81話:ヤフン人の少年
――魔法学校に入学してから三ヶ月が経った。
魔法とは、魔力で引き起こす事象である。
基礎魔法学で学んだことだ。
では魔力は何かというと、月の光の万物の力であると。そこはエイジス教と同じようだ。
月の光が大地を照らし、魔力を発生させる。そして魔力の塊は精体となる。そして精体が固定化すると魔法結晶となる。
そしてそれが生物の体内でできた場合は魔石となり、その魔力を魔法に変換する部分を魔法器官という。
魔法使いとは心臓に魔法器官を持つ者である。
私はそっとロアーネに耳打ちをした。
「そうなの?」
「ええ。エイジス教では禁忌ですが、魔法使いの心臓は昔から知られていることです」
わお。えぐり出したりしてたのかな。ひえ。ぷるり。
後の話はなんというか、魔力というか心臓と血管の話だ。心臓がポンプになって血液を身体中に巡らせてるという普通の話。なんか普通に魔力は血液に乗って身体を巡ってるのかなぁ。
あれ?
授業が終わり、私はロアーネに尋ねた。
「もしかして普通は魔法を使うと鼓動が早くなったりする?」
「ええ。……しないんですか?」
「いや、うん、あれ?」
するような、しないような……。
「ティアラ様はこっちにありそうですもんね」
ロアーネは私の下腹部をぷにぷに突っついた。や、やめんか! 私のデリケートゾーンじゃぞ!
ま……魔力の源って丹田ではなかったのか……。もしや私の膀胱が固いのも……。ぷるり。
ソルティアちゃんが「何の話ですかぁ?」と首を傾げた。
な、なんでもないよ? にこり。
「ティアラ様の魔法器官がお腹にあるのではないかという話です」
「ばらされた!」
はずかち!
「お腹、ですか?」
そんな見つめられてもぷにぷにお腹は見せられないよ。
ヴァイフ少年は恥ずかしそうに顔を逸しているし、アフロビリーは腹筋を見せつけようとしてきた。
私たちは初日に仲良くなった五人でグループができて、この三ヶ月過ごしてきた。
学食でお昼を食べた後は実技。お日様もぽかぽかである。
「むん!」
私は気合を入れてレーンに入り、的へ手を向ける。ピンポン玉くらいの魔力弾を発射!
私の魔力弾は三秒くらいで安定してきた。おじいちゃん教官いわく、これで安定しているなら合格範囲とのこと。
ソルティアちゃんは「手のひらではなく指先で撃ったら?」という私のアドバイスで出力が安定した。私の入学試験の時に指先で針のような魔力弾を撃てたことを思い出したのだ。この方法はおじいちゃん教官から認可を貰っているので、ソルティアちゃんはすでに実技は合格判定である。
ヴァイフ少年は出力が不安定になりがちで、アフロビリーは命中精度が不安定であった。私達三人は少し落ちこぼれ気味である。
そして一番の落ちこぼれはまた的を爆発させてきょとんとしている、角の生えたヤフン人と思われる少年であった。
「また爆発してる……」
「あれは合格無理でしょう」
「優等生のドロレス十五歳さん。彼に何かアドバイスはありません?」
「もう六月になるのですよ? 魔力弾の試験で爆発を撃つのは問題外では?」
それはそうなんだけど。
彼は澄ました顔で立ち去っていく。最初私はそれを爆発魔法を見せてドヤ顔しているのかと思ったが、もしやそうではないのではと思い始めてきた。三ヶ月も爆発させてたらさすがに「なんか違うな?」と気づくだろうに。
実は私の同類ではないかと思ったのだ。
「ちょっと彼と話してみよう」
「本気ですか」
私は彼を追いかけて呼び止めた。
「おーい君ー」
「……ん?」
ちらりと振り返ってすたすたと歩き去っていく。こらこら、そんなんだから三ヶ月もボッチなんだぞ。
「ちょっと話がある」
「……なんだ?」
「お茶でも飲まないかい」
「断る」
彼は再び勝手に中庭の方へ去っていった。
なんだよこの! 陰キャ! むっつり! ドスケベ!
「もうほっといたらいいじゃないですか」
「いいや。ああいうタイプは私みたいな美少女に話しかけられて照れているだけだ」
「美少女?」
こうなったら実力行使だ。
私は彼の腕に絡みついた。
「お兄ちゃん! お茶してくれるって言ったじゃない!」
「は?」
「お兄ちゃん! ねーお兄ちゃんってばー!」
辺りからくすくすと声が聞こえてくる。
どうだ! 強制的にお兄ちゃんにされる攻撃は!
「わかった。もう止めろ」
「それじゃあ一緒にお茶してくれる?」
きゅるりん。私は上目遣いで彼を覗き込んだ。
うわっ。すごい目で睨まれた。こわー。
とりあえず捕まえることはできたので、サロンに引っ張り込んだ。ショートケーキと紅茶を注文する。もぐもぐ。
「それで、何のようだ」
「私ティアラ。よろしくね」
私は握手を求めた。彼は手を伸ばさなかったので、勝手に手を掴んでぶんぶんと振った。
「何歳? どこ住み? 出身は? 趣味は? カードとか興味ある?」
ちゃきっ。私は王位継承権カードゲームをバッグから取り出した。リアの夫のキンボ公に紙製カード版の一般向け王位継承カードゲームを作らせたのだ。そして学校販売に売り込んだ。そして流行らせた。校内で愛好会が作られトーナメント戦が行われていたりする。私は二回戦で負けた。むぐぐ。今は魔法植物や魔道具等を加えた魔法エキスパンションを開発中である。
それは置いといて。
「……」
「名前くらい教えてくれないと、お兄ちゃんって呼ぶよ」
「ゴンゾーだ」
タンバリンで踊る日本人が一瞬浮かんで慌てて脳内から消した。
「ゴンゾーはヤフン人?」
「そうだ」
「ミソとかショウユとか持ってない?」
「ない」
ないかー。残念無念。
「それだけか?」
「梅干しは!?」
「ウメボチはある」
うめぼち! じゅるり。
「私たち友達だよね、お兄ちゃん」
「その、お兄ちゃん、やめろ」
梅干しのためならおっさんのプライドを捨てる覚悟はある!
まて、そういう話ではなかった。
「ヤフンの言葉しゃべってみて」
「《ちんぬちくるりんの めんどぅくせぃ がきんちゅめ》」
「《がきんちょじゃないし! びしょうじょだし!》」
ヤフン語がかなり日本語に近かったので言い返したら、どうやら通じたようでゴンゾーはがたりと椅子を鳴らした。
「《おんめ ヤフンの言葉 できんのかぁ》」
「《少し違うかもしれないけど。通じてる?》」
「《んああ。変な訛りだが、わがっぞ》」
おおう。ヤフン語はほとんど日本語だった。異世界でも日本っぽいとこは日本っぽいんだな。なんでだろ。
「《なんだ。だったらもっと早く話しかければよかった》」
「《おんれも、ヤフン語できっけ奴がおるとは、思わんかたな》」
ゴンゾーは流暢に話すようになった。クリトリ語では片言だったのは、言葉が苦手だったのだろう。話してみれば爆発マンは、異国の地で強がっているだけのただの少年であった。
そしてなんで爆発させていたかというと、魔力弾が苦手で発射できないだけであった。ヤフンでは魔虫が多く、範囲攻撃が基本魔法だそうだ。
「《魔法の礫を撃ち出すイメージができね。どしても爆発するだ》」
「《それなら弓矢は? ヤフンにも弓矢はあるでしょ?》」
「《あっけど、上手くいくべか?》」
こくり。私は自信を持って頷いた。適当に「マジックアロー」で魔法を成功させたことがあるのだ。
「《まだ時間ある。戻って試そうぜ!》」
「《ああ。やってみるがに》」
私たちが立ち上がって、隣で暇そうにしていたロアーネはぽぽたろうを枕にしてすやーと寝ていた。起こした方がいいのかな。いいんだろうな。つんつん。
さて。
「《魔法の矢!》」
さっそく修練所に戻って試し撃ち。
成功確率は高くないが、爆発するようなことはなかった。よし。あとはおじいちゃん教官が魔法の矢での合格を認めてくれるかだけど。
「安定するならそれでもよかろ」
と認めてもらえた。
すこーんと的に刺さる魔法の矢はちょうど良い威力だが、半分くらいでなかったりするので要練習だ。
私も真似をして「まじっくあろー」してみたら、的が消し飛んで奥の石壁に大穴が空いた。
あれ? 私また漏らしちゃいましたか?




