87話:文化祭へ向けて
もう一年生の講義はないのだが、私は学校へ向かう。文化祭への出し物のためだ。
ノリで参加を決めたものの、一週間で発表物とでっち上げるのは、例えばコミケにギリギリでコピ本を作るような状態である。
そしてその際に重要なのは妥協点。一部分だけに力を入れて、他は手抜く。将棋的な元のニュアンスで、そこはとりあえず置いといて、する。
私は朝からデュエルスペースに集まったカードゲーム愛好会メンバーの三人にそう伝えた。一人は侍女ルアであり、一人はヴァイフ少年であり、一人は魔法工学志望のエンマさんである。身内グループだけで二年生がいないのは、他の研究会にすでに入っており、そちらで忙しいからだ。
連絡手段がこのデュエルスペースの掲示板しかないため、むしろまだみんなカードゲーム愛好会が文化祭に出展することすら知られていないかもしれない。
「で、結局何を発表するんだよ」
ヴァイフ少年は椅子を傾けぐらんぐらんとさせて座っている。「そんなことよりデュエルしようぜ!」とすでに言い出しそうな雰囲気だ。
「発表内容は未来のカードゲーム。そこで魔法工学志望のエンマちゃんに色々と意見を聞きたい」
「えー。そんなこと言われても私だってまだ魔道具店のアルバイトを三ヶ月してるだけだよ?」
しかしまるっきりド素人よりマシであるだろう。ルアなんか久しぶりの魔法学校で周りの様子ですでに気もそぞろだ。わーわーとあちこちうろうろして学販をキョロキョロしている。放っておこう。
まあロアーネがいればいいだろう。
「私はカードやらないんですが?」
私を監視するとか言いつつ、休日は部屋でごろごろしがちな合法ロリさんを学校へ引っ張り出した。
「子ども三人しかいないんだから助けてよ」
「ドロレスも同じ一年生十五歳なんですが?」
そもそも姫の女官を名乗る時点で「お前素人じゃないな?」と先生方に感づかれているロアーネ仮名ドロレスさんであった。
「光魔法得意って言ってたじゃん。光魔法って光学迷彩とかできるの?」
「コーガクメーサイ?」
「えっと、カメレオンみたいな」
「カメレオン?」
日本語しかわかんねえ! なんて伝えればいいのかわかんねえ!
「えっと、光魔法で周囲をあざむくような……」
「なるほどありますよ。周りの景色と同化して隠れる魔法ですね」
ロアーネの姿が魔力で包まれ、姿が壁の白や椅子やテーブルの薄茶色が混じったまだら模様になっていく。近くで見たらあからさまだが、遠くから見たら迷彩になりそうだ。
エンマさんがロアーネの魔法に手を叩いた。
「光魔法ってこんなことができるんだね」
「灯りだけじゃなかったんだな。すげー」
得意気な顔のロアーネがパチンと指を鳴らすと魔法が解けた。なんかイラっとしたのでぽぽたろうをその頭に乗せた。
「光魔法が光を生み出すだけじゃなく光の屈折ができるなら、MR(複合現実)もできそうだね。よし」
「えむあーる?」
「要するにホログラムだよ」
「ほろぐらむ?」
日本語しかわかんねえ! なんて伝えればいいのかわかんねえ!
「光であたかも目の前に実在するかのように見せる技術だよ」
「なるほど。幻影魔法ですね」
「そう! そんな感じ!」
というかあるのか幻影魔法。聞いたところ、どうやら幻影魔法は水魔法で霧を作って光と影を投射する魔法のようだ。
「それで、その魔法ホログラムを未来のカードゲームの姿として発表しようと思うんだ」
ヴァイフとエンマとルアはこてんと首を傾げた。ルアは話を聞いていなかったからわかるはずがないけど。
ロアーネはふむふむと腕を組んで頷いた。
「先進的すぎてわかりませんね」
「わからんのかい!」
ぽにゅ。私はロアーネの頭のぽぽたろうにチョップした。
「カードと、カードゲームをするこの机。机自体を魔道具化するの。中に魔法式の組み込まれたカードを魔道具の机に置くと、カードのイラストがえいぞうか……えと、幻影化して浮かび上がるんだ」
「それでどうなるんですか?」
「え? それで終わりだけど……」
カードからホログラムが浮かび上がる。夢のような未来技術が魔法があるこの世界ならすぐに実現できるのではないかと考えた。しかし思ったより食いつきが悪かった。
「人形を置いたのではダメなんですか?」
「違うのだ!」
わからないか。わからないよなー! そもそも映画館がない時代なのだ。「なにもない空間に映像が!?」というインパクトはそもそも映像というものを知らないとイメージできないだろう。
しかしロアーネの人形の言葉でエンマさんは「光の人形を作るわけね」と想像できたようだ。
私は頷いた。
「普通の人形でも視覚化という点では同じだけど、見せるのは未来のカードゲームだからね。未来だから実現したものはなくていいし。カードに埋めた光魔法の魔道式の魔道具で幻影を作り出す。そのイメージを発表するのだ!」
ばーん!
ぱちぱちぱちぱち。手を叩いたのはルアだけだった。驚くほど誰もノッてこなかった。
え? そんなにダメ?
「うーん……実物がない発表にしては少し地味じゃない?」
「光の人形を生み出す魔法を編み出したわけでもありませんしね」
「なんかもっとないのかよー」
むぅ……。ホログラムがダメなら……。
「魔道具ヘルメット被ると、あたかも全く別の場所にいるような体験ができるようになるとか」
ただのVR(仮想現実)だけど。
「そっちの方が面白そう!」
「なるほど。この札遊びでいうと戦場の体験ができるわけですね」
「すげー! 光の人形よりいいじゃん!」
ええ……。VR使ったカードゲームは私の理想とは違うんだけどなぁ。
確かにVRはすごい。すごいが、現代日本では未来ではなく身近な技術だったのだ。
私が不満そうにしていると、静かに聞いていたルアがぴょこんと跳ねた。
「あっ! それなら両方混ぜたらどうですかっ!?」
ま、混ぜる……? そもそもMRがARとVRを混ぜたリアリティの意味なんだけど……。
「例えば、この部屋自体を幻影魔法で違う場所にしちゃうのですっ!」
ふむ……ふむ? あっ。ああなるほど! 4Dか!
4Dといっても3Dに時間軸を加えたものではない。3Dに風を加えた体感型映像アトラクションのことだ。つまりデュエルスペースをまるごと魔道具化して、光魔法で映像モニター化。そして音や熱や風の感覚を与える。目の前にはカードから浮かび上がる光の人形の戦士たち。
アイデアが浮かんだ私は夢中で紙に書き出した。
そしてその4Dカードゲームを実現化するための光魔法の概要をロアーネに任せる。魔法式自体は書かなくても、実現可能である魔法であると思わせればそれでいい。
4Dデュエルスペースへの魔道具配置はエンマさんの知恵を借りて、建造物を描くのが得意なヴァイフ少年が描いていく。
ルアはお茶を淹れてくれる。おいち。
さらに一週間かけて、アイデアを書き込んでいく。負けたプレイヤーが爆発するのは調子にのってやりすぎたのでボツ!
さらに戦争カードゲーム自体の概要を書き出したり、オリジナルカード募集の紙にテンプレートを加えたり、デュエルスペースに顔を出した愛好会メンバーと共に発表内容を作り上げていった。
そして文化祭前日。
クソでかい大ホールの隅で設営を始める。机に白い布かけて、紙並べて、ボードに紙貼って。カードの実物を展示して……。
そしてスタッフを呼んで、発表内容の確認を頼んだ。
やってきたセクシー先生は発表物に対して質問をしながら、ふむふむと手にした紙にチェックを入れていき、無事に合格!
「それでは明日は来客者に粗相のないようにお願いいたします」
「はい!」
私は粗相なんてしないぜ!
おじいちゃん教官がてこてこと杖を突いて歩いていたので、私たちの成果を見せるために呼んだ。おーいおじいちゃん教官!
「なんだね?」
「見て見てー」
ぴょんぴょん。両手を振って私はおじいちゃん教官を迎えた。
「ふむふむ。これは札遊びのスペースかね」
「そうだよー。未来の札遊びの想像図を書いたの!」
小学生に毛の生えたような内容になってしまったが、実際毛の生えていない小学生の年齢なのだから致し方ないだろう。
「なんだねこれは。MR……マァジリアリティとは……」
「魔法幻影空間のことだよー」
「部屋をまるごと幻影魔法と光魔法と、そして音と風と熱……ふむ。実現するための魔法式がないようじゃが」
「習ってないからわかんなかった!」
だってぴっかぴかの一年生だもの。上級生が書いた既存の魔法式に「こんな効果へ改造します」としか書かれていない。
「ふむ……子どもにしてはよく出来ておる。光魔法についての記載は細かいがこれは……」
「ドロレスが担当しました!」
「私が書きました」
おじいちゃん教官はびくんと身体を震わせた。相変わらずロアーネに弱いらしい。
「光人形、これは実現できまるのかね」
動揺して変な口調になったおじいちゃん教官にロアーネは「ええ」と一言答えた。
そしておじいちゃん教官は、孫を見る顔からマジな顔に変えて貼られた記事を読んだ。
「多層構造にして魔法式を札に挟み込み……魔道具の机と接触して接続を……?」
カートリッジならぬカードリッジ。なんちゃって。
おじいちゃん教官が思ったよりも興味津々に見ている。
「中々興味深いアイデアじゃった。これは君が考えたのかね」
「はい!」
戦争カードゲームには裏表があるため、カードの識別と状態チェックの判定を入れたのだ。入れたというか、一文書いてあるだけだけど。
「さすがロアごほん、優秀な女官を従えているだけある。君は二年次で魔法式を専攻するのかね」
「いえ? 一年で卒業するつもりですけど」
「なんと!?」
おじいちゃんはロアーネをちらちらっと見た。ロアーネはこくりと頷いた。
魔法学校はいつでも再入学できるので、進級して続けて通う人は少ない。もし通うならば基礎課程修了の証で魔法を使った職で数年学費と生活費を稼いでから二年生となる。
お金があるから続けて二年生になってもいいのだけど……オルバスタが戦争で最前線となって危ないから避難のためにも私はここへ送り出されたのだ。今年中に戦争が終わるなら帰ってこいと言われるだろう。
まあ、パパのことだからわがまま言えば通わせてくれそうだけど。
そしたら今度はリルフィのパパの元に避難しているシリアナが文句言いそうだな。私が魔法学校に通うと言った時にも「アナも一緒に行くー!」と騒いでいたし。でもほら、シリアナはアホの子だから……。
「そうじゃな。ではまた大きくなったら学びに戻ってくるがよかろ」
「気が向いたらね」
「ふぉふぉ。明日も誘いにくるとしよう。ではの」
おじいちゃん教官は私の頭をぐりぐりして去っていった。髪が乱れた。てしてし。




