第一章 九話 機械、でも女の子なので
「ああ、悔しい悔しい!!」
本気で顔をくしゃして試合の敗者が小さく叫ぶ。
「なんか、気を損ねてたらごめん。」
「いや、謝らなくていいし、誰も悪くないよ。
それに、こんなに強いやつが居ると分かれば、殺害予告されるよりも来るものがあるからな。
ルナ、久々に2勝先取をやろう。」
「え?今から?」
「とりあえず話の邪魔にならないように、ルナの家に入ってからだ。
今まで許可無く入るなんてことはしなかったから、ちゃんと久し振りにお邪魔するからな。」
「他に誰も入ってない?」
暫く待ってから、フラが答える。
「チャニが何回か見回りに入っただけで、他は誰も入ってない。
第一、入ってたらチャニが即答するだろうから、分かって。」
機械がこくり。
「それじゃあ、私ももうルナちゃんの家にお邪魔するよ。
異種族交流、楽しんでねー!」
ちょっと悪い顔で、スミレがからかう。
「何を考えているのですか、もう!」
チャニがはにかむ。
(なんかさっきから、女の子に囲まれて緊張してきてるんだけど、
男子故のあれなのかな、さっきからきゅんとしてるし。)
「何故貴方まで照れているのですか!」
「ふぇ!?ああ、いや、別に照れていないし、
変なことを考えている訳でも無いんだ。」
「まあ、一先ずは、訊きたいことを今の内に訊いておくといいですよ。
あまりに高度な質問の場合は黙秘します。」
「まあ、一つずつ、しっかり確かめさせてもらうよ。」
先程迄の会話を1つずつ整理する。
分からない所を探しつつ、見つける度に「ねぇ、」などと始めて質問していく。
********
「『旧世』って、機械都市なの?
チャニも機械なんでしょ?」
「『旧世』と呼ばれていますが、『バトイフィクレ』です、間違えないでください。
厳密には機械都市ではなく、巨大要塞型居住物、というべきでしょうか?
私は元々、侵入者を排除し、その為に必要であれば内外のものを攻撃する命令を、
煉瓦兵などへ送信する中継のような存在でした。
『旧世』と間違われる程古びてしまった様々な箇所の内、
発掘されているごく一機の機械少女が、私なのです。
『チャニ』という名前はあくまで、人間に呼ばれる為だけの名前です。」
「じゃあ、『チャニ』の本来の状態のカードは存在するの?」
「存在します。
しかし、未発掘部分の管理室に保管されている為、
今すぐ使うことは出来ないと推測されます。」
「使えるようになる時を、期待せずに待ってるよ。」
「というか、ちゃんと気になるところだけ答えてくれるの、もしかして、
こっちの行動は既に読んでる?」
「黙秘します。」
「そういえば、数分間拘束するって、どうやって?」
「こうですよ。」
いきなり肩を押さえて押し倒すチャニ。
「なんかそのやり方、怖い。」
「人間はいきなり襲われることに慣れていないことが多いです。
覚えておくといいですよ。」
そう教えながらも、量でで両手首を、両足で両足首を押さえている。
人間を模倣した機械にしてはかなり出来ている。
ただ、構図が完全に、どこかで見たことがありそうなそれで―
「ちょっと、チャニ、口が近い!」
こんなに近くに女の子の顔。
興奮しないような、幼い男子の方が稀だろう。
「興奮しないでください、私は子供を作れません!」
チャニも冷静だが、何故かもじもじしている。
「子供を作れないとか、そういう問題じゃなくて!!
はぁ、これが拘束なら、もう文句は無いよ。
それにしても、力加減とか、本当に機械には思えない。
機械だと思い込んでいるただの女の子にしか見えないもん。」
「そういう設計なのです、理解してください。
感情表現も、知能も、一応12歳程度ですから。」
「というか、どこに機械部品があるのさ。
答えなくていいけど、本当に感触が全部皮膚なんだけど?」
「有機部品なので、それはそうでしょう?」
「いや、当然でしょ?みたいに首を傾げられても困るけど、理解はできる。」
チャニには、冗談抜きで、「繋ぎ目」が何処にも見当たらないのだ。
裸なら絵にすることなど当然アウトなレベルの再現度だ。
「じゃあ、このまま次訊くか。
話を全部把握されているなら、これも応えられるよね?
〈黄〉のスミレは、何処に居る?」
「『〈黄〉の砂地の人形』は、私の同胞です。
彼女は愛玩用、人間などと一緒に過ごすだけの機械少女です。
しかし、彼女の個体には、魔術で生み出された魂が籠っているのです。
詳細は黙秘しますが、あの機械少女は魂が干渉して初めて機械少女として動きます。」
「じゃあ、未発掘?」
「そうです。今でも私には救難信号が届いています。」
「魂だけ移ることはできるのか?」
「彼女なら可能でしょう。
貴方なら魔術を使える機械少女が存在することも想像できることでしょうから、
彼女に込められた魔術の強さも想像できるのではないでしょうか?」
「じゃあ、今回は此処でお泊まりするだけでいいかな?」
こくり。
「今夜、私がメッセージを送信します。
送信次第、彼女は機体から抜け出してこちらまで辿り着くでしょう。
機体は定位置で保管されるので、心配は不要です。」
「思いつきもしなかった保証をありがとう。十二分に安心した。」
安心したところで、少しまた不安が過る。
「そうだ、ライアは殺さないの?」
「彼女はどうしようもない存在です。
他の童物からの信頼が厚いので、
殺処分すれば口封じだということがすぐに分かってしまいます。」
「口封じって言うけど、何をそんなにバレたらまずいことをやってるのさ。」
「既にルナが痛いところを突いていますよ。
私たちは、私たちが存続できなくなるあらゆる事態を想定して、それを回避するのです。
人類が無意味に繁栄して、種を残し続けるのと同様です。」
「じゃあ、人間やその他の存在を殺すこともいとわないことがバレたら
滅ぼされるだろうと想定して、先に口封じ?」
「そうですね。そして、それは貴方にも。
私は今、貴方をも管理しようとしていることを、お忘れなく。」
「なんかさっきから、どんどん機密事項まで漏れてるんじゃないかって思うんだけど、
もしかして不具合?僕のこと好きなの?新手のストーカー?」
「そ、そ、そんなのじゃないですよー。
許してくださいー!」
唐突に可愛い振る舞いを始める。本当に大丈夫か、様々な問題で。
「可愛いから許す、なんて、考えそうにはなるかもだけど、許さないからね。
ちゃんと正直に吐かないと、こっちが困っちゃうなー?
自殺しちゃおっかなー?」
「それは嫌です、困ります、お願いです自殺しないでください!!」
泣きながら懇願するチャニ。
中々ゲスな行動だが、これくらいしないと吐いて貰えないので仕方が無い。
そう思いつつ、本当はこっちが謝るべきだと申し訳無いクォーデであった。
「じゃあ、教えてよ。」
「えっと、その―
これは、機械としてじゃなく、ただの女の子としてですが、
監視を続けているうちにもやもやしてきて、
スミレのカードを使っているところを見ると、痛くは無いのに苦しくて―」
「好きなのかどうか分からないけど、でもそれでいいんじゃない?
機械だからって、設定通りに作った振る舞いをしなくたって、
純粋に、種は関係無く、設定に従順じゃなくても、振る舞いたいように振る舞って、
女の子としてときめいている方が、物騒じゃなくていいと思う。」
理由は雰囲気をぶち壊しにしているが、これは紛れもなく少年の本音だ。
機械が目で泣き、口で笑う。
********
真っ赤だった顔も、姿勢も、最初に戻してから、話を続ける。
「私は、逆に貴方を苦しめてしまったようですね。
自殺のことを訊いてしまって。」
「いや、お陰でちょっと、楽になった。
例え人間じゃなくても、いい奴は居る。
勿論クソな奴も、人間でもそうでなくても居る。
いずれ、チャニから戦闘本能みたいな部分が消えて無くなったらいいのにね。」
「―もし、宜しければ、私と、これで―」
やはり機械であることを分からせられるように、カードデッキを持っている右手から、
血ではない赤い文字が流れる。
「いいよ。決闘じゃないなら、幾らでも!!」
「ありがとう、ありがとう、クォーデ!!」
********
「私のターン、[ドローアクション]のドローの代わりに、
ゾーンカード、『旧世の生造機街』の効果で、
トラッシュにある『旧世』ファイターカード1枚、今回は『旧世の青銅兵』を、
ディヴォートカードを実行させずにエンター。
『旧世の機械少女 チャニ』の効果、
ゾーンカードまたは『旧世』カードの効果で『旧世』ファイターカードがエンターしたので、
自分ではなく相手がディヴォートしているカード1枚を実行させてエンターさせる。」
「自分のディヴォートカードじゃなくて、
相手のディヴォートカードを一時的に奪ってエンターできるのか!?」
「そう。私のエンター時効果で、
デッキから『バトイフィクレ』カードを3枚まで手札に加えることができますが、
今はまだ誰も使えずデッキにも入っていないので、
ただデッキに残っているカードを確認してシャッフルするだけとします。」
「デッキに残っているカードを記憶して、今後のあらゆる事態を想定していく、か。
まるで設定されている、使命のようなものそのものだな。
前半は、今後に期待だね。」
「このまま発見されなければ、ずっとこのまま。
私は、発見されるのをじっと待って、誰かが発見したら奪うことにする。
見た目は人間でも人間じゃないから、多少は倫理観というものに反することができる。」
「それがどう転ぶかは知らないけど、まあ、それは聞かなかったことにするよ。」
「次に[ディヴォートアクション]、もう一度ドローの代わりに、
トラッシュから、『旧世の変形小屋』をエンターさせて、
エンター時効果で、トラッシュにあるアビリティカード3枚をディヴォート。」
「疑似的なディヴォート、展開、ディヴォートカードの消費無し、
しかもこれから[メインアクション]、
もし『バトイフィクレ』と組み合わせたらどうなっちゃうんだ!?」
「私は知ってるよ?でも教えたくない、秘密だよ?」
「そこは流石に訊かないよ、楽しみにしたいから。
純粋に気になって仕方が無いだけ。」
「そっか。『旧世の土兵』をエンター。
エンター時の1枚ドローの代わりに、トラッシュからもう1枚の土兵をエンター。
もう1つのエンター時効果で、
1枚目の土兵のエンターの為に実行させた『旧世の鉄虫』を手札に加えて、
私のデッキの下からカード1枚を、テリトリーに送る。」
「なんか、この時点で相当ヤバイ気がする。」
「先に鉄虫が手札に加わった時の効果、手札からその鉄虫を破棄する。
そして、クォーデは自身のフィールドにあるカード1枚を実行させる。」
「じゃあ、『青色の剣兵』で。」
「次に、2枚目の土兵の1つ目のエンター時効果でドローする代わりに、
生造機街の効果で3枚目の土兵をエンターさせる。
2枚目の土兵の2つ目のエンター時効果は使わない。」
「実行していたなら、という追加効果の条件が達成できてないのか。」
「さっき破棄した鉄虫の効果、手札から破棄されたので、ディヴォートし直す。
3枚目の土兵の1つ目のエンター時効果でドローせず、
トラッシュから『旧世の煉瓦兵』をディヴォートカード無しでエンター。
2つ目のエンター時効果で、ディヴォートした鉄虫を手札に加える。」
「!?ってことは!!」
「鉄虫がディヴォートされたので、私のデッキの上からカード2枚を破棄。
その後に鉄虫が手札に加わったので、自身の効果で破棄。」
「『桃色の天兵』を実行。」
「トラッシュにある『旧世の金兵』の効果で、自身をテリトリーに送る。
鉄虫が手札から破棄されたのでディヴォートして、ディヴォート時にカード2枚を破棄。」
「手札から土兵を1枚エンターさせただけで、
ディヴォートカードを消費していないことにしながら、
トラッシュから3枚エンターさせて、1枚テリトリーに送り、
デッキから4枚をトラッシュに補充した。
それで、多分テリトリーに送った金兵は後でディヴォートカードを使わずにエンターする。」
「金兵はワイルにテリトリーからエンターできる効果があって、そうしたら、
デッキの上から4枚破棄するよ。」
「さっきから全然減らない理由はこれか。
『旧世の生造機街』を残したままだと危ないな。」
「どうせ読まれてるからちゃんと説明すると、
これが破壊されたら、フィールドにある『旧世』カード、
ディヴォートされている『旧世』カードは全部破棄されるよ。
勿論、破棄された時の効果は使えるけどね。
ここで、[スタートアクション]にエンターしていた私の効果、自身をライフの下に送って、
自分のフィールドにあるゾーンカード1枚をデッキの下に送ります。
これで生造機街をフィールドから隠したことで、この代償を無くせます。」
「え、純粋にずるいよね、他のカードが弱く見える。」
「ううん、これでも〈桃〉のデッキには勝てないから大丈夫。
『バトイフィクレ』がちゃんと復活したら、勝てるけど。」
「うわぁ―」
「それじゃあ、残りを全部実行して、
『旧世の銅兵』と『旧世の銀兵』と『旧世の模倣少女』を、合計8枚エンター。
模倣少女は機械じゃなくて、魔術で造られた人形だよ。
ちゃんと発掘もされてるから、捕獲されてる。
とは言っても、この仮住居の上なんだよね。」
(フルアタック!)
「じゃあ、割とフリーダム?」
(流石にダメだー、全部ライフで、負け。)
「監視は私が担うことになった、それで理解してね。
よく耐えた方だよ?」
「でも、傾向は掴めた。対策もなんとかできそう。
さあ、訊きたいことはもう思い浮かばなかったし、ルナの家にお邪魔しようか。」
「私はここに残るよ。あくまで此処が引っ越し先、ということになってるから。」
「そっか、じゃあ、まだ夕方だけどおやすみー。」
「私は寝なくていいけど、そっちはおやすみー。
あ、監視はしてるから、うっかり言わないでねー!」
「そうだ、危ない忘れるところだった、ありがとう。」
仮住居を出て、寄り道無しで隣へ向かう。