8話:石探し
贈る物は決まった。鉄のメダルである。
――「なぜ俺は生きている。銃で撃たれたはずだ」
――首元のチェーンを引っ張り、娘の贈り物のメダルを胸元から取り出すと、それは銃弾を受け止め凹んでいた。娘が私の命を救ったのだ。
展開でパパの死亡フラグを回避するのだ。待てよ、剣と魔法の異世界ファンタジーだから剣を受け止めたってなるのかな? 胸元を剣で突かれる? あるかなその展開。ないかも。だめかもしれない。
だがお守りという線は良いと思うんだ。ペンダントとか。それで、ペンダントって異世界語でなんて言うんだ? ならばネックレス、わからん。首飾り、わからん。
侍女リアを呼んでジェスチャーゲーム!
首をくるりと指で輪を描いて先端ぴかぴか!
真剣な表情で身振り手振りする私を、真剣な顔で見つめながら、首を傾げる侍女リアは小考した後に答えた。
「リンタロウ?」
誰だよリンタロウ。秋葉原で未来の扉を開くゲームかよ。運命を変えようとしてる共通点はあるけど。いや、パパの未来は確定どころか全く知らないけど。おっさんによる、ドアの鍵の締め忘れに発生する直感くらいの信憑性しかないけど。再確認に戻ると大体ちゃんと締まってる。
そもそも答えを聞いてもそれが正解だかわからなかった。タルト兄様の体術の件もある。「それだよそれ」と言ったものが別物の可能性も高い。もしかしたら「首輪」という意味かもしれない。パパに首輪をプレゼントしたいと主張する幼女。危険すぎる。
ならば、そうだ、紙とペン。イラストを描けばいいじゃないか。
紙とペンってなんて言うんだ?
ジェスチャーゲーム!
私は椅子に座って机に向かって紙を広げる仕草をして、ペンでさらさらと書く動作をして見せた。
「……仕事をする旦那様でごさいますか」
んー! 惜しい!
「ちあう。わらし、(さらさらかきかき)、する!」
「旦那様の代わりにお仕事をしたいのですか? ふふ。お嬢様にはまだ早いですよ」
ちあうー!
私は「それは置いといて」のジェスチャーをすると、「旦那様の膝に座ったお嬢様を下ろした」とリアは答えた。ジェスチャーの基本が常識が通じない! ここは異世界か! 異世界だった。
私はもう一度、イラストを描く動きをして紙を手に取りリアに見せるジェスチャーをした。
侍女リアはなるほどと閃いたようで、早速準備を始めてくれた。
今度はちゃんと通じたぞ。テーブルの前に、白い紙と付けペンとインクが用意された。付けペンだと……? え、鉛筆はないの?
仕方がないので、袖のひらひらをめくる。んーっ。侍女リアが昭和のおっかさんがドラマで付けている袖にはめるアレを私に付けてくれた。袖止めるやーつ。
私はむんと背筋を伸ばし、付けペンの先にインクをちょちょんと付けた。付けペンの経験とか小学校の割り箸ペンとか、アナログ漫画描こうとした中二時代しかないぞ。インクがペン先を上っていき、毛細管現象という言葉が頭をよぎる。言葉は知ってるけど理屈は知らないやーつ。
私は慎重かつ大胆に白い紙に丸を描き、その先にペンダントの小さい丸を描いた。どや。
そしてそれをリアに見せて、「パパ、渡す、これ」と伝えた。
「この手紙を旦那様に差し上げるのですね」
意味がわからないけど子供のすることだから、といった表情のリアに苦笑されたので、私は慌てて「ちあうちあう」と手と首を振った。手に付けペンを持ったままだった危ない。
イラストに首と肩を加えた。んー、まだ足りない気がする。
顔を加えて、パパの髭を描き足した。
そして私はペンダントに指を差す。
「私、うー、んー、する。パパ、渡す」
作るって言葉がわからなかった。だけどついにリアに意図は伝わったようだ。
「リンタロウをクルトンしてパパに差し上げたいのですか」
またリンタロウ出てきた。クルトンってサラダとかコーンスープに入ってるかりかりのやつじゃん。お腹空いてきた。
だけど多分文脈からして、クルトンは「作る」って意味だ。
「リンタロウ、なに? これ?」
念の為にリンタロウを聞いてみる。するとリアはエイジス教の話を始めた。
丁寧にゆっくりと語られる説明を、穴埋めゲームのように意味を補完しながら解釈したところ、リンタロウは魔除けの意味だと思われる。
侍女リアは両の手のひらを広げ、両手の親指を重ね、四本の指をバサバサと動かし手で作った動物を宙を飛ばした。イラストの魔除けを胸に当てた私に弾かれ、二つに分かれて墜ちていく。
うんうん。どうやら私の求めていたものに近いようだぞと思ったものの、魔法がある世界だし、本当に魔を弾く魔法効果のあるアクセサリだったら三日で作るの無理じゃねと気づいてしまった。
「パパに渡すの魔除け、作るのできる?」
「はい。みんなで作りましょう」
ということは、みんなで作らないと間に合わないということだ。
用意する材料は本体となる石と、紐に編み込ませる髪の毛。髪の毛とか混ぜて大丈夫? 呪いのアイテムに思えてきた。
私の髪の毛が予備を含めて十本ほど根本から切り取られた。魔除けの紐はメイドさん方が作ってくれるようだ。
私は裏庭で石を探すことにする。
まん丸い方が防御力高そうだが、身につける時に邪魔になるだろう。理想はほどよく平べったくて、丸みを帯びた楕円形。ただの石じゃなくてキラキラしてるものが望ましい。うーん。
私が石探しをしていると、どこから嗅ぎつけたのか妹シリアナもやってきた。
「アナもきれいな石さがしするー」
だけどここはただの裏庭の運動場であり、手頃な石はみんな角張った白い魅力のない砂利ばかりであった。
丸い石といったら水場じゃないと見つからないか。水場といっても森の中の私が生まれた泉しか知らないけど。
「森の水のいっぱい。石、私さがす」
私が外へ向かって駆け出すも、侍女リアに抱きかかえられて止められて、宮殿の中に戻されてしまった。むぅ。
だけど、プレゼントの魔除けとして、思い出の地の物で作るのは、かなり正解らしい。
なんと翌日、森の中へ行くことが許されてしまった。
……忙しいパパと一緒に。
「落ちないようにしっかりしがみついているんだぞ」
私は初めて拾われた時のようにパパに抱きかかえられて馬に乗った。
武装した従者も沢山付いてくる。そういえば四つ目狼が出てくるんだっけここ。
侍女リアもメイド服のまま私の側に付いてきた。妹シリアナは流石にお留守番である。部屋で紐作りの手伝いを任命してきた。
道中、パパから森の中の泉に行く理由を聞かれてしまった。ただの話の種のつもりだったのかもしれないが、私は答えに困ってしまった。これを聞くと言うことは魔除けのプレゼントのことは知らないのだろうか。それとも知ってて聞いているのだろうか。あえて侍女リアが伝えていないのだとしたら、そういう風潮があるのだろうか。例えば、事前に贈り物を知っていると魔除けの効果がなくなるとか。そんなことはないとは思うが、宗教由来のものなので、どんな逸話があるかわからない。
「んー、さがす、もの」
「なるほど。探しものか。何か泉に落としてきたのかい?」
生まれた時から全裸だから落とすようなものは何もないぜ。生まれた時から全裸なのは普通のことだった。
私は逆にパパになんで森に入っていたのかを、片言で尋ねてみた。
パパは丁寧に答えてくれたが、また知らない言葉だらけだった。いちいち「それなに」と聞いていたら、また知らない言葉だらけで、そんな説明ばかりと聞いているうちに目的の泉に着いていた。
「デーレー! もし見つけたらマァミグル」
「サッ!」
パパの命令で従士たちは散開した。おそらくは警戒の命令をしたのだと思う。
マァミグルは先程の道中の説明でもたびたび出てきた。マァミグルというのが目的なのだろう。
私は泉の側にぴょんこら近寄って石を探しながら、マァミグルについて聞いてみた。
パパの説明はわかりにくかったが、恐らくマァミグルは駆除の意味なのだろう。
「パパ、森の狼、ぶっ殺す?」
「ははっ。そうだ。パパは狼をぶっ殺すぞ。おい。誰だこんな言葉を教えたのは」
パパは侍女リアを睨むが、リアじゃないぞ。リアをいじめちゃだめ。ぷんすこ。
パパとリアが娘の教育について語っている間に、私は水底にピカピカな水晶の宝石みたいな石を見つけた。私は水の中に飛び込み、それを手早くバッグの中に入れた。きょろきょろ。へへっ。誰にも見つかってないな? お宝はわしが独り占めじゃ!
泉に飛び込んだ私に気づき、パパとリアが慌てて私を掴まえた。
大丈夫。大丈夫だよ?
私はパパに見つからないように、リアに向けて親指を立ててサムズアップした。お宝見つけたぜ!
だけどリアは額にしわを寄せた。そして私の手を手で覆って隠した。
え。いいねボタンは全世界共通じゃなかったの? これだめなジェスチャー?
ぴっとこっそり親指を立てるたびにリアが手を重ねてくるので、面白くて帰りに何度も試してしまった。
宮殿に戻り、私が拾った石を侍女リアに見せたら、大層驚いていた。
リアは驚いて思わず「まじかよ」と日本語を言っていた。ははぁん? 本当は日本語が通じてたのに、ドッキリで隠していたな? みんな私を騙していたのね! そういう映画だったのね!
「まじだよ」
「マジカヨ、です」
「まじだぜ」
「マジカヨ」
真面目な顔をしたメイド服のリアが「まじかよ」と連呼するので思わず笑ってしまった。んぷぷ。
よくわからないけど、リアも笑って喜んだ。
「これは魔除けにするよりも、削って加工しお嬢様のアクセサリになさった方がよろしいかと思います」
そんなようなことを言われてしまった。
もしかして本物の宝石だったのだろうか。まじかよ。
手に持って日光に当てるとキラキラと紫色に輝いた。アメジストか何かかな。
だけど私は宝石で飾り立てることに興味はないし、最初の予定通りこれでパパの魔除けを作ることにした。
削らないで原石に穴を開けて紐を通すのだ。
ああでもトゲトゲとんがっているから、角を丸く加工したいかな。二日しかないからきっとそのくらいしかできないだろう。
私は紙に石のトゲトゲを丸くするイメージのイラストを描き、完成図を託した。
私のお守りプロジェクトはメイド長にまで話がいって大きくなり、ついに私は奥方に呼び出された。
「あなたは忙しい主人を森に連れ出し、このようなものを使おうとは。何をしているのですか」
「ごめんなしゃい」
叱られちゃった。しょんぼり。
奥方はため息を付き、メイド長にあれこれと指示を出した。メイド長のおばさんはすでに準備万端と言った様子だ。
な、何が始まるの……。びくびく。
何も始まらなかった。私はリアに連れられて部屋に戻され、石は没収されたままだった。
ううん。計画失敗だ、どうしよう。