86話:打ち上げ
さて。
愛好会でも文化祭に参加できるようなので、ギリギリの申し込みをその場で済ませた。発表テーマの内訳は「カードゲームの未来」としておいた。スペースは屋内の空いてる隅っことなった。コミケだったら壁サークルなんだけどなぁ……。どちらかというと雰囲気はTGSのようなので、木っ端インディーゲームスペースみたいな感じである。
期限ギリギリだし、できたての愛好会だし、一年生会長じゃしゃあない。むしろよく書類が通ったものだ。
「会長。発表内容はどうするんですか? 一週間しかないですけど」
たまたまデュエルスペースにいたのは、真面目そうなのにカードゲームにどっぷりハマってしまった二年生の副会長くんだ。
「メインの部分は私がでっち上げるから任せて。イラストメインにするからすぐできる。来る人はみんな戦争カードゲームの事自体を知らないと思うから、みんなはゲームの概要を大判の紙一枚で書いて。それとノートの四分の一のサイズの紙を用意して貰って、それに一枚ずつ『自分の考えたオリジナルカード』を考えて書いてもらう。それらを並べて、お客さんにもアイデアを出してもらう」
素早くメモ帳を取り出してメモを取るできる副会長。さっそく彼はデュエルスペースの掲示板に貼る愛好会への連絡事項を書き始めたので、私はそれに満足して学販を後にした。
おおい! ヴァイフ少年! もう帰るぞ! おーい!
デュエル始めてしまったのでしょうがない。私たちは学販を見てしばしの時間を潰した。
負けて二戦目を始めようとしていたヴァイフ少年を未開封パックで釣り出して、馬車でみんなで家にむかった。
「たらいまー!」
「おかえりなさいませティアラお嬢様。クラスメイトのみなさんもお待ちしておりました。本日は前期修了おめでとうございます」
「いいからおばちゃん。みんなお手洗いするのよー」
モランシア家のメイド長さんの挨拶を切って、私は洗面所へ案内した。手洗いを普及させて玄関近くに水を使える場所を用意したのだ。ちなみに排水だけ作れば水は魔道具で出てくる。水回りの工事はいらない。魔法機器まじ便利。じょばー。
「わたすの手が白くなりました!」
「笑いにくいボケはやめろ!」
ぺちん! 私はビリーの黒光りするムキムキの腕を叩いた。
人種差別は法律で禁止されて奴隷というものはすでにない世界ではあるけども、やはりこの世界でも黒人に対する偏見や差別は大きい。正直私もビリーが陽気なアフロじゃなかったらあまり関係を持とうとは思わなかったであろう。
今日モランシア家に連れてきたが「学校で暗森人の友達がいる」と言ってあるので、下男扱いはされないはずだ。
まあ、興味本位でじろじろ見られるくらいは我慢してくれ。
「それじゃあみんなディナーまで何して遊ぶ? 私のガラクタコレクション見る?」
「ガラクータですか?」
私は屋敷の遊び部屋に案内した。通称ガラクタ部屋である。
最近のおすすめは、コロコロ転がりながら丸い穴からピカピカ光る謎のボールである。
「なんでぃすかそれ」
「かわいくない?」
「かわいい!」
ビリーは首を傾げたが、ソルティアちゃんはかわいいと言ってくれた。かわいいよね!
「これいくらだったんだ?」
ヴァイフ少年がピカピカボールを転がしながら尋ねてきたので、「銀貨一枚」と応えた。そしたらヴァイフの動きが固まってしまった。
「一万テリア……カードパック二十個分……」
勉強苦手なくせにカードパック換算早いな。なおパン換算だと約四百個である。
お高い理由はこれ、小さいながらも電池のような役目をする魔法結晶がはめられているのだ。
なので魔力を込めて手から離しても光りながら転がる。
「貴族の玩具初めて見た。じゃあこっちの雑然と置かれてるのもなのか?」
「その辺のは五百テリアくらいだから安心して」
「これ一個でカード一パック分……」
だめだ。ヴァイフ少年の脳はカードパックでしか考えられなくなってしまっておる。一体誰が彼をこんな風に……。そう私です!
「にゅにゅちゃんは魔法工学に進むデスか?」
「え? そのつもりはないけど……」
百円均一(全商品百円でない)な店に行った時に、どう見ても要らない「スマホの画面が大きく見えるフィルムレンズ!」とか買いたくならない? ならないか。そっか。通じるわけがなかった。
私がそんな風にちょこちょこ露店でガラクタを買うので、チェルイの露店通りはちょっとした好景気となっていた。いかに虹色の髪のぷにぷに幼女の興味を惹く商品を入手するかの商戦が行われている。しかしあからさまなゴミや詐欺はスルーするので、ガラクタといいつつ露天商に並ぶ商品の質が上がっていた。
そうそうあの中古ジャンク魔道具ショップの露店とも仲良くなったよ。このピカピカボールも、ビリーと騒ぎを起こした露店から買った玩具である。
「おっ! これ魔法ロッドじゃん!」
「ほしい? あげるよ」
「まじで!? いいのか!?」
ええよー。ヴァイフ少年が子どもの目をしてぶんぶんとロッドを振っていた。子どもだけど。
「にゅにゅ姫ー。これなんですかー?」
ソルティアちゃんは金色のお魚を手に抱えていた。
「シャチホコだ……」
「正解!」
さすがヤフン人のゴンゾー! 正解! クリトリヒ首都スキーンでの万国博覧会で売られた真鍮製のシャチホコだ。実在する魔物であるらしい。
実在することには驚いたけど、シャチホコがシャチホコなのがもっと驚いた。そういえば梅干しも梅干しだし、味噌も醤油もそのままでゴンゾーに通じた。
――私は、やはりこの世界のベースは地球に酷似した世界に魔法を加えたものではないかと考え始めた。
そう確信したのはやはりヤフンこと日本の存在だ。
おそらく私が住んでいる元ヨーロッパでは、魔法の存在によって地球とは文化や歴史が変わったのだ。身近なところでは風呂文化。欧州では流行り病は水から伝染するとされ、古代ローマから続いた銭湯文化は途絶えた。しかしこの世界では教会による回復魔法がある。それにより黒死病などパンデミックは起こらなかったのではないだろうか。……いや起こったかもしれない。黒死病はネズミの蚤を媒介とする説が有名だが、人への大流行は人の蚤や虱からの感染の説もある。だとしたら猫人族が被差別民なのはそのせいもあるのかもしれない。ゆえに猫人族の耳をモフモフする文化が無かったのだ。
さて、ではヤフンが日本と大きく変わらなかった理由はというと、やはりそれは島国であり、外国からの影響が少ないことが大きいのではないかと思う。
すると、日本の文化に大きな影響を与え続けた中国……清も大きく変わらないのではないか?
「《ねえねえゴンゾー。ヤフンの隣の大陸の国ってなんていうの?》」
「《大陸の一部はヤフンだら。んでその周りにゃあ国は無数にあっぞ》」
なんで!?
いや、中国大陸は一つになってはすぐバラバラになってたか。大陸の一部はヤフンって、満州国は時代的に違うよな?
「このブルブルおもちゃなんでしょうー?」
あ。ソルティアちゃんがコード付きの先が丸いブルブル玩具を手にしてしまった。
そ、それはくすぐって驚かせる玩具だよー。
「これってシビアン兎の魔石ですよね。クズ魔石ですけどなるほどー玩具になるんですねー」
「知ってるの?」
「はい。お肉が美味しいのですよ。私が初めて狩った魔物も兎でした」
ほほう……。
「この魔石、私が考えている玩具ができれば需要増えると思うんだよね」
「ほんとですか!? 我が家の倉庫に沢山ありますよこれ! でしたら父に捨てないように手紙で送っておかなきゃ」
ほほう……。図らずとも量産の目処が立ってしまった。
ヴァイフ少年がビリーの背中にブルブルを入れて、ビリーは「はう!」と背中を反らしてむずがった。そういう光景は需要がないのじゃが?
そしてディナー。お肉! お肉! ステーキ! おいしい!
なるほどこのやわらか直火焼き。炎魔法シェフの腕だ。意外と生活でも使えるんだな炎魔法。もきゅもきゅ。
む。この赤いのはチリソース?
普段は食卓に並ばないけど、私の友人が来るから色んなソースが出されているのか。
実は私は辛いもの好きだ。インドカレー屋で上限超えた辛さを注文し「インド人はこんな辛いの食べないヨー……」と言われてしまうくらいだ。カレーは普通の辛口では甘くて食べられないほどだ。
しかし私は幼女になってから辛いものをあまり食べてこなかった。ここは一つチャレンジしてみるか?
もぐ……げふっごふっ。むせた。辛い! 辛くて美味しい。しかしこの真っ赤なソース、本当はそこまで辛くないはず。この幼女舌が激しくカプサイシンを拒否している!
汗と涙と鼻水が出る。脳が劇物だと騒いでいる。
それがとても気持ちいい!
「お嬢様っ! 無理をなさらないでっ!」
ルアが私に水を差し出すも私はそれを受け取らない。なぜなら辛いものを食べているときに水を飲むのは悪手だからだ。ラッシーこそベスト飲料なのである。ないからヨーグルト食べよう……。
「からうまー」
チリソースおいちかった。口の中がひりひりして、ぽんぽこお腹がかっかと騒いでいる。これは、おトイレが地獄になるな? チーズ食べて被害を抑えよう……。
ビリーは平気で食べているから、やはり私の辛さ耐性が低いのだろうな。つまり、ちょっとの辛さで激辛体験できるからお得! はひー。ふひー。ふほー。
私は隣のロアーネのお肉の一切れにチリソースをかけた。にこっ。食ってみろよ。飛ぶぜ?
ロアーネは拒否するかと思ったら、そのままぱくりと口に入れて、ぷるぷると震えだした。涙目でもきゅもきゅ咀嚼して呑み込んだ。そしてナプキンで口の周りを拭き、汗を拭った。辛いの顔に付くよ?
「……まあまあの辛さですね」
絶対やせ我慢じゃん。おもむろにチリソースを手元から遠ざけてるし!
ペでヤングな獄辛担々食べたら美味しかった【PR】
 




