97話:私はこれからものんびりと日々を暮らしていく
「……ぶえっぷ」
かっこよく決めようと思ったのに結局力任せのぶっ放しになったし、いつものように後のことを考えずに潰されそうになったし、濡れた地面の中でひっくり返って服が酷いことになったし……。
土と氷のトーチカに穴が開き、すぽんと私の身体が引き抜かれた。セクシー先生に抱えられた。ぷらーん。
「うおっ!?」
私がぶち抜いた巨大錆色飛竜のお腹の穴にすっぽりとトーチカがはさまってる。つまりまるで私は巨大ウェイヴァの背中の上に立っているような状態だ。
私はこいつを遠目から見てドラゴンみたいだと思ったが、改めて見ると翼の生えた空飛ぶトカゲというよりヤモリだ。トゲトゲしてぬるっとしていている。もっというとヤモリというよりイモリだった。お腹赤いし。
私は抱えられたまま、先生たちの元へ運ばれた。
映画のように「ヒャッホー! やったぜ!」というジャイアントキリングでの歓声は沸かず、それよりも先生たちは安堵した表情で座り込んだ。
まだ喜べるような状態ではない。空にはまだウェイヴァが安心できない数が飛んでおり、魔法学校の、街の他の場所の様子も気になる。街は炎に包まれており、喜べる状態ではなかった。
おじいちゃん教官の右足は凍らしただけの処置だし、他の先生も火傷や切り傷を負っている人も多いし、ロアーネは胸を膨らませて倒れ込んでるし。
……ロアーネの胸が大きくなってる。合法ロリババア巨乳……。属性が混乱してて頭痛が痛い。胸元から白い毛玉が一部を覗かせていた。ソフトボール大だったぽぽたろうが頭にフィットするクッションサイズに戻ってる……。ロアーネが死んでるかのように倒れているのはぽぽたろうのおかげだろうか。ロアーネ、安らかに眠れ。
「勝手に殺さないでください。あと頭の頭痛が痛いので思念を響かせないでください」
思念送ってないけど……。頭の中を勝手に盗聴してるのはそっちじゃん。
それはさておき、どうやら残存火吹き空飛びヤモリはリーダーを倒されて逃げ去ったようだ。逃していいのかな。大丈夫? まあ、やつらがやってきた北へ向かったから巣に帰ったのだろうと思いたい。
北……。オルバスタの方向だけど大丈夫かなパパたち。
さて、まだまだやることはいっぱいだが、ひとまず休憩だ。先生たちは座り込み、空を仰ぎ、胸を押さえている。みんな限界だったのだろう。そんな先生たちにおっぱい白衣魔植物研究員が怪しい種を配っていた。それを飲み込むと魔力使いすぎの症状を抑えられるらしい。大丈夫? お腹の中で成長して触手の生えた何かが飛び出してきたりしない?
事態が落ち着いたので、一年生たちが外へ飛び出してきた。急にわーぎゃー騒がしくなる。
セクシー先生はぴよぴよ一年生たちに、校門の先で山積みになったウェイヴァの死体の山を、校門にできた爆弾穴のような火球痕に放り込むように指示した。
死んでいるはずのウェイヴァの山は、物理演算衝突判定がおかしくなったHAVOKのようにぴくぴくぷるぷるしていた。こわっ。セクシー先生が言うには残存魔力でぶるぶるしてるだけらしいが。溜め込んだHAVOKパワーでしゅぽーんって空に飛んでいったりしない? 大丈夫?
ロアーネが身体を起こし、おじいちゃん教官を呼んだ。おじいちゃんの右足を治すようだ。おじいちゃん教官は再び拒否したが、「そのままでは腐って死にますよ」と説得され、私がおろおろしながらうるうるお目々で見つめていたら折れた。ロアーネの魔法で消毒され、肉を内側にむにゅっと丸められた。
多方面からの襲撃は、上級生たちが抑えたようだ。そちらの方は数が少なかったようで被害はなかった。
街の炎も広がる前に消火されたようだ。野良魔法使いが多いだけあって処理は早かった。消火活動にはアフロビリーとゴンゾーも活躍したそうで、雇い主から報奨を貰ったと聞いた。この地域の人種でないため少なからず差別されていたようだが、見直されて店での待遇も良くなったとか。
街に小さくない傷を残したが、露天商は次の日から元気に商売を始めていた。知った顔が半分くらいいなくなっていた。中古魔道具を専門で売っていたお兄さんもいなくなっていた。以前彼を拘束した木が炭になっていた。
第二第三の襲撃を警戒したがその様子はなく、騒動は落ち着いた。
街は活気を取り戻し、悲壮な感じはない。貴重なウェイヴァの素材が沢山取れたからだ。死骸は街の復旧作業より先に、急ピッチで解体が行われた。
私は巨大ウェイヴァの魔石を貰った。熱風を吹き出す特性があるようだが……。ふ、ふむ……。ドライヤー……? あったのかドライヤー魔石……。ぶおぉぉぉ。
さて。
話によるとウェイヴァは北西の島に棲んでいるようだ。北西……イギリス?
そんなとこからやってきた原因はなんだ。何が狙いだったんだウェイヴァめ。
おじいちゃん教官に聞いてみた。おじいちゃん教官は右足に木の杖のような義足を付けて、右手の松葉杖で私たちの実技を見ている。すでに学期末の十二月。もう八割ほどの生徒が合格を貰い、練習所は閑散としている。
「おそらく世界樹が狙いじゃろうな」
世界樹?
「ほれ。あの魔法結晶の木じゃ」
ふむ。半年近く前に、私が魔法ぶっ放して幹が魔法結晶化した木か。つまり私のせい? 知らない。ぷいっ。
しかし、あれができたのはだいぶ前のことになるが……。
「ほれ。最近目立つ出来事があったろう」
「ぬ?」
「君が使い魔を呼び出したじゃろ」
ふむ。ウニ助のことか。つまり私のせい? 知らない。ぷいっ。
ウニ助は私が飛ばしたっきり帰ってこない。短い間だったけど良い奴だったよ……。
「他にも要因は考えられる。大陸に飛来したウェイヴァはティンクス軍が堕としていたが、ベイリア軍が反転攻勢に出て押し込んだじゃろ? あの数は想定外じゃろうが……それでも人類の隙になったに違いなかろう」
ふむ。つまりティンクス国が悪いってことだな。良かった。
「あるいは……、ティンクス国がやぶ蛇を突付いたのかもしれん。ほれ。オルバスタで魔物を操りティンクス軍を追い返した出来事があったじゃろう? ウェイヴァを使ってベイリア軍を追い返そうとしたのかもしれぬな」
ふむ。にゃんこのことか。つまり私のせいじゃないな。知らない。ぷいっ。
ん? でも待って? やっぱりこの街が襲われた理由にならなくない?
おじいちゃん教官がボケ老人の妄言じゃなかったとしても、私がウニ助呼び出したことと、ウェイヴァが襲ってくることは繋がらなくない?
「世界樹に聞いてみるか」
直接本樹に聞いてみよう。おーい木さん。あなた世界樹なの?
わさわさ。
世界樹(仮)は枝をわさわささせた。わからん……。落葉樹っぽいのに冬なのに葉っぱがわさわさしてるところから普通じゃないことはわかるけど。
わさわさした枝からトゲトゲした何かがぽろりと落ちた。
「う、ウニ!」
やはりウニは木から取れるのか! なんとかのアトリエは間違いではなかった!
ウニはぴょんこら跳ねながら私に近づいてきた。このウニ、なんか翼が生えてる。
「ウニ助なのか!? ウニ助ー!」
ウニ助は翼をパタパタさせて私の手のひらに乗った。そしてぷにぷにのトゲをゆらゆらと揺らした。
結局何もかもわからんままなんだけど、とりあえずウニ助は変態したらしい。
わからないけど、町も学校も平穏を取り戻せたからこれでいいのだろう。
おじいちゃん教官は調査を進めている。きっといつかわかる日が来るはずだ。
私はこれからものんびりと日々を暮らしていく。
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と、諦める前にちょっとネタバレロアーネに聞いてみよう。なんかさらりと教えてくれそうだし。
ロアーネはいつものように、ぽぽたろうをクッションにしてソファでごろごろしている。私のぽぽたろうを返してくれない。
「えー知りませんよ。偶然じゃないですか?」
役に立たない合法ロリだな。クッション返せ。
「わかりましたっ! きっとウニちゃんはウェイヴァのお姫様なんですよっ!」
侍女ルアがきらきらしたお目々でウニ助を手のひらに乗せた。
最近ますますきれいになったルアちゃんだ。襲撃の時、ソルティアちゃんと一緒に一年生たちを落ち着かせていたというカリスマ性も育ってきたほわほわ少女だ。
「お前お姫様なの?」
私がウニ助をつんつこ突っつくと、ウニ助は翼をはためかせルアの胸に飛び込んだ。
私、こいつの中身はエロオヤジだと思う。




