90話:文化祭、後編。せくちーてぃあらちゃんの撮影会
――人の恐怖の根源は闇だ。人類は闇に怯えて生きてきた。だから光を求め、灯りを作り出し、街から夜の闇が無くなった。
この世界は魔力の、精気の光で満ちている。
石油があるのにガソリンが精製されていない。鰐の亜人の毒を出す黒油。石油の原始的な用途といえば、アスファルトや接着剤など、そして粘りついて取れない可燃物としての武器。しかも有害なガスを発する。エイジス教で禁止されたのはそれが理由ではないかと思う。しかしエイジス教で禁止されているとはいえ、研究さえされていないのは不思議だ。
精製油の用途といえば天ぷら……じゅるり……。天ぷら食べたい。天ぷらは置いといて、潤滑剤。それよりもっと単純に考えて燃やすため。照明のため。
しかしこの世界には魔石による照明がある。ゆえに、石油を照明に使う必要がなかったのではないだろうか。光を放つ魔石があるから、そもそも人が光魔法で光を灯せるから、電気や石油を活用することはなかった。電気による灯りの開発も、油による灯りの開発も必要が無くなってしまった。
そして電気や内燃機関が発達せず、動力はいまだ蒸気機関で、さらにそれを代用する魔法石炭が発掘され活用された。
それがこの世界の、私から、地球から見て歪んだように見える技術進捗。魔法がある世界は魔法のない世界と似たような歴史を辿りつつ、違う未来に進もうとしている……。
蒸気機関マシンからスチームパンクを感じていたのに魔法石炭とかやっぱりファンタジーやないかい、と、脳みそが混乱に陥ったまま、私は屋内展示場へ戻った。
屋内は屋外と違って発表物はこぢんまりとしているが、繊細な魔法式などが貼られていた。入り口入ったところの一番大きいゴラム研究会では、屋外展示されていた蜘蛛型ゴラムの設計や魔法式、使っている魔法結晶や魔石が載っていた。ほへー。
魔法式とは電気基板のようなもので、うにょうにょ線が書かれてるものだ。ちょこちょこ付いてる記号が抵抗とかトランジスタとかになる魔石や魔法結晶を表しているのだろうけどよくわからん。
集まる沢山の人の中には、顔が傷だらけの軍人らしきおっさんもいた。そのうちいわゆるタンクな戦車じゃなくて蜘蛛型ゴラムが戦場でずももも動いたりして。……ありえるな。
私はクルネス語で書かれたボードに貼られているレポートを読んだ。
ふむふむ。ほむほむ。うんうん。……わからん。
「私が読みましょうか?」
「お願い」
私が読めるのは、例えるなら学校教育の初年度に習う英語程度の文だけであった。あいはぶあぺん。あいはぶあんあぽー。
そしてロアーネの翻訳でも結局ちんぷんかんぷんだった。知らない学術論文を聞かされている感じ。いや、まさにその通りなんだけど。知らない単語も多すぎて断念した。
あれ、でも知ってる単語でファンタジーな気になる金属名聞いたなさっき。
「オリハルコンってなに?」
「オリカルクンですか? ほら、これですよ」
ロアーネはお土産用で販売されている黄金色の蜘蛛型ゴラム模型を手にした。
ただの模型にしては良い値段してるけど……伝説の金属っぽいの、普通に模型にして売ってるんかい!?
「銅に亜鉛を混ぜた金属ですよ」
「それって黄銅じゃん」
「はい」
いわゆる真鍮じゃん。ブラスバンドのブラスじゃん。ファンタジー金属じゃなかった!
蒸気機関車もやたら金色でピカピカしてるなぁと思ってたけど真鍮だったのだろうか。
とりあえず蜘蛛型ゴラム模型かっこいいから買っとこ。
かっけー。ぶーん。ひゅーん。
はっ! ロアーネが冷たい視線で私を見てる!
頭のぽぽたろうの上に真鍮製蜘蛛型ゴラム模型を乗せて、私は他のスペースを見て回った。
気象予報研究に、電撃魔法の活用研究。そして……ダンジョン研究会?
「ダンジョン……。ダンジョン!」
冒険したい!
なんか最近刺激が足りないんだよねと思ってたとこなんだ。いや隣国では戦争してるとこだから私の頭が平和ボケしているだけかもしれないけど。この国は平和だからしょうがない。
「お宝とかあるの?」
「ないですよ」
ないのかよ! 夢がない!
ダンジョンと言ったら未知との遭遇! 強敵! そしておっぱいなお姉さんと出会う所! そしてお宝!
「許可なしで取ったら盗掘ですよ?」
「ああ、そういう……」
盗掘と聞いて私はピラミッドがぽわわん浮かんだ。
ミイラの中には黄金があるが、それ目当ての盗人たちによって歴史的遺産は破壊されたのだ。私が思い浮かんでいた冒険者は盗掘者と同一のものであったらしい。そう考えるとそれは許されない行為なのもわかる。しょんぼり。
どうやらこの世界では、ダンジョンの管理人さんがログインボーナスとばかりに宝箱を置いてくれるわけでは無さそうだ。そして貼られている研究内容もダンジョン攻略記などではなく、ダンジョンの成り立ちが書かれているだけであった。
ダンジョンは魔力が満ちた場所にできる魔境……。この辺の設定はゲームっぽいな。
「あれ? 魔力って月の光でしょ? ダンジョンって地下深くなのに魔力届くの?」
レポートにはダンジョンの奥深くの方が魔力が濃くなると書かれていた。空気に混じっていると考えても、奥ほど濃くなるのはおかしい気がする。空気より比重が重いと考えても、入り組んだ先ほど濃くなるのは?
「自然洞窟なら奥には水が溜まりますし、遥か昔から蓄積されますからね」
ああそうか。当たり前か。太古より魔力の地層が作られているし、水とともに流れるならば洞窟の奥の方が地表より濃くなるのか。
ふむ。
「たのしそー」
「楽しくないですよ?」
子どもの夢を破壊してくる合法ロリめ!
「冷静に想像してみてください。暗くてジメジメして汚くてコウモリの魔物に怯えながら、凸凹で滑る地面に注意しながら進むのですよ?」
冒険とはそういうもの……とはわかっていたつもりだったけど、言われてみれば私が想像していた洞窟は、観光化されているロープの張られた鍾乳洞だったかもしれない。
過去の地球での洞窟のニュースを思い出す。確か豪雨が来て、洞窟の途中が水没し、奥に引率と子どもたちが取り残されたのであったか。安全とされていた洞窟でもそうなったのだ。未知の洞窟とかになったら危険度はさらに……。ぶるり。
「ドロレスさまっ! あまり脅すとお嬢様が漏らしちゃいますよっ!」
「まだ漏らしてないもん……」
「あ、やばそうですね」
お花摘みタイム。ふう。
「わかった。洞窟での冒険は諦めよう。もっと明るくて楽しいダンジョン。お花畑ダンジョンに行こう」
「ただのピクニックですよね?」
お花畑も危険な冒険なんだぞ! 蝶々の魔虫が奇襲で眠らせてきてうっかりパーティーが全滅したりするんだぞ! ゲームの話だけど。
足早に一通り回ってカードゲーム愛好会のスペースに戻ってきたら、人集りができていた。なにごと!?
「あ、にゅにゅ姫やっと戻ってきたー! 手伝ってくださーい!」
ソルティアが戦争カードゲームを手に、あわあわしながらやってきた。
あれ? ヴァイフ少年は?
「戦争ゲームで闘争心を養うのであるっ!」
なんか踏み台に乗って熱く語ってるヴァイフ少年がいるぅ……。
「なんか戦争カードゲームの説明をしてたら盛り上がってしまったみたいで彼……」
「妙な特技持ってたんだな……」
とりあえず、なんやなんやと集まってくる人を捌かなくては。あわわわ。
そうしていると、今朝会ったお兄さんが現れて、しきりに私のことを褒めてくれたり、おじいちゃん教官が達筆なイラストのオリジナルカード三魔銃士を投稿したり、忙しく時間が進んでいく。
お昼の時間を交代で取って、午後も今度はカードゲーム好きの生徒たちを相手にわちゃわちゃしながら時間を過ごし、あっという間に夕方となった。
途中からなんか私はテーブルに乗せられて見世物にされていた。せくちーてぃあらちゃんの撮影会! ローアングルからの撮影は禁止! 禁止です! 誰だ風魔法でスカートめくろうとした奴は!
そして笑顔で握手会。いやぁ、モテる女は辛いね。ふふん。
若い女の子がいいんだけどなぁ。なんかおじさまばかり挨拶に来るのよね。
あ、おっぱいな女の子きた!
「お久しぶりですティアラ姫」
「リア!?」
「お姉ちゃん!」
私とリアとルアで三人で手をつないできゃっきゃとぐるぐる回った。
回る私たちを、小太りなお兄さんがリアの肩に手を置いて止めた。誰じゃこのやろー!
「僕ですよ。キンボです」
あ、戦争ゲームの製造出版を頼んでいるリアの夫であった。一年ぶりー。
どうやら私のカードゲーム愛好会の出展の噂を聞いてわざわざやってきたらしい。
「面白い内容だね。未来のカードゲームの姿。魔道具のカードですか」
「ふふ。ティアラ姫の発想はいつも楽しいものなのですよ」
「でもお嬢様は変な魔道具の玩具ばかり買うのですよっ。お姉ちゃんから叱ってあげてくださいっ」
ルアに私の無駄遣いをチクられた!
リアは「遊んでばかりじゃダメですよー」と私のほっぺをつんつんした。えへへ。叱られちゃった。
私たち四人はスペースから離れ、サロンでゆっくりお話することにした。私の代わりにロアーネを置いといたからきっと大丈夫だろう。ドロレスを名乗る自称十五歳の謎の美少女は、なぜかおじいちゃん方に拝まれるので、私の身代わりにちょうど良い。
そして私たちは懐かしい思い出や、最近のことを語り合った。
だけど一年前の事はみんな露骨に話題を避けた。そんなに顔に出てるかな私。
今年は遊牧エルフっぽい憎きイルベン人の侵略は来ないらしい。だけど未だにキンボの国のヴァーギニア南部は治安が荒れているようだ。
「みんな一つになって平和になればいいのに」
私がそういうと、みんなぽかんとした顔になった。
「うん。まあ無理なのは私も分かるよ。明確な敵がいれば、多民族同士も一丸になれるだろうけど」
だけどそれも一時的なこと。
「なるほど。四本角大山羊の時代ですね」
「アスフォートの時代?」
「ええ。はるか昔。この地を開拓するのに、アスフォートは人類の脅威となりました。そこでアスフォート討伐のために各国は力を合わせたのです。そしてハイメン連邦は四つの国で統治される不可侵の国となりました」
脅威を排除し、シビアン山脈の周辺に人が住めるようになった。
しかし魔物からしたら、人類の侵略である。アスフォートが自分たちの棲む土地から人を追い出そうとするのは当然なのかもしれない。
ほんのちょっとだけ、アスフォートを殺したことを後悔した。そうしなかったから沢山の人が死んだだろうからほんのちょっとだけ。
第四版カードの打ち合わせも少しした後、スペースに戻り、ぐったりしたロアーネを労って交代した。
「ティアラ様……ロアーネの墓はオルビリア宮殿の裏庭に作ってください……」
がくっとボロボロになったロアーネは死んだ顔でリアにもたれかかった。
こ、こいつ……、どさくさに紛れてリアに甘えやがった! ずるいぞ! 私も抱きつく! ぎゅっ!
ルアも一緒になって「お姉ちゃん私もーっ」と抱きついた。ぎゅっ!
そしてロアーネは、ぽよぽよと、ぷにぷにと、ぽやぽやに包まれて安らかに息を引き取った……。
「死んでませんよ……」
まだ生きてた。
さて。
その後、小一時間ふたたび私は働いて、ようやっと人が減ってきた。
周りのサークルも、みんな撤収の準備で身の回りを片付け始めた。
ふぁ~。お疲れさま~。疲れた。疲れたけど楽しかった。お風呂入りたい。
みんなで閉会の花火を見に外へ出た。まだ明るい空に、色とりどりの炎魔法が炸裂する。火薬が広まっていない世界での花火は人力であった。
「きれいですねっ」
「そう言うルアの方がきれいだよ」
ふっ。
「やだーっ。お嬢様の髪の方がお綺麗ですよーっ」
まあね。
カードゲーム愛好会に人が集まったのは、私を一目見る目的の人も多かったようだ。虹色の髪のぷにぷに幼女のにゅにゅ姫は、いつの間にか沢山の人を集めるアイドルになっていたようだ。照れる。
「アイドルというか、珍獣というか」
「珍獣じゃないもん……」
いい気分になっていたのにロアーネが水をさしてきた。
最近ロアーネの私への敬いが足りないと思う。べしべし。
「珍精霊ですよねっ」
にゃんだと!? ルアにまで裏切られた!
ルアはかわいいからいっか。えへへー。
「こほん。なんか私と対応が違いますね?」
「そうやって面倒な女ムーブするから嫌われるんだよ?」
あっあっ。口が滑った。
魔法でちくちく攻撃するのやめるのじゃ!
「だめですよお嬢様っ。女の子にそんなことを言ってはいけませんっ」
「女の子……?」
あっあっ。口が滑った。
物理でぷにぷに攻撃するのやめるのじゃ!
みんなと別れを告げて、楽しかった一日が終わる。
そしてこの日が私ののんびり生活の最後となるのであった……。
「夏休みだー!」
明日から夏休みである! のんびりからぐーたら生活にランクアップ!
勉強からの解放!
「溜まっているベイリア語と歴史のお勉強と、ダンスの練習をしないとですねっ」
わ、私のぐーたら生活……! い、いやじゃ……夏休みに勉強などしとうない……。
「まずは帰省の準備しましょうねっ。手紙によると旦那様が倒れてしまったようですのでお見舞いに行きましょうっ」
パパが倒れた!? ま、まさか戦争で負傷を……!?
私の直感はゾワゾワと嫌な予感がしなかったので、まあ大したことないんだろうなと告げていた……。




