83話:チェルイ町の秋葉原通り
※分けられなかったのでちょっと文字数多め
今日はお休みの日。チェルイの街をルアと歩く。
チェルイの街は魔法学校がある以外に特色がなかった。ゆえに、お店や露店では魔法に関するものが沢山売っている。
私が店でまず注目したのは学長室でメイドさんが使っていた湯沸かしポット、電気ケトルならぬ魔石ケトルだ。
「これ便利ですよねっ」
魔道具店で商品を見て回る。魔石ケトルは高級品だがめちゃくちゃ高いというほどでもない。魔法学校の学費二ヶ月分くらいだ。つまり一般人でも二ヶ月貯金すれば買えるくらい。現代だとそこそこな高級家電くらい。でも魔力がないと使えないけど。
逆に言えば、魔力さえあれば金属ポットに水入れて、スイッチである魔石に指当てて魔力を込めればポットを温めてお湯にすることができる。お湯が沸くまで指を当てていないといけないから、電気家電より便利かというとそうでもないけど。でも野外で電気が無くても使える。
商品を見ながらルアときゃっきゃしていたら、赤毛をまとめた店員さんがひょっこり現れた。
「あらーにゅにゅちゃん。また何かお買い物?」
「頼んでいたやつ、できたかなーって」
「あーこの前の時に依頼していたやつね。店長ー! にゅにゅちゃんが来ましたよー!」
この赤毛の店員さんは同級生のエンマさんだ。一日置きにバイト店員をして学費と生活費を稼いでいる。同級生は二百人を超えると聞いていたが、同じ一日置きのシフトの子とはよく顔を合わせるので少しだけ覚えている。
こちらは覚えて無くても学校一のちんちくりんとこの長い髪のせいで、にゅにゅ姫の名前が知れ渡っており、学年違いのお姉さんからも話しかけられて困る。
バネでぷらんぷらんと玉が揺れる謎の魔道具を突付いて遊んでいたら、店の奥から短髪褐色筋肉お兄さんがぬっと現れた。店長であるお兄さんは腋に木の箱を抱えている。
「おーちっこい姫ちゃんか。試作品ならできたぞ。試してみるか?」
「試す!」
店長は木箱を私の目の前のテーブルにとすんと置いた。
開いた木の箱の中には30センチメートルほどの鉄砲のような筒がおがくずのクッションの上に入っていた。その筒の口径は拳ほど。そして木製の柄の左右に魔石が付いている。
私はそれを片手で握って試す……試そうとしたが手が小さくて上手く握れない。仕方がないので両手持ちだ。両方の魔石に魔力を込めるとむおーんと音が鳴った。
「動いた!」
「わーっ」
だけどこれ私が使っても試せないな。ということでルアに渡す。
そしてルアは私の頭に向かって魔道具を使った。するとふわーっと温かい風が私の髪を撫でた。
「どうだ姫ちゃん」
「いい感じ!」
「わーっ! お姉ちゃんの魔法みたいですねーっ!」
そう、これはドライヤーである!
「あとはこの先端に安全のための金属の網が付いてるといいかも。それと持つ所とか全体が女の子には大きいから小ぶりにして」
「なるほどな改良しておく。完成品ができたらモランシア家に届けますぜ」
やったー!
モランシア家のメイドに不満があるわけではない。だがこれでハンディセルフ乾燥ができるようになる!
私は用事もなくぐるりと店内を見て回り、もう一度謎の玉がぷらんぷらんと揺れる魔道具を突付いて遊んでから店を出た。
このような工房付きの店舗だと、当然ギルドに入っているので誠実な商売だが、露店はいかにも魔法学校の学生を騙そうとするガラクタばかりを並べていた。だけどそんないかにも子供だましが意外と見てて楽しい。代わり映えのない家電量販店の商品よりも、秋葉原の亡きラジオ会館や裏通りの怪しい外国人の露店のガジェットの方がワクワクしたのと同じだ。
まさにそんな怪しい外国人露店。店のおっちゃんも西のスパルマ共和国から流れてきたのだろうか。私がしゃがみこんで、謎のガラスがはめこまれたリングや、てんとう虫のブローチのようなものを手にするたびに、髪を後ろで縛った皺の濃い顔のおっちゃんが訛ったクリトリ語で説明して売り込んできた。
「嬢ちゃんソレすごいよ。ガラスを月の光に当てると服が透けて見えるデスね。透視のリングよ。お買い得ね。二万テリアのところ二千テリアで売るね。今だけ。今だけよ。明日には四万テリアになってるカラね。そっちのブローチはあれよ。それもすごいよ。それ魔除けね。雷神の槍をね、防ぐのね。それで命が助かった婦人いるよ。それも二万テリアよ。でもまとめて買ったら四千テリアでイイよ。明日には四万テリアよ」
ロアーネがいないため私には真贋がわからないが、透視リングは絶対に嘘だな。ロアーネに見せたら店主をぶん殴りそうだな。しかも金貨一枚相当の価格を四半銀貨一枚相当まで値下げるとか余計に怪しさを増している。
買おう。
ブローチの方も本物の魔除けには魔法結晶に魔法式が刻まれているはずだ。いちおうてんとう虫ブローチの背中にちっこい魔石が付いているが、どう見ても雷を防ぐほどの力は持っていない。
買おう。
「ねえねえおっちゃん。紙幣じゃなくて四半銀貨で払うからさ、二枚でこれもおまけ付けてよ」
「ええよ。それ本当は五千テリアだけどね。嬢ちゃんかわいいからね。ありがとね。後ろのお姉ちゃんも何か買っていくとイイね」
ルアは心配そうに私に「お金は出しますけど、本当に買うのですかっ?」と耳打ちしてきた。買うのだ。男の子はね、変なガジェットを見かけるとついつい買っちゃうものなんだ。女の子がついついコスメ買っちゃうのと同じものだ。知らんけど。
私はホクホク顔で買ったガラクタ二つをバッグの中のぽぽたろうと一緒にしまった。ぽぽたろうの毛の中に入れておくといいクッションになるのだ。
そしておまけに付けてもらった、出来の悪い精霊カードの偽物を眺める。ブサイクなにょろにょろ精霊がそこには描かれていた。
「ルアはこれ何の精霊だと思う」
「えーわかんないですよっ。蛇じゃないですかっ?」
「そうねソレ蛇ね。ルゴンダラよ」
誰だよルゴンダラ。
どうやら金運の蛇だそうだ。小さい子供を騙してガラクタが売れた店主にとってはきっとまさに金運の蛇だったろうな。
ここは異国とはいえオルバスタのオルビリアから近いし言語も貨幣もそのまま使えるので精霊カードは早くから流れて来ていたようだ。謎の創作偽物精霊カードコレクションはかなり面白い。勝手に作られるだけあって地方のご産地精霊がデザインされていたりして、中にはそのまま正式採用しても良いものもある。金運蛇もデザインし直せばこのままカード案で使えそうだ。
さて、他も見て回ろうと思ったら怒声が聞こえてきた。どうやら客と店主が言い争いしているようだ。なんじゃなんじゃと背伸びして覗いてみたら、黒人アフロが店主の胸ぐらを掴んでいた。
いやまさか黒人アフロとかありふれてるよな。いやこの土地ではまだ他に見たことがない。やっぱりビリーじゃん。
私は野次馬をうにうにとかき分けてすぽんと抜け出て、お怒りビリーの腕を掴んだ。
「バルタゴラベラズドルイ!」
「ビリー。騒ぎ起こしちゃいかんよ」
「あ、にゅにゅちゃん」
ビリーは仲裁しようとした人物を振りほどこうとしたが、ちっこいぷにぷに少女の私と気づくと驚き冷静に戻り、店主の胸ぐらを離した。
すると今度は、露店裏の樹木へよろめいた兄さん店主が、ビリーに向けて手を向けて何やら魔法を放とうとしていた。私はとっさに樹木に『そいつの手を払って!』と思念を送ると、樹木さんは枝を振るって男の腕を叩いた。空へ向かって火の弾が昇っていった。
こいつこんな人混みで炎魔法使いやがったんかい!
「店主を捕らえて!」
私がそう叫ぶと、潜んでいた私の護衛がどこからともなく現れて、店主は縄で木にぐるぐる巻きにされた。
「それで何があったのビリー」
ビリーは捕縛された店主を指差した。
「こいつの売った魔道具が動かなかった欠陥品です! わたす、返品求めたですけどね! こいつ知らない言って来たですよ!」
「うーんビリー。こんな露店の商品を信頼しちゃだめよ」
「でもこいつ動く言ってた。安いのは中古で古い型だからって。でも動かなかったですよ! これ、水を出す魔道具ね。こいつまだ一杯出る言ってたけど、ちょろっとしか出なかったですね!」
ビリーは小さい樽のような魔道具を手にして見せた。
ふむ。古びた感じはするが、一応ちゃんとした魔道具のようだ。私が天面の魔石に魔力を込めてみると、うぉんと音を立ててちょろちょろと中に水が流れた音がした。しかしすぐに音は止まってしまった。
私は縛られた店主の前で樽をひっくり返し、中の水を地面に垂らした。あ、店主がお漏らししたみたいになっちゃったごめん。
「これしか水が湧かないみたいだけど?」
「だから俺は売るときに一杯の水が出るって言ったんだ。俺は間違ってない! 縄をほどきやがれ!」
ふぅむ。しかしティーカップ半分くらいの量だが、一杯と言えば一杯かもしれんなぁ。
「お兄さん。いくつか買い物していくからそれで手打ちにしない?」
「何をバカな――」
「じゃあこれとこれとこれね。四半銀貨一枚でいいよね。はいみなさん! さっきの炎魔法は古い魔道具の誤作動です! 事件じゃありません! いいですねー! はい解散! 散った散った!」
強引に私がその場を仕切って野次馬たちを散らした。何人か離れつつも両手を振ってぴょんこら跳ねてる私をじーっと見てくるのがいるけど。ロリコンめ! 散れ! 散れ!
私はビリーを連れてその場を離れた。どさくさで変なガラクタ三つゲットだぜ。ふへへ。なんだこれ。木の棒と、リップクリームみたいなのと、パソコンのマウスみたいなの。
「これ、魔法使いのロッドと、小型魔石灯と、玩具ですね」
ルアが教えてくれた。ふむ。なんか一応ちゃんとした魔道具を売ってる店だったんだな。でもどれも動作はするけどどこか壊れてる中古のジャンク品を扱ってる店だったようだ。平成初期のアキバ感。
「にゅにゅちゃん。わたすこれ返品できないと困るね。主人に怒られるですよ」
「物は本物だから直るかもよ。ちょっと工房へ持ち込んでみよう」
ということで、最初の店に戻ってきた。
「あらーにゅにゅちゃん。また来たの?」
「ねえねえエンマさん。これ直せる?」
「んーどれどれ?」
エンマさんが魔道具を見ている間、バネ玉ぷらんを突付いて遊ぶ。なんなんだろうなこれ。
「ああそれ黙ってたけど猫の玩具よ。私が作ったの」
「ふふっ。お嬢様は猫ちゃんだったんですねーっ」
猫じゃないんだけど! しかし猫の玩具だったか。ふむ。本来は銅線を掴んで魔力を流す、と。あ、バネに付いた玉がブルブルと震えた。
「んー私の私見だけど、完全に直すのは難しそうだけど分解清掃して接点回復すれば良くなりそう。店長に聞いてみるね」
エンマさんはたたたと店の奥へ消えた。その間にさっき買った魔道具ガジェットを試してみる。
小型魔石灯はちょっと暗いけどちゃんと付いた。使える!
ルアが玩具と判断したマウスっぽいものは、魔力を流したらブルブルと震えた。ブルブル震える玩具流行ってるのかな。
……待てよ、これ。
ぶるぶる。つんつん。ぶるぶるをルアの身体に当ててみた。
「ひゃっ! くすぐったいですよっ! なにするんですかもうっ!」
ふむ……。マッサージ器具になるのでは? マッサージ器具と言う名のえちちアイテムになるのでは?
おっといけない妄想をしてしまって、慌ててルアの身体から目を逸した。これ以上いけない。
エンマさんがたたたと帰ってきて、簡単な分解清掃だけなら明日までにできるよということで、ビリーはそれで了承した。明日学校に持ってきてくれるようだ。
「おかね、どれだけかかるます?」
「そうねー。同級生特価で、私の工賃と精製水にスピリットもちょっと使うからー、100テリアでいいよ」
「わかりますた。それでおねげーします」
100テリアは大体500円くらい。物価の差を考えるとそれよりももうちょっと高いくらい。値段からして30分くらいで終わる修理かな?
次の日、水を出す魔道具を試したら一回で倍くらいの量が出るようになっていた。といっても、70CC(カップ半分)が150CC(カップ一杯)になったくらいだけど。これなら使えるとビリーはエンマさんに感謝し、私にもお礼の木札をくれた。
「これ金運の蛇の木札ですって。にゅにゅちゃん変な木札集めてる言ってたから、主人の持ってたこれ譲って貰ったです」
「ありがとう……でもこれ持ってる」
「なんと。ごめん、ごめんですね?」
でもビリーの金運蛇カードの方が質が良い。焼き跡がぐしゃっと亡霊状態ではなくちゃんと三本頭の蛇になっていた。ありがたく頂戴しておく。
それにビリーのおかげで興味深いぶるぶる玩具を手に入れたしね。これをロアーネのうなじに当てたら「ひゃぅ!」という可愛い声が出た。そのあとめっちゃぽぽたろうで叩かれた。マッサージ! マッサージです!
しかしマッサージにしては少しブルブルが弱いようだ。ふぅむ。このブルブル魔石興味あるな……。
魔法使いと言えばマジックワンド……()




