99話:別れ
なんでこんなことに……。
私はロアーネにパパの書斎へ連れられていった。そして理由を語られる。
それは最初の一つがきっかけだった。オルバスタでの戦線に現れた翼ライオンがきっかけだった。そのドルゴンはティンクス軍の塹壕を的確に攻撃した。
ふむ。どこかで聞いたことあるな……。
そしてそのドルゴンはオルビリア宮殿で飼われているという噂があった。
ふむ。どこかで聞いたことあるにゃんこだな……。
さらにチェルイの魔法大学で使い魔を使役したという精霊姫が現れたと新聞記事になり……。
ふむ。どこかで聞いたことあるぷにぷに幼女だな……。
つまり「ちょっとお話を聞かせてくれるかい?」という呼び出しであった。もちろんそれだけで済むとは思わないが。大丈夫? 監禁されてお腹解剖されたりしない? ぷるぷる。
パパの心労は私のためであった。お上の言いなりになるか、徹底抗戦するか。
言うことを聞いたら私を国に売ることになる。そして戦うとなったらどれだけ被害が出ることになるのだろう。
「いいよ。私、首都に行く」
ちょっと楽しみでもあるし。
だがパパは「だめだ!」と私を止めた。きゅん。パパは私を売る気なんてなかった。
まあでも私一人が犠牲になればいいのだ。犠牲になる気はないけど。何かあったらぶち抜いて帰ってくればいいし。
「考え直してください! ティアラ様は少し目を離すと何するかわからないんですから!」
「その通りだ」
え? そっち? 問題児扱い?
ロアーネはげほっげほっと咳き込んだ。そんなむせるほど信用ない……?
私が実家に帰ってから数日が経ち一月になった。
どうなったか簡単に言うとオルバスタ諸邦は、ベイリア帝国オルバスタ州になった。
結局のところ、パパとしては帝国の意向を認めるしかなく、オルバスタ諸侯でのラヴァー派の活動が認められた。ラヴァーは聖典に書かれているを第一とする原理主義。「精霊の信仰は認められない(精霊は月の女神の使いなので月へ祈りましょう)」から「精霊はただの魔物に過ぎない」と考えを改め直された。それは本来、エイジス教の聖典には精霊のことは書かれていないからである。精霊はあくまで土着信仰の一つ。エイジス教の本流であるペタンコでは精霊という存在自体は認めていた。それが民衆を制御するための手段であったとしてもである。
教会による精霊チップスの販売は取りやめられた。まあ精霊カードはすでに需要は満たされ、外国のマイナー精霊はもはやコレクターにしか興味を持たれておらず、転換が必要だったから別に良いだろう。ルアの父の案の、魔物や英雄をカードにした方が良いかもしれんな。
しかし古来では精霊信仰だった地域である。「精霊は魔物なんだ!」と言われても「へー」としか思わないだろう。ポアポアが雪の精霊だったとしても追いかけて潰してたような文化だし……。昔の人は雪に恨みがあったせいかもしれんが……。
パパは「改宗はラヴァー派の神官に任せる」とし、自らは関与しないことにした。ペタンコの神官からしたら裏切り者な感じになるが、ペタンコの教会は大きく反対することもなかった。それをどうにかするための立場のロアーネが何も言っていないから。一部のペタンコはオルビリア教会から他所へ出ていったが、多くの者は残った。
実のところ、それによって大きく変わったかというと、そんなに変わっていない。ヘンシリアン家を通じたクリトリヒ帝国との勝手なやり取りがやりづらくなっただけである。ベイリア帝国からしたら「お前らクリトリヒと仲良くしてるけど、裏切るつもりじゃないよな?」と言った面が大きい。
とはいえむしろ堂々と取引するようになったので、ベイリア中央部にも戦争ゲームが広まるようだが。むしろ売上が増える。やったー!
私は自らベイリアの首都に出向することに決めたので、結局のところ誰も問題なし。みんなハッピー。めでたしめでたし。
まあ、一人だけ納得がいっていない様子の合法ロリがいるわけだが……。
なんでこんなことに……。
私はぽぽたろうを頭に乗せたロアーネに裏庭へ連れられていった。「ウニ助がいるからいいでしょ」とぽぽたろうを返してくれない欲深い合法ロリだ。
「ロアーネのばか! 頑固! ばか!」
向かい合うロアーネに私は罵声を飛ばした。
「知ってますよ。知ってるでしょう? 私が異教徒が嫌いなことを」
ロアーネはキョヌウの神官をオルビリアから追い返した。
ロアーネはいつだって他宗派を他宗教を嫌悪していた。しかしそれでも口だけで、実際に手を出すようなことはしなかったはずだ。
「いいえ? 例えば、オルバスタの先代を排除したのもロアーネですし」
「先代?」
「養祖父母の話を一度も聞かないでしょう? 不自然なほどに」
そういえば、ママのヘンシリアン家と比べてパパのフロレンシア家の話は全く聞かされて来なかった。フロレンシア家の関係といえば、魔法学校に通っている時に遠戚のモランシア家でお世話になったことくらいだ。あと私の伯父さんでもあるリルフィのパパか。
「確かに……なんで?」
「今と同じですよ。貴女のおじいさんもキョヌウになろうとしたから追放しました。それがロアーネの役目ですから」
「だからパパも追い出すの?」
「それはティアラ様が納得しないでしょう?」
確かに。今パパを追い出したらオルバスタを治めるのはタルト兄様だ。不安しかない。
「理解しておられますか。キョヌウは精霊を魔物としか見ていません。ならば、精霊姫と呼ばれるティアラ様は人ならざるものと扱われます」
え、それは嫌だな……。ただのあだ名ってことでなんとかならんかな……。
「精霊魔法や使い魔の話が広まっているので無理でしょう」
私の胸の中のウニ助がうににんと震えた。ただの翼の生えたウニってことでなんとかならんかな……。
「なので、ロアーネがティアラ様を倒します」
「なんで?」
「キョヌウの手には渡しません」
「なんで?」
ロアーネがヤンデレになってる……。合法ロリヤンデレはちょっと属性が混乱してるよ。
「だから私とも戦うの?」
「ええ。言うことを聞かない悪い子にひつけはしつようでしょう?」
大事なとこで噛んでる……。ロアーネも動揺してるじゃん。
それに私は悪い子じゃないしー。頑固で融通が利かないロアーネがババアなだけだしー。
「そうですね。そうかもしれません」
こわ! あのロアーネが認めた!?
「ティアラ様について歩き、時代の早さを実感しましたからね」
「だったらこれから柔軟になればいいじゃん」
「貴女みたいにお気楽になれればよかったのですが」
にゃんだと! 私だって今のこの状況に戸惑っているんじゃが!
「まあ良いじゃないですか。お互い本気を出して生き残った方が正しい。それで」
いや良くねえだろ。
ロアーネがにこりと笑うと、大砲のような魔力弾を飛ばしてきた。
「ほあっ!?」
慌てて回避しようとしたが、身体の回転が追いつかずに左腕に当たった。
私をまとっている魔力がそれを弾き飛ばすが、腕にソフトボールをぶつけられたくらいの痛みが。
「いってぇっ!」
やりやがったなこいつ!
私も魔力弾を撃ち返す。ばすんばすんばすんと撃ち出すも、ロアーネも同じように撃ち返し、魔力弾で魔力弾を弾いた。漫画やアニメか!?
「ウニしゅてあ!」
私はウニ助を投擲した。ウニ助はぽぽたろうにぷすっと刺さった。ウニ助も取られた!
「こんなんじゃロアーネは倒せませんよ」
「それなら!」
私は地面を蹴り出し駆けた。私はこう見えて長年体術の師匠と子どもがわちゃわちゃする程度の特訓をしてきたのだ! インドアぐーたら趣味読書神官とはフィジカルが違う!
肉薄してタックルの射程距離! 決まった!
しかしロアーネの身体がすり抜ける。こ、これは光の幻影……ホログラム魔法!?
さらに目の前で閃光が走った。目がぁ!
「ぐわあ!」
「魔法使いに真っ直ぐ駆けてくるとは、やはりアホですね」
「のわぁ!」
目を押さえてごろごろ地面に転がる私に、ロアーネがべしべしと魔力弾を撃ち込んでくる。あいたたたたっ!
「このー! 卑怯だぞ!」
「そっちが突っ込んできたんじゃないですか」
ぐっ。このぉ……。
しかし私にはロアーネに勝つ手段がない。いやあるにはあるが、それをすると加減ができん。
「最初から本気を出しなさいって言ってるじゃあないですか」
「なぬ」
「お漏らしあそばせ精霊姫。貴女の全力を受け止めたらロアーネの勝ちです」
ウニ助の刺さったぽぽたろうを頭に乗せたロアーネが不敵に笑う。
そこまで言うならやってやろうじゃないの。受け止める自信ありそうだし。
むしろ勝負方法が殺し合いから変わってよかった。私の全力魔力放出で、ロアーネを殺さなければ良い。
お互い生きていればまだ話し合える。
「ぬぬぬっ!」
私は下腹部に力を込めた。ロアーネは私が魔力を練るのを邪魔しないようだ。
ならばこのまま撃ち込むのみ!
「《魔力出すだけビーム!》」
手のひらから広範囲に魔力の光が広がる。
これは、人を殺せない光だ。誘拐された時も広範囲に広げた魔力ビームは直接的な攻撃力はなかった。
今まではそうだったし、そのつもりだった。
どさりと音が鳴る。光が止むとロアーネはその場にうつ伏せで倒れていた。
「なんで!?」
私は慌てて駆け寄り、仰向けにごろんとひっくり返した。
ロアーネの顔が蒼白になっていた。
「なんで!?」
「やはりもう限界でしたね。無理でした」
わかってたなら撃ち込ますなよ!?
おろおろ。どうしよう。
魔力切れなら私の魔力をぶち込めば復活するのではないだろうか。
私はロアーネの胸に手を置いた。
その手をロアーネの震える手が掴む。
「また変なこと、考えてますね。無駄です、よ」
魔力を使い切ったロアーネは、その少女のままの姿から急激に老け込んでいった。顔から精気が消え、皺が刻まれ、髪は白く変化していく。
え? マジな感じ?
「こほっ……最後の生活は楽しかったですよ。ティアラ様と一緒にいられて……アホで……何をしでかすかわからなくて……ふふっ」
絞り出されるように出された、生意気な少女のようだった声はしがれていた。微笑みは消え失せ、目尻が光る。
「悔いは……ありますね。ティアラ教団。やはり本気で……独立を……しかしもう今さら……」
握った手が枯れた枝のようになっていく。
「もう……心の声も聞こえな……」
ロアーネの魔力器官である肺が、呼吸が止まり、ぽぽたろうがころりと転がった。