96話:空襲
竜。飛竜だ。鐘がカンカンと打ち鳴らされ講義が中断した。窓の外を見てみたら……チェルイの街に赤い飛竜が群れをなして飛んでいた。
「うぇ!? なにあれ!?」
「はい。ウェイヴァです。なぜここに……」
冬晴れの蒼天に錆色コントラストを浮かび上がらせた錆色飛竜の群れは、街の中心に急降下しながら口から伸びた舌先から、とぐろを巻いてジャイロ回転する炎の玉を吹き出した。それはまさに洋ゲーのファイアボールのごとく、地面に着弾し爆発を起こし、街が一瞬で炎に包まれた。
「え、なにこれ……」
室内に生徒たちの悲鳴が響く。セクシー先生から窓から離れるように指示が飛ぶ。
こんな目立つ建物の中にいて大丈夫なのか? いや、外の方が危険か? どちらにせよあんな魔法を撃ち込まれたら……。
錆色飛竜は空へ向かって飛び上がり、次の獲物を探すかのように旋回を始めた。
セクシー先生は私たちに講義室から出ないように言い残し部屋から出ていった。
円形の噴水がきれいな広々とした庭園に先生方が並び、ウェイヴァに向かって魔法を一斉射撃した。だが空高く機敏に飛び回るウェイヴァにはただの牽制にしかなっていない。ウェイヴァの群れに注目させただけだ。
いやそれが目的だったのか。ウェイヴァは空飛ぶ巨体を魔法学校へ向け、口を開き舌を伸ばし、先生たちに迫りくる。
彼らからひときわ大きい土魔法や氷魔法が放たれた。それはウェイヴァどもの目を潰し、顎を砕き、翼に穴を開けた。
さらに先生たちの後方から弓矢が放たれた。魔法付与された矢はビーム光線のように真っ直ぐにウェイヴァの喉を貫通し、さらに後ろの一匹の土手っ腹から血を吹き出させた。
だが落とす数より迫りくる数の方がはるかに多い。ついに魔法学校の目前にまで迫るが、放たれた火球は学校を覆うドーム状の不可視のバリアによって弾かれ、目の眩む爆発を起こした。
「おおー!」
生徒たちの声は悲鳴から、歓声へ。
こんな魔法バリアが備え付けられてるだなんて、さすが魔法学校だ。野良ドラゴンの襲撃でうっかりNPCが死んで魔法大学のクエストが進まなくなる洋ゲーのスカイリム地方とは違う。
先生たちの火力は圧倒的だ。魔法学校の前にウェイヴァの死体の山ができていく。
だがいかんせん数が多い。先生たちの疲れも見え始めてきたところでウェイヴァたちは一斉に降下してきた。飽和攻撃だ。
そしてついに突破を許してしまう。ウェイヴァの一匹が庭に着地した。そして、風魔法で低空を飛ぶように距離を取ったおじいちゃん教官の足に噛み付いた。そのウェイヴァは首を高く上げ、そして地面に叩きつけた。
「おじいちゃん!!」
おじいちゃん教官はちぎれた自分の足ごとウェイヴァの口の中に氷魔法を炸裂させ、血が吹き出す自分の太ももを凍らせた。さらにそのウェイヴァは目と鼻も凍らされ、暴れもがき苦しみ庭園が荒らされていく。
他のウェイヴァたちも敷地内に入り込み危険な状態だ。
正面門には研究生や上級生たちの姿はない。別方向からも爆発音がするので、別の場所で戦っているのだろう。
一年生の私たちは誰も飛び出すことはなく怯え震えていた。加勢したところで役立たずなのはわかりきっている。
ロアーネ以外は。
「ロアーネ行こう!」
「仕方ないですね。ティアラ様はここに残ってください」
「いや、行くよ。一発だけの巨砲にはなれるもん」
部屋から撃つと残ったウェイヴァの気を引き、みんなを危険に巻き込むかもしれない。
私とロアーネは部屋から飛び出した。
片足でなお戦い続けるおじいちゃん教官の元へ駆け寄る。
「な!? ロアーネ様に、精霊姫!?」
「大人しくしなさいホゴロフ。傷を治しますよ」
ロアーネが氷を義足にしているおじいちゃん教官の太ももに手を当てたが、教官はその手を掴んで止めた。
「ロアーネ様、わしゃ老い先短い。儂の回復よりも一匹も多く奴らを屠ってくだされ」
「こほん。そうですね、では」
ロアーネはウェイヴァの群れに向かって光球を放った。ただの灯りかと思われたそれは、尋常ではない魔力が込められているのが見てわかる。光球は空に浮かんで留まり、魔力の線がロアーネの手と鎖のように繋がっている。
「月の光の 裁きの剣よ 空より降り注ぎ 魔を打ち砕け」
光球から光の剣が降り注ぐ。それはウェイヴァの身体を貫通し、削ぎ落としたかのように穴を開けた。光の剣は地面にささり、空へ光を伸ばし光の柱を作った。さらに押し寄せるウェイヴァはその光の柱に当たり、触れた部分が溶けて蒸発した。
「かっけー!」
さぞロアーネは得意気にしてるだろうと思いきや、ロアーネは激しく咳き込み血を吐いた。
「無茶しすぎ!?」
身体を丸めて胸を叩くロアーネを、私は後ろから抱きかかえ、んにんにと後ろに引っ張った。
一発の魔法で事態を好転させた似非少女に、先生たちが集まってくる。
「教官! ロアーネどうしたのこれ!」
「無理がたたったのじゃろう。もはやこうなっては……」
「ええ!?」
こふんこふんと咳き込むロアーネを座らせて背中を撫でる。お、おろおろ……。
ロアーネは私に手を伸ばした。私はその手をきゅっと握る。
「ぽぽたろうを……」
「なんで?」
ロアーネの手にぽぽたろうをぽむっと乗せると、ロアーネはそれを胸に抱きかかえた。血が付きそう。
「少し疲れました……」
なんか死にそうな雰囲気出してるー!?
「こほっ。死にませんよ。少し静かにしてください。後はみなさんに任せれば大丈夫でしょう」
空へ顔を向ける。そびえ立つ光の柱によって庭園は守られているが、まだ戦いは終わっていない。
空からジェットエンジンのようなけたたましい咆哮が響いた。
なにかでかいのがいる……。遠近感狂いそうなのが飛んでる……。キングサイズすぎる。
それは空から隕石のような火球を吹き出し、バリアを破壊貫通し、光の柱ごと地面を吹き飛ばした。校門ないなった。
「ぎょえー!? なんなの!? 王なの!?」
「こふっ。あーやばいですね」
「やっぱやばいよねぇ」
やばすぎて冷静になってきた。
先生たちは覚悟を決めた顔でキングサイズに手を伸ばした。やるしかない。私がやるしかないよな!
「待ってください。胸に付けてる魔除けを使いましょう。あれは、空のアスフォートですよ」
なるほど言いたいことはわかった。ただぶっ放すだけじゃ火力不足ってことだな。魔除けの素材は魔法結晶。おそらく私がこの世界に生まれた時に、四つ目狼に襲われて泉の中でぷるぷるした時に漏らしてできたもの。こいつを触媒にして魔法をぶっ放す! こい! 巨ウェイヴァ!
胸元をがさごそして出てきたのはウニ助だった。
「あ、あの魔除け、でかくて重くて邪魔だから家に置いてきちゃった」
「あほですか」
ロアーネはよろよろと立ち上がり、手を空に向けた。
「え? 今の状態で魔法使ったら死なない?」
「死にそうですね。どっちにしろ死にますし」
「私がなんとかするよ。うん。ウニ助いるし」
ウニ助もトゲをうにうにしてやる気を見せている。
さて、ふざけてる場合ではなさそうだ。ついに巨ウェイヴァが下降してきた。
「私がやる!」
みんなにそう宣言し、私はウニ助を手に巨ウェイヴァに立ち向かった。
なんだかんだで魔法ぶっぱなしゃなんとかなるっしょ!
ロアーネが使ったあのかっこいいの! あれ使いたい!
「えっと、らぬかろりーじにゅうにゅにゅ……」
なんだっけ……。手がウニ助ごと光り輝く。
巨ウェイヴァが口を開き、舌を伸ばした。私へ向かって螺旋火球を放とうとしている。怖い。ちょっとまって。これこのままだと相打ちにならない? 私の思考は再び死の恐怖に飲まれた。震える。びゅるり。
そうか。私の前世の死も、巨大な何かがこうして迫ってきて――。
掌がぶるるんと震えて我に返った。ミサイルのような火球はすでに目の前に迫っている。これは即死だろう。なら怖くない。私の魂は土へ還るだけ。
「シュテア!」
手の中のウニが光の剣と成し放たれた。それは巨大な火球を貫き、巨ウェイヴァを貫き、空へ消えた。
空中で爆発を起こした火球の先から、穴の空いた巨ウェイヴァの身体が慣性を残したまま私に向かって堕ちてくる。
ああそうだった。私の魔法は貫通力が高すぎるんだった。
私の視界が真っ暗となり――直後、鼓膜が破れそうな衝撃音で私はひっくり返った。
先生たちの魔法によって作られた半球状のトーチカによって潰されずに済んだようだ。




