69話:ラブレター
八歳のぷにぷに幼女がアイドルプロデュースをして果たして上手くいくのだろうか。いくわけがない。それが現実である。私は横からあれこれ口を出すだけのお腹ぷにりすとなのであった。
「ねーねーおじいさまー。三人娘に専属マネージャ、んんっ、専属侍女を付けた方が良いと思うのー」
「おーう、そうかいライナ。執事に言っておくぞ」
「こらあんた。この子は娘のライナではないよ。孫のにゅにゅちゃんだよ!」
にゅにゅちゃんでもないんぬ。
「じじさまありがとうございまんぬー」
意識して「にゅにゅ」を克服しようと思ったら、語尾が「ぬ」になってしまったんぬ。困ったんぬ。
しかし一度定着したあだ名は中々剥がれないようで、「にゅにゅ姫」が「ぬ姫」にはならなかった。というか元凶のドルフィン公は街が違うし。
「あらにゅにゅ姫。雲の精が恋しくなるこの頃ですがご加減はいかが?」
油断してたら大聖堂にドルフィン公が泊まりに来た。使者に呼ばれて行ったら、いた。話題の猫人三人娘アイドルの公演を見に来たようだ。
「それで、いつ都スキーンで彼女たちをデビューさせるのですか?」
そんな予定はないけれど。
まあ皇女様が気に入ったら連れて行ってもいいんじゃないですかね。
連れて行かれた。
「うええん」
シロマルは緊張で泣き出した。
アオタレは両手を挙げて首をこてっこてっと左右に揺らしてよくわかっていない。
オウヒョウはシロマルの首をもぬもぬと揉みほぐした。都に行けることにはワクワクしてるようで太い尻尾がスカートの下でゆっさゆさしている。
皇女様はライヴをまずまずの評価と言った。
「ふん。スキーンの民に見せるにはまだまだ荒削りに過ぎますね。秋の収穫祭までにみっちり鍛え上げましょう」
私のアイドルプロデュースがなぜか皇女様へ引き継がれてしまった。わっつ?
列車に乗り込む三人娘を駅で見送りながら、ルアが答えてくれた。
「そろそろオルバスタに帰らないと、夏真っ盛りになっちゃいますからねっ」
気候が穏やかすぎるし、日本と違って梅雨がないから忘れてたけど、ああそろそろ夏か。意識したら日差しが暑く感じてきた。湿気がないからそれほどでもないはずなのに。
うあーと空を見上げていたら、ルアがリボンを取り出し私の髪をひとつかみし、しゅるりと後ろでひとまとめにしてくれた。
んっ。んっ。私は左右に首を振った。ポニーテールだ。
「どうです?」
「んー」
私の髪はお尻くらいまであって長過ぎるので、ポニテだとどうもバランスが悪く感じるなぁ。動くと重さに引っ張られるというか。
「ツインテにして」
「ついんて? ですっ?」
あざとい女の子にしかできない髪型。正しくはツーテールらしいが。頭の左右でまとめられた。
んっ。んっ。ふりふり。左右バランス良い感じ。
その頭の上に白い毛玉のぽぽたろうを、合法ロリがぽふっと乗せてきた。
「また変な髪型してますね」
「これは美少女にしか似合わない髪型なのだよ」
「なるほど。ロアーネも試してみましょう」
危うく「美少女って歳じゃないだろ」とツッコミを入れるところだった。危ない。ロアーネとは軽口をたたき合う気軽な仲だが、踏み込みすぎると不機嫌になってちくちく攻撃してくるのだ。口でも物理攻撃でもなく魔法攻撃である。腰に指を近づけて素知らぬ顔でベチンとしてくる。しかもこれ、私の謎の特殊能力の自動反撃システムを悪用しているようだ。静電気をバチンとするような感覚で反応させてくる。嫌らしい攻撃方法である。
こうしてツインテールロアーネと、ツインテールルアと、ツインテールカンバが誕生した。うーんあざとい。
ついでに翼ライオンのにゃんこのたてがみもツインテに結ばれた。ちょんまげが二つできただけだが。
今度はこの髪型が少女の間で「にゅにゅヘアー」として流行った。流石に髪を結い上げる妙齢な方には流行らなかった。良かった。大人のツインテはちょっとキツいからね。ロアーネは合法ロリだからギリギリ許されるけど。
そんなこんなで予想以上に旅行での滞在が伸びてしまった。
そしてチョコケーキ食べすぎてぷにっぷにの愛されぼでーになってしまった。少し控えて運動せねば。んにっんにっ。
「お姉ちゃんからお届け物ですよっ!」
ルアがにこにこしてリアからの贈り物を運んでいた。クーラーボックス機能付きの魔法ボックスの中にはチョコケーキが!
チョコケーキから逃れられぬ!
「マレンのジャムのチョコケーキですよこれっ。おいしいやつっ」
まろん? よくわからないけど、ルアは私の手を取って一緒にくるくる回った。 わーい!
「これ凄く甘いケーキなのでお紅茶を用意してきますねっ」
あれ? ルアはもう食べる気でいるけどお土産にしなくていいのかな。まあいいか。あんまー。チョコケーキにジャムに砂糖ってとんでもねえ代物だぜこいつぁ……。
さて。荷造りが終わって(私は何もしていないが)おじいちゃんおばあちゃん、ついでにルー坊と別れの挨拶を済ませ、この街に滞在するのもあと一日となった。
NLP三人娘へのファンレターに混じって、私への手紙が結構あった。多くは知らない猫人の女の子からの応援の手紙だったが、一通知った名前からの手紙があった。
「おや、狼少年からの手紙ですよっ」
「狼少年? ラブレターですカ?」
狼少年と言うと語弊が色々とあるな? 最近時々あるヴァイフ少年のことだった。
ルアに対しカンバがそう返すと、ロアーネが「ティアラ様は見目だけはいいですからね」と軽口を叩いてきた。ちなみにロアーネは私が「ロアーネって見た目はかわいいよね」って言ってから不機嫌モードである。
しかしこのくらいの言い合いは喧嘩にも数えられないほどよくあることなのであった。
「ロアーネはラブレターとか貰わないの?」
「いっぱい届き過ぎて困りますね。特にティアラ様が空を飛んだ後は凄かったですよ」
それってラブレターというか……。やぶ蛇をつつくのはやめとこう。
「私も街中でいっぱい渡されましたっ。困りますよねっ」
一緒に散歩に連れていたルアも街の人気者になっていた。美少女でかわいくてぽあぽあしてるからなあ。最近は身体もぽあぽあ……おっといけない。
スレンダーインドア派カンバさんはつまんなそうにしている。ふぅとため息を一つついた。
「強引な勧誘は困りますよネ」
なんだと!? カンバもモテモテ女子だったとは!?
そういえばカンバは精神魔法のエリートだった。伝手からアプローチがいっぱい飛んでくるのだろう。
「それはさておき、お嬢様への手紙を拝見っ!」
ルアがヴァイフ少年からの手紙を読み上げた。
「なになに。お嬢様お呼ばれしてますよ。場所は河で、時間は夕時。日付は今日ですねっ」
「なぬ?」
何の用事か知らんが何かの縁だ。行ってやるか。
いや待てよ。
「決闘の申し込みだったりしないかな?」
「大丈夫ですっ! ラブレターですよっ!」
それはそれで困るのだが。まあ行ってみれば分かるだろう。
付いてきたルアは離れて見守るらしい。近くにいてくれた方が助かるのだが。
「今日は侍女は付いていないのか?」
ほら! やっぱり目的は私じゃなくてルアだった! やはりおっぱいか! おっぱいなんだな!? エロガキめ!
「それで、何の話?」
「うん……」
なんだなんだ? そんな言いにくいことなのか? 大丈夫だルアは私のおっぱいだからやらないからな。代わりに断ってやるぞ。
何だか黙ってしまったが、こういう時は急かすのは良くない。「言いたいことがあるなら早く言えよ」という言葉は喧嘩の元だ。
私たちは無言で河を眺めた。何だか青春映画みたいじゃねえかへへっ。面倒になったので私は切り上げることにした。
「用がないならもう帰るけど」
「ああうん。その。故郷に帰ると聞いたんだが」
「ああそれ? 明日帰るよ」
なるほど。こいつとは別れの挨拶をしてなかったな。
「狼の友よ。月の下で川のほとりでチョコレート片手に相まみえることでしょう」
「ん。親愛なるにゅにゅ姫よ。我は約束を果たすため時が来たら森から馳せ参じよう」
私とヴァイフは腕と腕をがしっと当てた。
「ところでわたくしはにゅにゅ姫じゃなくてティアラ。ティアラ・フロレンシアでごじゃいまにゅにゅわ」
「にゅにゅ?」
にゅにゅじゃないにゅ。
「そうか。おれはエイドルフ。エイドルフ・ハイドラだ」
そう言って濃い金髪の少年は蒼い瞳を輝かせ、私に手を差し出した。
ん? お菓子が欲しいのかな?
私はポシェットの中をごそごそと探すも、今日のクッキーはすでに食べ尽くしており何もなかった。
そうだ。代わりに良いものをやろう。
「君にこれを授けよう」
私は自分の分として持ち歩いていた泉の精霊カードを少年の手にのせた。泉の精霊カードは、私が森の泉から産まれたエピソードを聞いたカンバが、私をモチーフに描いたちょっとエッチなお姉さんのイラストだ。
男の子ならエッチなお姉さんのイラストが嫌いなはずないから、この餞別を喜んでくれるね!
さて。帰り道でルアに「あそこは手を取ってあげないとっ」とたしなめられたのだが。そういう雰囲気は無理でしよ。「お嬢様には恋愛は早すぎましたねっ」と言われてしまったが、そういうことにしておこう。
中身のおっさんは美少女メイドと手を繋いで帰る方が嬉しいのだ。
ザッハトルテって杏ジャムのチョコケーキだったのですね(無知無知美少女)。庭の杏の実が赤くなるのを眺めながら書いてたら強引に名物入れなきゃと感じたのであった。




