76話:魔法学校の入学試験
オルビリアから南西に向かった先にハイメン連邦はある。永世中立を謳っているこの国は、前世でいうとヨロレリヒーな国だろう。
新春。流星の降る月。みごと初等教育課程修了ということになった私は、ハイメン連邦の北東部の街へ向かった。ハイメン連邦は大雑把に四つの地域に分けられる。その中の北東はベイリア帝国の言葉が通じる地域だ。チェルイ州チェルイ。それが今日から私の住む街の名前だ。
「脳みそがぐあんぐあんすゆー……」
馬車に揺られた私は早くも死にかけていた。
今年十四歳になる、胸が服の上からでも主張し始めてきた美少女侍女の太ももに、うつ伏せで顔を埋めた。すーはーすーはー。なぜ女の子は良い香りがするのか。女性ホルモンは桃の香りに似ていると聞いたことがある。中身がおっさんなので変態行為であるが、見た目は私も美少女なので全く問題はない。
私もそろそろ幼女から少女と言えなくもないくらいに成長してきた。約半年ほど、無茶な魔力消費をしないでいたらちゃんと背が伸び始めた。ロアーネが言ってた通り、無茶な魔法の使い方をすると成長しないのかもしれない。
無茶な魔法というのは、もちろん私の全力魔力放出のことである。全力で漏らさない魔法の練習は続けてきた。とはいえ、いまだに私は魔力を事象変換することができないので、魔力をそのままぶつける魔力弾しか使えないのだが。
馬車の中で突っ伏している私の後頭部へ、ロアーネ改め偽名ドロレス偽年齢十五歳の私の女官ということになった本来はやたら位が高いらしい合法ロリ神官が、ぽぽたろうという白い毛玉の雪の精霊をぽむっと乗せてきた。
「下宿先に着きましたよ」
ほほう。私は気合いを入れて身体を起こした。めまいがしゅるぅ。
街は……、まあオルビリアと大して変わらんな。石造りで古都といった趣がある。赤レンガも多いな。
そして下宿先はなんと! 宮殿ではないのである! まあ屋敷みたいな家だけどね!
お出迎えがずらっと並び立ち、私達を歓迎してくれた。
館の主人であるシャフニール伯爵フンベルト・モランシアさんが門へ出迎え挨拶をした。モランシア家はフロレンシア家の遠戚であるそうだ。
「ようこそチェルイへ。オルバスタの精霊姫にゅにゅ姫にお会いできて光栄でございます」
にゅにゅ姫じゃないにゅ……。
そしてここもクリトリ語かぁ!
「ティアラ・フロレンシアです。流星の導きを頂きまことにありがろうごらいにゅにゅ」
にゅにゅ。
ハイメン連邦チェルイ州はクリトリヒとも隣接しており、クインプリル家の縁の地でもあることからクリトリヒの影響が強かった。
馬車酔いでグロッキー状態なので、まずお風呂でリフレッシュすることにした。
連れてきた侍女はルアだけなので、ここで住まう間は館のメイドさんにお世話になる。去年の旅でもそうだったけどはずかち! 長く一緒に暮らすことになるので、仲良くしなければ。
「みなさんよろしくぬ」
噛んだ。
しかしなぜかすごく愛玩されたので良しとしよう。しかしやっぱりにゅにゅ姫と呼ばれるのじゃが?
寝室は三人で一室だ。そうして貰った。ロアーネは私の部屋に居座るし、ルアも居てもらわないと困る。大きいベッドなので三人一緒に寝れば問題ない。
のんびり二週間を過ごし、街の暮らしにも少しずつ慣れてきた。
とはいえ、基本的にお姫様生活なので何事も他人任せなのであるが。
そういえば、精霊カードも、王位継承権カードゲームも、戦争カードゲームもチェルイ州に広まってたよ! 戦争があったためか、戦争のない国にも娯楽品を売り出したのだろうな。クリトリヒとの繋がりが太いのも大きいだろう。
「にゅにゅ姫はお米がお好きでございますね」
「んままー」
そうそう。この国にはお米やとうもろこし粉があり、食事のバリエーションには飽きなそうだ。色んな国と隣接してるから色々と入ってくるみたいだ。
さて。魔法学校の入学試験の日が来た。
実は私は全く緊張していない。ふふふ。なぜなら貴族枠はコネ入学だからだ。
入学試験は本当に魔力があるかどうかの確認なだけなのだ。
私たちはモランシア家の馬車に乗り込んだ。学校は馬車でのんびり二十分ほど先であった。まあこのくらいの通学時間なら馬車酔いは大丈夫であろう。体調が良ければ。
魔法学校の本舎は半円を二つに切ったような形をしていた。なんだか不思議。建物自体にはおおって感慨はないな。去年の旅行ですごい宮殿を見すぎた。
しかし庭がなんだか面白いぞ。正面は普通に花卉園と噴水があるのだが、庭の奥に薬草園らしきものや森が見える。ちらりと見えた広場は訓練場だろうか。子供が集まって的に向かって魔法を放っていた。
なんじゃなんじゃと思ったら、案内の方が「一般生徒の入学試験中でございます」と教えてくれた。先にやってたのね。
そういえばパパが私は貴族枠とか言っていたか。そうなるとあの子たちは平民。思ったよりも魔法が使える人って多いんだな。ぱっと見て五十人くらいだろうか。
貴族枠は試験に並ばないで、隣の別レーンで魔法試験をやるようだ。
さて行くか。
お隣に向かおうとしたら、一般試験レーンからドォンと爆音がなった。なんじゃなんじゃ? 煙がもくもくと立ち昇っておる。
あれか。あれをやったやつがいるのか!? 魔法の試験で爆発を起こすやつ! 目立ちがたりめ! 私がやりたかったのに! ぐぬぬ。
「申し訳ございません。問題児がいたようで……」
爆発起こしたの入学前から問題児扱いされとる……。爆発はだめなのか。的に向かって魔法を撃つする試験なのに、爆発させたらそりゃだめか。
「今の爆発は不合格?」
「いいえ。魔法学校はあのような暴発を防ぐコントロールを学ぶ所でありますから、私どもが責任を持って教育いたします」
ああなるほど。魔法学校は魔法訓練校。一年目の前期後期の基礎課程は魔法を使う職業に付くための「この人は学校で魔法制御をちゃんと学びましたよ」という証を得るところだとか。なので制御できずにぶっ放しちゃう人こそ入ってもらわないと困るのだ。
「私はちゃんと魔法制御できるもんね。ふふん」
「え?」
なんだ合法ロリ。文句あんのか。女官役果たせこの。つんつん。もっと敬え。
お隣の一般試験者を横目に通り過ぎつつ貴族レーンに入る。いざ、私の努力の成果を見せる時!
んぬぬぬぬ。私は漏らさない程度に下腹部に力を入れ、身体に魔力を巡らせる。そして20メートルほど先の的に手を伸ばし、手のひらに集めるイメージ。
しかし困ったな。いまさらながらちょっと若干尿意を感じているぞ。
「どうかなされましたか?」
「問題ありませんわ!」
ありまくりである。なぜ私ははっきりと「おしっこが漏れそうですわ!」と答えなかったのだろうか。いや試験官にそう答えられるであろうか。私の試験官は私のためにここにいる。わざわざ時間を割いてもらっているというのに、事前におトイレに行かなかったことが恥ずかしくなってしまうというか、申し訳なく思ってしまった。主張ができない日本人であった。
しかし問題はない。おしっこを我慢しながら魔法を放てばいいだけである。
「魔力弾 射出」
キリッ!
しかしぽすっと音を立ててキラリと手元で魔力が一瞬輝いただけで消えた。加減をしすぎて失敗した。
うう。試験官の視線が気になる。焦ってきた。
お隣では爆発の処理で試験が止まっている。一般試験者の視線が私に注目していた。震える。
慎重に。もうちょっと……もうちょっとだけ力を込めて……。
んっ。
ちょろっと手のひらから魔力が出た。ふぅ。
しかし合格判定は出ない。的に当てないとだめか。
周囲の視線を意識すればするほど、もじもじしてくる。
試験官は焦れたのか、ついに私に声をかけてきた。
「ゆっくりでよろしいですよ。的に魔法を撃つだけです」
ゆっくりしてたら出ちゃうんですけど!
待て心を落ち着かせろ。心の乱れは魔力の乱れ。
ふぅ。はぁ。すぅー。
むん!
私は内股になり左手をお股に当てて押さえた。
そして右手の人差し指の先に意識を集中する。
的に魔法を撃つだけ。魔法が使えるのを見せられるならば、おそらく威力は問わないはず。ならば。
「魔力弾 射出ッ!!」
ぐっ。瞬間的に力を込め、極小の魔力弾を的に向かって撃ち出した。
針のような魔力弾は的に当たり、ぱしゅんと弾けて消えた。セーフっ!
ぐぐっ。お股を抑え込んだことによってこちらもセーフっ!
「合格です」
「ふぅ」
じょばぁ。油断したら溢れた。
あ……ああ……。一度起こした決壊は自分の意思によって止めることはできない。日に照らされキラキラと、髪は風に流れる。
私は空を見上げた。春の訪れ。雪山から吹き下ろす風はまだまだ冷たい。




