74話:チョコ欠乏症
※距離の単位は迷いましたが、おっさんの脳内でメートル法換算してることにします
その後、暗殺事件の話は出されなかったので、私も知らない振りをして過ごした。
知らない振りを続けるためにも、しばらく街へ行かなかった。ベイリアの新聞が出回っていたら、あちこちで噂話をしているに違いないからだ。すると私が知らないことがおかしくなってしまう。
しかし、娘に情報遮断して知らせないようにするパパと、情報遮断して知らない演技をする私は、やはりどうにも不自然すぎたようだ。
一週間ほどしてタルト兄様に突っ込まれた。
「父上と何があったんだ?」
「な、なにも?」
あっ。でっかいクワガタがいるよー。魔虫かな?
「下手くそが。家族なんだから変に気遣い合うな」
「それパパにも言った?」
「言うわけないだろ」
むぅ。なんで私にだけ言うのさ。
私はタルトにミドルキックを仕掛けたが、タルトに受け止められて、スカートの乱れを直された。
私はカンバを連れてパパの下へ突撃した。
「パパ。私もう知ってるから隠さなくていいよ」
「そ、そうか。うむ。残念だったな」
「うん」
「ティアラも危険なところへは行かないように気をつけるんだぞ」
「うん」
やはりちょっと気まずい。
だけど、パパが新たな情報を仕入れているならば聞いておかなければならない。
私は胸のぽぽ次郎三郎をぎゅっと握った。
「皇女様が後援していた猫人三人娘は無事?」
「ん。ああ。ティアラの言っていたアイドルグループというやつか。何も聞いていないな」
「良かった」
知らないということは、書かれるような事はなかったということだろう。
「戦争が起こるの?」
「ん? パパのことが心配か? パパはオルバスタから離れないから大丈夫だぞー」
パパはぎゅーっと私のことを抱きかかえた。
ふむ。答えになってないけど、それならまあ、うん、いっか。
夏の暑さがますます厳しくなる頃、ベイリア帝国の軍が治安維持のためにクリトリヒ帝国ヴァーギニアに出兵した。ヴァーギニアは広大な農業地帯であり、ベイリアとクリトリヒはヴァーギニアの農作物を押さえておきたかった。
しかしヴァーギニア人はベイリア軍を入れることに抵抗。クリトリヒとヴァーギニアは再び割れることとなる。
そのいざこざに、今回の元凶であるイルベン人が中心のアナスン帝国が東からヴァーギニア東部を侵略。北東にクリトリヒ。南西にヴァーギニア。両国の東にアナスン。三つ巴の状況になった。
秋。
結局再びヴァーギニアはクリトリヒと和平を結び、東のアナスン帝国に抵抗。
昨年の冷夏により備蓄の減っていたベイリアは、もしクリトリヒが食糧難に陥ったら食糧支援することも難民受け入れも難しい。共倒れを防ぐために二国に協力する必要があった。
そんな中、ベイリア帝国西部へティンクス帝国が侵攻してきた。
西部の街に入り込んでいた魔術師が破壊活動を行い、あっという間に国境付近の工業地帯を奪われた。
そんな中、魔術師を徹底的に追い出したオルバスタは平和だった。
「チョコがぁ。チョコ欠乏症だよぉ」
「そんな病気はありませんヨ」
クリトリヒ名物のチョコレートが輸入されなくなってしまった。別ルートもベイリア西部からだったため、チョコレートが絶たれてしまったのだ。
おのれ侵略者どもめ……。いつか潰す。
「ヴァーギニアがベイリア軍を受け入れてたらこうはならなかったのに」
「申し訳ございませン」
「カンバを責めてるわけじゃないけど」
ヴァーギニア出身のカンバは祖国の危機に気が気でないであろう。しかしカンバは私の下に留まってくれた。カード事業を任せたカンバの兄のキンボは無事だろうか。それとリアも。
「オルバスタは今後どうするの?」
「はい。ティンクス帝国を止めるために北西に軍を派兵するようでス」
全く厄介なやつらだ。
ロアーネはぽぽたろうをイライラした様子で机にボフッと叩きつけた。あれ? ぽぽたろうってカルラスに預けたはずなんだが。
「だーかーらー! キョヌウ派の過激派なんてとっととぶっ潰せば良かったんですよー!」
などと、ペタンコの過激派のロアーネがぎゃあぎゃあと喚く。
まあ確かに、魔術師の存在は厄介そうだ。
ペタンコの選民思想も良いイメージはないのだが、私も姫として甘い汁を吸っている立場なので何とも言えない。
「しかしこの世界って銃はあるのに火薬はないんだね」
「カヤクって燃える砂のことでしたっけ。水に濡れたら使えませんからねえ」
この世界での戦争の形態は全く違った。ある意味で酷く原始的である。
狩猟の時に見た銃は火薬ではなく、魔石に魔力を込めると爆風を筒の中で起こし鉛玉を射出するものであった。大砲も同じである。
魔法があるからといって火薬が利用されないのは不思議に思った。だが簡単な話であった。エイジス教で燃える砂を禁止していた。
そんなだから密集陣形でうおおおおとするのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。
「固まってたら的じゃないですか。十人で一チームになって距離を取って魔法を撃ち合うんですよ」
んー? 分隊で動く感じなの?
「それは上品な戦場ですネ。わたしのところでは農民がくわを持って囲みますヨ」
それはそれでまた極端だな!?
「聖なる剣でえいえいってやっつけるんですよっ」
ルアの意見はファンタジーだった。ルアの父親が英雄物語好きだったからなぁ。
三者三様だけど、アスフォート討伐に出立した時の部隊を見るに、大砲ぶちこんで人が壁になる時代とそう違わないんじゃないかなと思う。
ガトリングガンがないならまだましかな?
ああ、だからまだこの時代でも弓矢が使われてるのか。パパの側近は弓矢を使っていたし、アナスン帝国のイルベン人はエルフのような特徴で弓矢が得意と聞いた。
「ええ。ただ鉛玉を撃ち出す鉄砲と違って魔法弓矢は怖いですよ。400メートルから頭を貫きますから」
スナイパーかよ!? やっぱりファンタジーエルフじゃねえか!
あれだ。弓がツエーなゲームを前世で沢山見たな。大体魔法的な何かの補正でめちゃんこ強い設定になっていることが多かった。あれがリアルになってる。
弓矢に魔法パワーを加えてスナイプできるなら、そりゃ火薬使った銃なんて流行らねえわ。
まあ、エイジス教が禁止したなら理由は他にもあるだろうけど。
「戦争いつ終わるのかなぁ」
「アナスン帝国は冬には撤退すると思いますヨ。冬に備えて食料を奪っていくのはいつものことなのデ」
いつものことって……。めちゃくちゃだなエルフ……じゃなかったイルベン人。
「ティンクス帝国とは、ベイリア西部のロータブルトを取り戻すまで続くでしょうね」
「うげー」
パパがんばれー!
……ちょっと弓矢を練習してみたけど、私には合わなかった。
雪がちらつく頃、カンバの予想通り、アナスン帝国はヴァーギニアから撤退したようだ。
ヘンシリアン家も、リアもキンボも、猫人三人娘も無事だったようだ。手紙の返信が届いた。
ドルフィン公の暗殺事件について手紙を送ってみたら、「考えすぎです」と伯母さんに言われてしまった。彼女は公務をしたに過ぎないと。貴女の責任ではないと。
あとチョコが届いたぁ! んまんま。
なんだか少し心が軽くなった私は、にゃんこに乗って飛び回って遊んでいたらうっかり遠くまで来てしまった。うっかりティンクス軍とオルバスタ軍の戦線まで来てしまった。
ついでなのでにゃんこに命じて「炎で薙ぎ払えー」した。急降下爆炎である。ヒャッハー!
突然の翼ライオンの襲撃にティンクス軍は慌てて逃げ惑っておるわ!
家に帰って報告したらパパに叱られた。




