすりしてあげるにゃー?」
瞳孔が縦長になっていく。
「本能出かかってる、まだやらなくていいから理性で抑えて!」
縦長から丸に戻る。
「あ、ごめんごめん。」
「これ、本当は扉とそこの間に遮るやつが2つあるんだけど、
綺麗にそれ2つとも壁までどかしたからね?」
幼馴染は見た。どころか、パーテーションを壁まで動かしていた。
ある意味共犯だが、そこに何があったのかは、
スミレが被害者その2と呼んでいる時点で察しがつく。
「で、ルナは扉を開けた時、恥ずかしい雰囲気を作り出したと。
まんまと乗せられたな。スミレにとっては被害者その3って感じか。」
「おれをその名で呼ぶな!今おれはあくまでおれだから。」
「はいはい。否定しないなら、そういうことで。」
「そろそろすっきりしないと寝れないな。
汗をかいた。」
「本当、何をしてたの、あんたは。」
(スミレ、あんたって言ってごめん、これくらいしか思い浮かばなかった。)
両手で必死に謝っている。
「周囲の見回りだ。もちろん盗み聞きはしていない。」
スミレも両手で何かを伝えようとしている。
「よく伝わるよね、それ。」
「いや、スミレの意図が良く分からない。
やっぱり後でちゃんと訊くことにする。」
「それでは意味が無いじゃないか、君。
おれに二度手間を掛けさせるとは、お仕置きが必要だな?」
「流石にお仕置きは勘弁して下さい本当にごめんなさい!」
と、男装少女が一度隣の部屋に入り、普段の恰好で戻って来る。
「いや、流石に怒ってない、お仕置きしないから。
それと、あんたって呼ばれたことは気にしてないよ。
合わせてくれただけで嬉しい。」
「あ、うん。
それと、見回り?お疲れ。」
男装していた時の雰囲気は消え去り、
「ありがとー」と、瞬く間の笑みを見せながら浴室へ向かう。
「じゃあルナちゃんは、砂地の夜ご飯でも作ってあげて。
流石にお腹空いてると思うから。」
「あ、じゃあ、ちょっとだけでいいよ。
食事会のやつがまだ残ってる。」
「あっはは、そういえばそんなこと言ってたね。
さっきは悪かったし、ルナで良ければ砂地の定番をご馳走するよ!」
「もちろんその後はこれ、さっきの分も含めて、2勝先取ね!」
「朝に言ってたあれでしょ、覚えてるよ。それと、手伝わなくていいよー!
砂地出身として、たまに自分で作っておきたいから。」
「はーい!」
********
「ふぅー、すっきりしたー。
おっ、『大邪皇』がエンターしちゃってるね。」
スミレは入浴ですっきり。
フラは既に、自らの家に戻っている。
ルナの家の方が広いから、という単純な理由でこちらに泊まることとなった。
それに、結局ルナはこの後ヴィクルルの所に戻って状況報告をしなければならない。
夜はスミレとマオのふたりとだ。
「『邪皇の眷属 ルナ・ムーン』でダイレクトアタック!
アタック時効果で、自分のフィールドにある『大邪皇』カード1枚を破壊するか、
トラッシュから、〈色〉がこれとは違う1個だけのルナを手札に加える。
つまり〈黒〉以外、今回は『ヒューマノイド少女 ルナ・ムーン』を手札へ。」
「それはライフで、よし、『スキップターン』だ!」
「それでも、『大邪皇』がファイトか効果で破壊できれば!!」
「そうはさせない![メインアクション]、『奇術 スルーバック』発動!!
効果で、コストが15以下の『大邪皇』を手札に戻して、
ルナのトラッシュからチコラ1枚をテリトリーへ送る。」
「手札に戻しちゃうかー、確かに破壊されなければ一生出ないから、疑似突破だね。」
「『大邪皇』をエンターさせる為の代償が重いから、そう何度もは出せない筈だ!」
「可能な限りエンターして、フルアタック!」
「受けるしかない。おめでとうクォーデ、ルナの完全敗北だよ。」
「か、完全敗北!?」
「スミレちゃん、この子本当に凄いよ、ルナが1勝もできなかった。
本当にカードの組み合わせが多様で、
全部は把握できていない気がするくらいに。」
「ふっふーん、ちゃんと事ある毎に入れ替えてるから、その内、
デッキとストレージのカードが全部バレちゃうんじゃないかなー?」
すぐそこで見ていたマオは、クォーデが持ってきた鞄を見た。
ちゃんと、デッキケースと、残りのカードを収納するケースが入っている。
「あ、勝手に盗らないでね!」
「いやいや、そんなことは考えてないよ。
仮に貰ったところで使えるとは思えないから。」
「〈橙〉のアビリティカードだけでも3種類くらいは入ってる筈だから、
貸すことはできるよ。
既に持ってさえいなければ、だけど。」
「それでも、今はまだいらないかな。」
「そっか。まあ無理強いはしないから、いつか貸してもいいよってことで。」
マオはこくりとした後うとうとしだして、問題の床で転がる。
今度は純粋に服を着たまま寝るようだ。
「寝顔は初めて見るから新鮮だね。」
「女の子だけど可愛いと思っちゃう、もふもふしたいー!」
「はぁ、スミレちゃんって、意外とそういうところあるよね。
あっ、そろそろ状況報告だね。
ルナの部屋じゃなければ好きなところで寝ていいから、また明日ー!」
「うん、おやすみ。」
「君は、スミレが男装を解いた部屋のベッドを使っていいからね、クォーデ。」
「ありがとう、じゃあ、入浴してからそうさせて貰うよ。」
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ベッドで横になってから。
「しっかし、砂地でも水使えるんだなー?」
「それは機械少女が整備技術を教えたからそうなるのは当然です!」
「うわぁ吃驚した!
そっか部屋の配置的にそっちの部屋を隔てるのは窓だけなんだな。
というかしれっと入って来るんだね、こういうの入っちゃダメだと思うけど?」
「ふっふっふー、これが支配者への一歩だよ?」
「まさか何か奪う気?」
「そんなのじゃないよ、ただ『チャニ』と呼ばれる少女として覗きに来ただけ。
とりあえず気は紛れているみたいだねって。
もう用事は済んだし、さっさと戻るよ。」
(えっ、それってただ機械少女としての機能で監視すればそれで十分じゃない?
ま、いっか。)
********
少年は眠りに就こうとした。
確実に就こうとした。
大事なことなのでちゃんと何度もはっきりさせておく。
それなのに、目が覚めた。
「目が覚めた」とはどういうことか。
―なんと、混沌闇無な日の常に帰って来てしまったのだ。
「んぁ、だるぃ。だるいのはどうでもいいや。
何で帰って来れたのかさっぱりだな。まあ、これでまた退屈か。
いや待てよ!」
ふと思い浮かんだのは、グヴァンワの少年少女のことだった。
「スミレ達、今頃吃驚してるかもな。
こんなに僕はどうしようも無い奴なのに、心配してくれるだろうな。
あっはは、さっさとこんな生活おしま―!?」
「これは私からの警告であり、お願いです。
どうか人間として生きてください。」
ふと言葉が浮かぶ
これは機械少女だ。
ぽろっ。
「何で、何でだ!
どうしてこんなに気になっちゃうんだ!!」
「異種族交流、楽しんでねー!」
「クォーデ、誤解!誤解だよー、求愛じゃないから!!」
クローンと仔猫の言葉だ。それに―
「そういえばクォーデ、ルナ達とこうしているの、楽しい?」
これは寝ようとする前の1試合目の途中で訊かれていたことだ。
「そういえば、集中していて真面目に答えなかったけど。
楽しかったな、奥底から。」
「それじゃあ、元の所に帰っても、こっちにおいでよ。
また皆で笑い合って、莫迦なことし合って、
たまにはさっきのルナみたいに誰かを怒らせて。」
ぽろっぽろっ。ずぅ。
「―まだ、死にたくない!!
もっともっど、ずみれだぢどあぞびだいー-!!」
思い切り泣いた。体から涙が枯れ切る程に泣いた。
泣き疲れて、再び眠りに落ちそうになるまで泣き続けていた。
そうしていると、いつの間にかまたルナの家に戻ったらしく、チャニが体を揺すっていた。
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「大丈夫ですか!?」
「んぅ、今は朝なの?」
「朝です。貴方は昨夜、急に消えたのですよ!?」
「ああ、うん。それなら大丈夫。
何故か元の場所に帰れたんだけど、そのまままたこっちに来た。」
「とても悲しそうな顔のまま泣いて寝ていましたよ?」
「それは、まだ上手く説明できないんだけど―
とりあえず、自殺はしなかった。偉いでしょー!」
明らかに作り笑いだった模様。
察されていて、嘘ですねという雰囲気だった。
「そうですか。
それにしても、やけに静かですね。」
「まあ、寝てたら起こせばいいだけだし。」
サーッ。
「おはよ―」
ほわっ。
「んん、気持ちいいにゃぁ。」
本能が抑えきれず、隣のスミレがすりすりされている。
ルナは居るものの、何故か満足そうな表情で倒れている。
本当にヒューマノイドかこの少女は。
「うへへー、舐め回されて満足ー。」
力が抜けるようなほのぼのな声に拍子抜けしてしまう。
「クォーデぇ、助けてよ!
なんか怖いー!」
「取って喰ったりはしないにゃー?」
「で、スミレは〈赤〉?」
「〈黄〉らしいにゃー!
クォーデも一緒にほわほわするにゃぁ?」
「えと、―ちょっとだけね?」
「うん、『〈黄〉の古都の結晶』、スミレ・アイ。
話は先にチャニちゃんから聞いてる。」
チャニは『〈黄〉の砂地の人形』と言っていた。
呼び方は1つではないということだろう。
やっとマオがスミレから離れてクォーデにすりすりする。
「私にも与えられた使命は無い。
あるとすれば機械少女としての使命だけで、今は何の意味も為さないこと。
うーん、後は、そうだ、まだ中に入ってないみたいだし、後で私が君を案内するよ。
そこの可愛い黒猫さんは置いて行っていい?
体に入り込む前からずっとすりすりしてたし。」
「いや、〈赤〉は何言ったし。」
「黒猫さんを抱きながら、もふもふー、とか言ってたみたいだね。」
「うんうん、スミレちゃん、さっきまでもふもふしてくれたのにー!」
(これは、後でちゃんと事情を説明しないとね。)
「ま、まぁ、案内は任せるよ。
マオは様子を見てからだね。」
「ふぁぁ、そろそろルナは、フラも含めて4名分の朝食を作っておかないと。」
「なんだか全部やって貰うのが悪い気がしちゃう。」
「気にしなくていいって、今のルナは疲れないから。
それに、誘拐される前からこういうの得意で、フラのお墨付きだからね。
先に見に行っていいよ、ルナは既にヴィクルルから説明を聞いてるし。
どうせみんなで揃って、理性も取り戻している方がいいからね。」
ガッ。
「お、おはようみんな。
マオが何でそうなっているのかは、分かった。」
「フラ、おはよう!
夜の内に本能が出たみたいで、可愛いの極みなんだよ!!」
ルナが黒猫少女を軽々とおんぶしながら調理をしている。
お互いに幸せそうだ。
「えー。」
ドン引きだ。
「スミレとクォーデは何処へ行くんだ?」
「えっと、フラ君だよね?〈黄〉のスミレだよ。
あっちの内部の案内に。」
「うん、宜しくなー。気を付けて。」
「フラおはよう、それじゃあ行ってくる。」
「クォーデも、あまり居すぎるなよ?」
「うん、全然学べない見学だと思っておこうかな。」
その後、本当に何も学べず内部見学は終わりましたとさ。
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クォーデは食事中に、夜にあったことを話せる部分だけ話した。
驚かれたし、自殺しなかったことを喜ばれた。
勿論疑問もあるので、食事中もルナとの議論は絶えなかった。
「さて、朝食も終わったし、ルナは食べた気になったし、行こう!」
「久々にルナの得意料理を食べて満足だったよ!
また戻って来たら他の子にも振舞ってあげて、
今でも心待ちにしてる子達が居るんだ。」
「もしかするとその時は人間として戻ってくるだろうから、もうちょっと成長してるかも。
って、フラは行かないの?」
「ぼくが行かなくてもいいじゃないか。
それに、こっちの都合だってある。
ここから離れたらみんなが困るんだ。」
「チャニのこともあるだろうし、大変そうだね。
フラ、本当にありがとう。
また会った時、リベンジしてきてよ。」
「そうだな、負けたままじゃずっと悔しい。
お互いにそれぞれの新しい強さを持って楽しもう!」