84話:学販デュエルスペース
今日もレストランでロアーネとソルティアちゃんとで、学内のレストランで食事を取る。ここにはほとんど貴族か先生しか訪れない。平民にはお値段がお高いからだ。
学食のプレミア感に興奮したのは最初だけで、代わり映えもなく選択もなくバリエーションに乏しい学食は、ソルティアちゃんが音を上げる前に贅沢舌の私が飽きてしまった。
そういうわけでお昼はレストラン通いなのだが、レストランとは元々健康志向な食事処の事である。そしてこの時代の健康志向と言えば、とにかく野菜食え、というメニューであり草。草ばかりである。まあこれは現代日本でもあまり変わらないか。
とにかくお肉はなく、しかしオルバスタのソーセージ生活にすっかり慣れてしまった私はお肉が欲しかった。おにきゅ!
私は主張した。ソーセージは健康に良いと。特にハーブを練り込んだソーセージなんてもはや野菜だ。もちろんそんなことはない。しかし私が小さい手足をわちゃわちゃさせて主張した結果、私はベジタリアンどもに勝利したのだ。
周りを無視して私たちが勝手にソーセージを食べ始めたら、周囲も肉欲(お肉の欲)に負けただけともいう。
まあ、そんな与太話は置いといて。
午後一時から三時が実技授業となっているが、二時間ぶっ通しで魔法弾を練習している人は少ない。そもそも魔力消費の少ない魔力弾とはいえ、そんなに立て続けに撃っていたら疲れる。なので適度に休憩してダベって魔法弾を撃つゆるい授業だ。おじいちゃん教官は椅子に座って眺めているだけだし。アドバイスを求める子に答えるタイプの先生だ。
要するに練習はフリーなので、三時前に離れてもいいし、一時きっちりにレーンに行く必要はない。そういうわけでお昼ごはんの後はだらだらっとしがちだ。
そんなお昼時間に私は行く所がある。学校販売所マジマジ堂だ。
ここにはノートや鉛筆などの文房具から、フラスコやビーカーなどの実験器具。それと照明やカメラの魔道具。髪留めなどのおしゃれ用品。手作りアクセサリ。お昼寝クッション。老眼鏡。
生徒から先生までの要望に応えた商品を取り揃えている。
そして今ではカードゲームも売られているのであった。
「おらぁ! 石弾魔法使いに塹壕を加えて炎弾魔法使いに攻撃!」
「うわぁ! それされるとギリギリ反撃ダメージで殺しきれないんだよなぁ」
マジマジ堂の一角ではテーブルと椅子が並べられ、デュエルスペースとなっていた。
行われているのは戦争トレーディングカードゲーム。ついに学販でも販売開始されたのだ。
永世中立国で、しかも周辺国でガチの戦争している状態で戦争ゲームなんか流行るのかと思ったが、思いの外受けた。むしろそういう状況下だからこそ若者に受けたのかもしれない。
そしてこのゲーム。知的ゲームとして講義中でなければ校内で遊んでも良い公認となっていた。
「会長! 地形カード塹壕の防御強化強すぎます!」
「いいや、お前の持ってる魔法弓兵の射程と攻撃力の方がおかしいだろ! ね、会長!」
「でもこれはレアカードだし。強いのは当たり前だろー!」
二人が言い争っているが、魔法弓兵の射程は3。後列から敵の前列に攻撃ができ、攻撃力は5で壁でなければ大抵のユニットは一撃の、レアでも確かに強力なユニットだ。そして弓兵であるから防壁カードに隠れることができるのだ。現在販売している第三版の目玉カードである。三版を表すⅢの文字がレアカードを表す黄色でシンボルマークとして書かれている。
この第三版からは令和では当たり前なレアリティ表示がされるようになった。初版や第二版はレアリティ表示のことを知らなかったキンボがデザインしたため、それがない。ゆえに初版は将来的にものすごい価値が出ることだろう、くくく……。だけど私は最初から多く流通することを前提にカードバランスを考えていたため、なんとかロータスのような一枚うん百万円になるようなカードは出ないだろうな。
あるとすれば、スキーンで起こった列車未遂事故記念のにゅにゅ姫カードはもしかしたらプレミアが付くかもしれない。射程1だが攻撃力10の超高火力バカカードである。しかも反撃を受けない。ただし防御力1なのですぐ死ぬ。もちろんそんな記念カードは10枚も持っていても私は使わないが。スリーブもない時代なので、額に入れて大事に飾っておくのだ。
みんなが私を会長と呼ぶのは、私がこのゲームの考案者であることを知っているからだ。そしてカードゲームの会の会長となった。
みんなが遊んでいるのを間近で見て意見を聞くのは確かにゲームバランスの取るのに参考になるのだ。だけど安易な弱体化の修正は出さない。違う方法で弱体化させる。それは対策カードである。例えば塹壕に対して強いカードを出して、塹壕が強い環境を変えるのだ。例えば上空からの爆撃を追加するとか。爆撃によって塹壕の効果を無効化するなど。
しかしまだ空の概念は早いか? だがすでに気球からの攻撃は実在していると聞く。しかし気球は魔法弓兵にスナイプされてすぐ落とされるので、捨て身の偵察にしか使えない。上空からの偵察は強ユニットなんだけどね。それゆえどの町でもみんな弓兵を持っているわけだけど。私が森で拾われた時の、パパの近衛が銃ではなく弓兵だったのもそういうことなのだろう。
話が逸れた。
「うおおおお! 魔法弓兵きたあああ!」
「まじか竜騎兵三枚でトレードしてくれぇ!」
パック開封で盛り上がっている。みんな元気じゃのう。
こんなに騒いでも怒られないのは、遮音の魔道具でスペースが区切られているからだ。とはいえ完全に音が消せるわけではないから、店員さんがちらちらとデュエルスペースを見ているね。そろそろ叱られそう。
「みなさん静かに! 声量はほどほどに!」
「はい! 会長!」
その返事がでかいねんて。
「にゅにゅ姫! おれの勝利を祈ってくれ!」
ヴァイフ少年がカードパック片手に現れた。こいつ、親が役人で裕福で仕送り生活で悠々としているはずが、戦争カードゲームにハマりすぎて生活費に困る貧乏学生生活になっていた。今では学校に来る日よりもバイトの日の方が多い不良学生だ。元凶がカードゲームであるから少し心が痛むが、パック欲を我慢できない少年が悪い。
まあ、現代日本で考えたらまだ小学生の男の子だもんな。小学生の男の子は馬鹿だ。中学生になっても馬鹿だ。高校……あれ? 賢い年代がないじゃん。
「こい! ぐあー! またハズレレアだー!」
ヴァイフ少年が引いたのは諜報員のカード。その名の通り戦闘力は低いが、相手の裏向きのカードを表向きにできる能力を持つ。しかも諜報員が表向きであり続ける限り、相手の出すカードは裏向きに置けなくなる。
――そうそう、忘れていたが、戦闘を行うユニット以外にも、先ほどの戦場での能力を変化させる「地形カード」や、使い捨てで効果を発揮する「戦術カード」が追加された。それと強ユニットには表向きになった時にコストを支払うシステムとなった。(手札を一枚捨てたりなど)
がっかりするヴァイフ少年。子どもは「でかい数値! イコール強さ!」な単純な思考だからしょうがないね。
私はヴァイフ少年がカモられないように声をかけた。
「それ攻撃力はないけど強いからね。交換しないで取っておくといいよ」
「え? まじか。みんな弱いって言ってたぞ」
なんか早くも情報操作がされている予感がするな? 初心者に「これ弱いよ」と噂を流して有利に交換させる気配が!
ここ学販がデュエルスペース化しているからといって、シングルガードの売買が行われているわけではない。よって、ショップ価格という参考値がないのだ。一応カードゲーム愛好会会長として、「カードトレードは原則レアリティで一対一」と言ってあるけど、それでもレアとアンコモンを交換する初心者が多発している。双方が納得しているなら別にいいけど、情報操作までされると娯楽の環境として良くない。
私は大判の用紙と筆とインクで、でかでかと「鮫行為禁止!」と書いて、壁にピンで止めた。
「会長? 鮫ってどういう意味ですか?」
あ、通じるわけがなかった!
「ところでロアーネって、庶民はバカだから戦争カードゲームは流行らないって言ってなかったっけ?」
「知らない」
ぷいっ。ロアーネは顔を逸した。
こ、こいつ……私の真似を!?
※シャークとは、トレード相手を騙して価値に合わない取引を持ちかけることです。ちゃんと釣り合わないよと説明した上で初心者が納得するならいいけど、それでもやっぱり後々トラブルの元になるやつ。




