9話:合法ロリいいよね
一応他にもつるつるの黒い丸い石とか拾ったけれど、紫水晶と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
今からこの石を加工してお守りを作ろうとしても、私だけじゃきっと間に合わない。奥方とメイド長を怒らせてしまったし、もう協力は頼めないだろう。
私は机の上に丸石を転がして、ベッドにぽふんとふて寝した。
よくよく考えたら、元々急な思いつきだったし、無理をすることはなかったよね。
無理がなされた。
翌日の夕刻、広い部屋に再び家族みんなが集められた。メイドさん方も揃っている。
奥方はメイド長から受け取った小さい木の箱を開くと、深紅のベルベット生地の中に紫水晶のネックレスが輝いていた。
な……いつの間にかきちんと装飾品として完璧な仕上がりで作られとる……。こ、これを一日で……?
私は奥方に隣へと呼びつけられ、屈んだパパの首にその紫水晶のネックレスを付けた。紐はメイドさん方の手作りで、私と妹シリアナの髪が編み込まれた物だ。エイジス教を表す月の文様が描かれている。
紫水晶はというと、私の描いたデザインがどことなく反映された形となっていた。流石に原石のままというわけではないが、全体が楕円に削られつつ、自然のままの雰囲気を残そうとしている。トゲトゲが邪魔だよねと思い角を丸くする案も再現され、紫水晶の半球が中心に一つとその周囲に六つが並んだ形となっていた。一見すると蜂の巣みたいなハニカム構造のようだ。花弁のようにも、雪の結晶のようにも見える。
なるほど。昨日の奥方とメイド長のやり取りは、職人を呼ぶ手配でもしていたのだろうか。本当に各所に無理をさせてしまった。職人方の作品になり、手作りお守り感は全く無くなってしまったが。
私何もしてない、と微妙な気分だったが、妹シリアナが「はーい」と石探ししたことをパパに伝え、タルト兄様もパパの代理として職人たちを動かしたとか自慢した。そして後ろでもじもじしていた私は立案者として担ぎ上げられた。わっしょいわっしょい。恥ずかしいのじゃが!
家族一丸となって作られたお守りにパパは感涙し「もう死んでもいい」とか言い出した。しんじゃだめ。
パパの出立の日。起きたらすでにパパは宮殿を出ていて、見送りすることはできなかった。
日が昇る前に馬車に乗ったようだ。
馬車の旅とかのんびりして楽しそうだな。でもいざ乗ってみたら二十一世紀のキャンピングカーがほしいなって思うんだろうな。憧れや観光気分と、現実的なローテクな旅はかけ離れているはずだ。不便さを楽しいと思えるのは、その先に快適さが待っているからだ。馬車なんて観光地の決まったルートを回るくらいが良い。
パパが居なくなっただけで、宮殿の中の静けさが増した気がした。家の中でのパパの存在感がそれだけ大きかったということだろうか。宮殿に勤めていた家臣の半分ほどを連れ立っていったので実際に人の気配は減っているのだが、それだけではない感じがする。
私が取り巻く環境は相変わらず。
だが、あれから奥方との関係は少し変わった気がする。
言葉は交わさないし、彼女の目つきが厳しいのは変わらないが、通り過ぎる時にふと視線を感じるのである。
だからといって特に何かあるわけでもない。最近の若いママはわからん。
実はツンデレで内心はデレデレなんでしょとかお思いだろうか。だとしたら全国のコンビニ店員のお姉さんは全員私に惚れていることになる。
だが、万が一ということもある。お釣りを手渡ししてくれるコンビニ店員のお姉さんは私に惚れているに違いないからだ。バレンタインにはチョコもくれるからな。
「ママ。おはおーごじゃます」
乗馬服に着替えてぽてぽてと庭に向かう途中で奥方に出会ったので、廊下の端に寄りながら挨拶をしてみた。
だけど彼女は無反応だ。石をどけたら虫が這い出てきたくらいの視線をくださる。
ワンスアポンナタイム。知ってるか、昔々あるところに、で始まる物語での継母はラスボスなんだ。
そしてそのラスボスが私を再び部屋に呼びつけた。
メイド長の他に、エイジス教のちっこいシスターまでいる。かわいい。なんでシスターがいるの?
「あなたはどこから来たのですか」
奥方の話を要約するとこうだった。
それとこう問い詰められた。常識はないが最低限のマナーを知っている。言葉はわからないが理解力はある。行動が大人っぽく感じると思えば子供と同様に振る舞う。
その答えは、汚れた魂が紛れ込んだ幼女である。
「それに時折、知らない言語を話すようですね」
あ、やべ。気をつけるようにしてたけど、日本語漏れてた?
「その虹色の髪に金色の瞳。別の国どころか人とは思えない。聞けば、泉の中で裸で漂い、記憶を失っていたそうですね」
そんなこともあったなぁ。四つ目狼に囲まれて、思わずリセットロードしようとしたところだった。ゲームでいえばオープニングムービーみたいなものだった。当事者として実際に体験してみると問答無用でピンチに陥らせるような出だしは勘弁してほしい。
「どこからきた。うー……」
私は異世界転生の事実を打ち明けても良いと思っていた。
だけどエイジス教には転生の概念がなかった。エイジス教では人は月の国から降りてくるのだ。死んだら大地の糧となるので、魂は輪廻しない。
「私、別の国のいた。ん。うー。寝た。夢? 私、森の泉にいた」
私は身振り手振りでわちゃわちゃと、知ってる言葉で伝えようとした。
理解したのか勘違いしたのか、おばさんメイド長がはらはらと泣き出した。メイド長が考えを周りに伝えると、なぜだかしんみりした空気が広がった。奥方ですらハンカチーフを手に取っている。
リア? どういうことリア?
リアは隣で私の手をぎゅっと握りしめた。また私なんかした?
悲劇のヒロインみたいな状態になっている私が、頭を働かせて逆に推測したところ、「身ぐるみ剥がされて誘拐されたことになってない?」と気づいてしまった。
私は慌てて立ち上がった。
「ちあう。ちあう。私、なんともない。げんき」
誘拐じゃないよアピールしたのだが、「旦那様に拾われてよかったですねぇ」と声をかけられてしまう。シスターも月の女神に感謝の言葉を捧げていた。
ちゃうねんて。
そうだ。本題は「私がどこから来たのか」であった。地球から来ました。違うな。日本国から来ました。これだ。日本、日の丸、日出ずる国……。
「私、太陽の国、来た」
場が一転、騒然とした。
あ、失敗したかな。人は月の国から来たと信じる宗教に対し、私は別のとこから来たよと言ってしまった。天動説に対して地動説ぶつけたような、アダムとイブに進化論ぶつけるようなことしてしまったかな?
どうしよう。どうしようか。
みんなと一緒におろおろしていると、ロリっ子シスターが私に尋ねてきた。
「月の国から生まれたのではないのですか?」
私は頷く。
シスターは奥方に何か主張する。「この子にちゃんとエイジス教を学ばせましょう」とかきっとそんなことを言っているんだ。
ロリっ子シスターに宗教勧誘されたらおっさんは断れないんだ、すまんな。エイジス教に改宗するわ。
あれ、そもそも洗礼受けてるんだっけか。
とにかく、今回の話し合いは無事に切り抜けた。
攫われた悲劇のお姫様になった私は、メイドさん方からより温かい奉仕を受けた。誤解ゆえに心が痛む!
奥方の冷たい視線も和らいだ。彼女の中の私がどうに変わったのかはわからない。得体のしれないものを忌避する感覚だったのだろうか。それなりに自身の生い立ちを答弁したことで、「よくわからないやつ」から「本人もよくわかってないやつ」にクラスチェンジしたのかもしれない。
さて、もう一つ変わった点として、私にロリっ子シスターが付きまとうようになったことである。
このロリっ子シスター、どうやら合法ロリらしい。
おっさんは合法ロリに弱い。合法ロリいいよね。
大人の頭脳で小さい身体というアンバランスさがいいんだ。こんなことは到底人前で言えないけどね。ちっこい子かわいいよね。
そして私は気がついてしまった。それで言ったら、おっさんの頭脳で美幼女の私はその究極系なのではないかと。
かわいいの法則が乱れる!