77話:入学とナンパとアフロ
放心した私の様子を見て、ルアが駆け寄った。
そして私たちの様子と、足元にできた水たまりで察してくれた試験官は「我慢せず言ってくださればよかったのに」と言った。確かにその通りである。
なんで余裕がないと思考って鈍るんだろうね?
「では次にドロレス嬢。お願いします」
「ドロレス?」
きょとんとする合法ロリ。お前じゃお前。
さっくり魔法弾を撃ち、どかんと20メートル先の幅50センチメートルの的を破壊した。
「なんという威力……。新入生でこれは、素晴らしい才能をお持ちのようですね」
「ふふん」
なに「私やっちゃいましたか?」な感じで得意気になってるんだ、この合法ロリおばさん。力を隠して学園に入学するラノベ主人公みたいなことしやがって。事実その通りすぎるんだが。
試験が終わり、無事新入生の証である黄金色の三日月のピンバッジを受け取り、帰路についた。入学式はさらに二週間後である。
さて、なんであんな威力でぶっ放したのか、ロアーネを突っついてみよう。
「ろ……ドロレスって魔力調整下手なの?」
「すぐ漏らすティアラ様に言われたくないですよ?」
私のお腹をぷにぷにと突っつかれた。そこデリケートだからやめておくんなまし。
「精霊姫の噂はここにも伝わっておりますからね」
なんだその察しろよという言い方は。こちとら九歳の世間知らずのお姫様だぞ。わからんわ。
すんと澄ました顔でこくりと頷くと、「こいつわかってねえな」とロアーネは察してくれた。
「四本角大山羊を一撃で屠る姫のお付きが並の者では、成り代わろうとする者が現れますからね。多少目立っても余計な虫は寄り付かないようにしておくべきですから」
「あー。私とお友達になりたい人が沢山いるってこと?」
「そういうことです」
モテモテじゃん私! 男もよりどりみどりじゃん! 男はいいや。かわいい女の子はオルビリアに勧誘したい。そしてモテモテハレム宮殿を作るのじゃ。女の子を侍らかせてお風呂に入……今の環境と大して変わらんな?
「また変なこと考えてる顔ですねっ」
「ルアもわかってきたようですね」
「失礼な。友達百人できるかなって考えてただけじゃい」
私がそう答えると、「百人は無理だと思いますよ。ティアラ様にはそんなに顔も名前も覚えられないでしょう?」と真面目に言われてしまった。それはそうだけど!
そして一週間が過ぎ、入学の日が来た。
ルアに「いってらっしゃいませっ」と見送られる。ルアは一年前期履修済みなのでお留守番だ。
私は春色ワンピースに茶色い背嚢を背負った。んしょ。ランドセルかな?
ロアーネはいつもの偽シスター服のような藍色の地味な感じ。
「いってきまぁす」
モランシア家の紋章の入った馬車で通学である。あ、なんか令嬢もの学園っぽい!
「ねえねえドロレス」
「……?」
「お前じゃお前」
いいかげん偽名に慣れろや!
「なんですか?」
「私、悪役令嬢を目指そうかしら」
合法ロリに、また変なこと考えてるなこいつという冷めた目で見られてしまった。
いや、ただの冗談なんだけど。
「なんですかその悪役令嬢って」
「悪役っていうからには悪役さ。トゥーシューズに針を入れたりするのさ」
「なぜそんなことを?」
「さあ……」
悪役の考えることは私にもわからん。
きっと悪役レスラーみたいなもんだろう。場外でパイプ椅子を持って殴りかかる感じの令嬢だな。マスク・ド・令嬢になろう。
アホな思考していたら校門に着いたので、ぴょーんと馬車から飛び降りようとしたところ、ロアーネに止められた。
「ティアラ様。お手を」
「うわっ」
ロアーネの演技に思わず笑ってしまった。これはきっと慣れない。ロアーネも我慢できずににやけてるし。だめだこりゃ。
えいえいとお互いに腰を突きながら校門をくぐる。学年を表すピンを付けていないと止められる。
新入生は中庭に集められた。
ふふ。ひよっこどもがぴよぴよしてやがるぜ。
「一番小さいのはティアラ様ですけどね」
ふふ。前が見えないぜ。
私がぴょんぴょん跳ねていたら、周囲がざわつき始めた。「あの方が精霊姫……」「試験で粗相した……」「小さい」「かわいい」「ちんちくりん」「ぷにぷに」などの声が聞こえてくる。誰だぷにぷにって言ったの。
ぷるんぷるんと周囲の顔を確認してみたら、見覚えのある顔がいた。うーんうーん。誰だっけ。うーん。やっぱり知らないかも。
濃い金髪の少年をじっと見ていたら、少年は人をかき分け私に近づいてきた。
え? やだいきなりナンパ?
「久しぶり! まさか同じ学校に入学だなんて、運命的だな!」
ほらやっぱりナンパ師の声掛けじゃん。「どなたでしたっけ?」尋ねたら名前を名乗られてぐいぐい来ちゃうんだ。
私は澄ました顔でこくりと頷いた。
「親父に言われて入った魔法学校だったけど、にゅにゅ姫に会えて嬉しいよ!」
にゅにゅ姫じゃないにゅ。
隣のロアーネも「誰だこいつ」という顔で少年を見ているので、これが私に近づいてくる虫ってやつか? これはがつんと言ってやらないとな。
「おっと始まるようだ」
私たちに好奇の目を向ける新入生たちのざわめきは静寂となり、身体を正面に向けた。
正面のひな壇に、セクシーでおっぱいなお姉さんが立っていた。
「チュルイ魔法学校へようこそ新入生の方々。私が基礎魔法学を担当するテレスタです」
ハスキーな声が中庭に響いた。拡声器だろうか、魔石の入ったマイクのようなものを手にしている。
セクシー教師の隣には杖を付いた白髪のおじいちゃんがぷるぷるしていた。
「ふがほぐが へぐはぐあ ほごろふ ひふぐああしはおふ」
おじいちゃんの言葉がふがふが過ぎてわからねえ!
私はちらりとロアーネを見た。
「ホゴロフ実技教師だそうです」
聞き取れたの!?
挨拶もそこそこ、私たちはセクシー教師テレスタに連れられて校舎へ向かう。
移動中も隣の金髪ナンパ少年が話しかけてくる。それよりも私は校舎を見回しておく。特にトイレの場所は要チェックポイントだ。ぬかりはない。
「にゅにゅ姫もやっぱ戦争の影響でチェルイに来たのか? ハイメン連邦は不可侵条約で安全だから今年の入学者は二百人を超えてるそうだ」
「それって多いの?」
「ああ。クリトリヒでも俺みたいにスキーン校よりもチュルイ校を選ぶのが多い。ほら、デンブ人が多いだろ?」
む? そう言われても、違いがそんなにわからないのだが。
というか、誰やねんこいつ。じー。濃い金髪に青い瞳のクリトリヒの少年……。あっ。
「ヴァイフ少年!」
「なにいまさら気づいたような……いまさら気づいたのか?」
えへへ。ほら、男子三日会わざれば刮目せいって言うじゃない? 八ヶ月ぶりだから仕方なくなくない?
「隣は前の侍女じゃないんだな」
「ろ……ドロレスだよ。私の女官らしいよ」
「らしい?」
ロアーネは興味無さそうな顔してる。こいつ本当に演技する気ねえな。少し遅れてはっとした顔をした。設定を思い出したようだ。
「ティアラ様の監視役のドロレスです。一緒になって問題を起こさないようにお気をつけください」
「お付きに問題児扱いされてるじゃん……」
問題児じゃないもん。ぷんすこ。
そういや爆発起こした奴はどいつだろう。まさかヴァイフ少年じゃないよな? 違うよな? 信じているぞ。
講義室に入り、みんな前列から順番に座っていく。
前の席にアフロな黒人が座り、列が段になっているのに、あまりのアフロによって前が見えない。ぬぬぬ。
するとロアーネが助けてくれた。
「前の方。髪型が邪魔ですよ」
言い方!
アフロ黒人が「スマーセン」と背を縮ませた。私が悪いみたいじゃん。でもやっぱ邪魔だなアフロ。
ところで魔法学校には黒人もいるんだね。時代的になんか黒人って思いっきり被差別民なイメージあるけど。
「ええ。暗森人は人間扱いされませんよ」
言い方!
「異教徒は月の加護がありませんから」
こらロアーネ! べちん! こんな人が集まってるところでいきなり無差別攻撃すな!
「ワタス、エイジス教の月の女神を信仰してマス」
「そう? ならいいです。頭は下げなさい」
ロアーネの言葉で私たちに向けて素直にアフロを下げる暗森人の男。いやそうじゃなくてね。前が見えないからという意味なのでね? ……だよね?
彼のアフロがもふっと私の机に乗った。
それを見て閃いた私は、背嚢を開けて、その中に詰め込んでいたぽぽたろうをしゅぽんと取り出した。
そしてそっと黒アフロの隣に置く。
「似てる……」
「ブフッ」
ロアーネは思わず吹き出した。
頭を上げたアフロ男は、ぽぽたろうを見てぎょっと目を剥き、頭を抱えた。
「オーウ! ワタスの髪が取れて白くなてしまいますーた!」
ロアーネは腹を抱えて机に突っ伏した。どうやらツボに入ったらしい。
私はぽぽたろうを持ち上げてもにゅもにゅしながらアフロ男に話しかけた。
「この子の名前はぽぽたろう。あなたの頭の名前は?」
「ハーイ! パンピポンピでぇす!」
アフロ男は自分のアフロを掴んでもにゅもにゅした。
もにゅもにゅ。もにゅもにゅ。
隣でロアーネは笑い死にかけている。逆隣のヴァイフは呆気にとられていた。
私はぽぽたろうを頭に乗せた。白アフロ!
「私はティアラ。あなたは?」
「ビリーと呼んでくだサーい」
思わずリズムカルに筋トレするブートキャンプが脳内で流れてしまった。




