98話:さらばチェルイの町
のんびり暮らそうと思ったのに、何やらまた故郷のオルバスタで起こっているらしい。
ティンクス帝国対ベイリア帝国は講和したようだが、今度はベイリア帝国がオルバスタに圧力をかけてきた。ペタンコからキョヌウになれって要求である。
スレンダー好きだけどおっぱい大きい娘もいいよね派の私としてはそれもありかなと思ったが、これは性癖の話ではなくエイジス教の宗派の問題であった。
それを聞いたロアーネはぷんすこした。
「キョヌウぶっ潰す!」
まあまあ落ち着いて。無い胸を反らす合法ロリの顔に、私はぽぽたろうをぶつけた。
「パパを信じようよ」
「そのオルバスタ侯爵が受け入れるとか言い出してるんじゃないですか!」
ロアーネはぽぽたろうをソファにばんばんと叩きつけた。ぽぽたろういじめちゃだめ! 埃が立つ!
「もうすぐ卒業なんだからさ。一緒に卒業しようよー」
「むぅ。その代わり、終わったらすぐに帰りますよ」
三日後に一年生の学期末テスト、基礎魔法学卒業試験である。魔法学に関する、言語や、歴史や、魔法科学や、魔法工学や、魔生物など、浅く広く学んだ知識をほどほどに点取れば良い。ゆるい。
ゆるいと言っても追試は嫌だからテスト勉強しなきゃ。こんなぴりぴりの中で勉強するの嫌だなぁ。
気分がすぐれないのでほわほわの侍女ルアに抱きついた。ほわんっ。
「大丈夫ですよっ。旦那様はずっと頑張っていらっしゃるのですからっ」
すると、夏休みにパパが疲れてたのもこれが原因か。
おのれ! キョヌウを潰す! ぷにゅん!
決意に胸を握りしめたあと、待て待てそうじゃないだろと思い直す。
私を散々不快にさせたのはティックチン派。ベイリア帝国はエイジス教キョヌウであるがラヴァー派でありこれまた宗派が違う。同じキョヌウでも対立してるこの二つは、敵の敵は味方でいえばラヴァー派は敵対すべき相手ではない。それと「いちおう同じ国なんだから宗派鞍替えしろよ」というのはベイリアからしたら当然の主張ではある。ベイリア帝国は民族言語宗教で一つに統一しようとしているのだから。
「ぐぬぬぬ……」
ロアーネがぽぽたろうに八つ当たりにして引き伸ばしていた。ちぎれちゃう!
ロアーネの魔の手からぽぽたろうを救出し、私は帰り支度を始めた。というのも、大量の魔道具を片付けなければならないからだ。遊び部屋に散乱したガラクタたち……試験が終わってからにしよう。
答案が返ってきて無事合格。例えるなら小学三年生の理科社会を魔法学にした感じなのでそう難しくない。内容自体よりも問題文が古語であるクルネス語なことの方が難しい。授業でやった内容が板書されて、その回答を紙に書いていくだけなので、普段から授業受けてれば楽勝なんだけどね。
「にゅにゅ姫ちゃんまた一緒に遊びましょうね」
「うん。シビアン兎見に行くー!」
ソルティアちゃんと手を繋ぎくるくる回った。きゃっきゃ。
「早く帰りますよ」
「ロアーネはせっかちだなぁ」
私の胸には真鍮製の黄色いまんまるお月さまのバッジ。ふふん。みんなおそろい基礎魔法学修了の証。
アフロビリーとゴンゾーも駅へ見送りに来てくれた。
他のみんなとはすでに別れの挨拶は済ませた。
おっぱい白衣お姉さんには、妖精の巣のサンプルをあげたし。
工房のおっちゃんとエンマさんには、ブルブルマッサージ機をあげたし。
露天商のみんなでは、最後の魔道具ジャンク品の買い物を済ませたし。
そうそう。おじいちゃん教官からは「祭壇が動いたのはこの世界樹が影響してると考えておる」とウニ助誕生仮説を教えてもらった。この世界の世界樹は魂を集める木だとかなんとか。だからウニ助はあの木の枝に止まってたのかな。
私はぴょんと飛び跳ねて列車に乗る。そう、すでにオルビリアまでの鉄道が開通したのだ。はえー。
さらばチェルイの町。ネコラル機関車だと半日かからないから、来る気になればまたすぐ来られるけどね。
「ぱっぱー!」
顔色の悪いパパに駆け寄り私は抱きついた。幼女に抱きつかれてHP回復しないおじさんはいないはずだ。今の情勢でパパに倒れられるのは困る。
だけどパパは一言二言挨拶して、「疲れただろう。お風呂に入ってきなさい」と追い返されてしまった。ロアーネはその場に残されたので、きっと激しい戦いが行われるに違いない。宮殿が壊れなければよいが。
メイドさんたちに満月おめでとうと基礎魔法学修了をお祝いされながら、服をすぽーんと脱がされて、お風呂にざぶんこする。ふひー。乗り物酔いの後のお風呂はなんだか波に揺られてる気分だ。ゆららんゆららん。意識が遠くなっていく。
ずるずると身体がずり下がっていくと後ろからむいっと引き起こされた。
「寝るのはベッドに行ってからにしてくださイ」
おおカンバじゃないか。夏休みぶり。
あのパパの様子だと、きっとカンバの精神干渉魔法はさぞ活躍したことだろう。
さてこの先どうなることやらと思ったら、お風呂場の扉がバンと開いてロアーネが入ってきた。やんえっち。
「ティアラ様は家とロアーネ、どちらが大事ですか!」
え、なにこの面倒くさい女……。家だけど……。
ロアーネがいなくても家でのんびり暮らせるけど、家がないとホームレスだし……。
とりあえず、何言ってんだこいつと言う顔で見つめてみた。
「こほん。間違えました。ロアーネと共に家出しましょう」
「え? 嫌だけど……」
とりあえず風呂を出て服を着よう。話はそれからだ。のぼせてしまう。
身体拭かれーの、髪かわかされーの、ネグリジェ着させられーのした。
「で、ロアーネの望み通り現状維持すると、ベイリア軍がオルバスタを襲うってことでしょ? だから一緒に逃げようってこと?」
「そうです」
「なんか話おかしくない?」
・オルバスタが改宗拒否→戦争
・オルバスタがキョヌウになる→ロアーネブチギレ
現状の二つの選択肢はこうだけど、オルバスタがキョヌウになるから私とロアーネが家出するというのは……。ロアーネだけが出ていけばいいのでは。あ、それだけじゃないってことか。
「え? 私も関連してるってこと?」
「はい。ティアラ様はベイリア帝国へ引き渡されます」
私、パパに売られたー!?




